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彷徨する自由帖

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喫茶店随想(3) みどり色したカーテンの幻

昔は窓の内側に、ごくうすい緑のカーテンがかかっていたはずで、でも先日行ったら取り外されていたようだった。懐かしく思い出す。木漏れ日を思わせるとても綺麗な、透ける緑色のカーテンを。そう、私が小さい頃にどこかの霊園の隅で見つけた、小さな雨蛙に…

H・C・アンデルセンとヘンリエッテ・ウルフの友情 - 燃え盛る炎にも、逆巻く海にも、隔てられない場所で

アンデルセンはアメリカに行かなかった。1858年、ニューヨークへ渡るはずだった親友・ヘンリエッテの乗っていた蒸気船が大西洋で炎上し、乗客の大半が命を落としたことをきっかけに、恐怖をおぼえた彼はコツコツと練っていたアメリカ旅行の構想を全て反故に…

かつて脳裏に描いた姿でなくても

大人になった私は、幼少期の脳裏に描いていた「ふつう」の人生も、あるとき憧れていた神話や伝説の人物のような、理想の人生も送っていない。必要に応じて必要なことをし、取り組めるときに好きなことをしている。……そもそもこの世界では、大人、をどのよう…

針のむしろ地蔵(誤)

東京都は豊島区、巣鴨にある「とげぬき地蔵」。この名前をすっかり忘れてしまい、どうしてもどうしても思い出すことができなかったのだが、記憶の中の丘にはそれが「何か先端が鋭いもの、尖ったもの」に関係しているのだという確信だけが碑のようにそびえて…

鮨喫茶すすす - 薔薇庭園を通って神奈川近代文学館、喫茶室まで|横浜市・中区山手町

神奈川近代文学館の喫茶室として、2023年4月20日から新しいお店がオープンしたと聞いた。お知らせを読むと店名は「鮨喫茶すすす」というらしい。鮨(すし)喫茶……つまり、文学館内で「おすし」が食べられる、ということ……!? さっそくメニューの紙に視線を…

圧倒的な『無意味』という虚無のベーグルを調理する方法は? - 映画《エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス》他

友達にすすめられて、ダニエル・クワンとダニエル・シャイナートが監督を務めた映画「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス(Everything Everywhere All at Once)」を観てきた。略してエブエブと呼ばれている。同時に、その直前に手に取って…

永世の繭の眠り・シルク博物館・純喫茶「田園」

落ち着いたうす緑色のソファと、深緑色のテーブルが、店名の通り「田園」のある風景と共に桑の葉が茂る様子を思い起こさせた。蚕は桑を食む。七十二候のうち、夏の項目の中にも「蚕起食桑 (かいこおきてくわをはむ)」がある。5月の21日頃から数日間がそう…

夏目漱石《夢十夜》第一夜 より:百合の花の香で思い出すこと

百合といって、根ではなく花の方から真っ先に連想させられるものといえば、私にとっては夏目漱石の小説《夢十夜》の第一夜に登場する一文かもしれない。作中の「自分」によって、「真白な百合」が「鼻の先で骨に徹(こた)えるほど匂った。」と述べられる部…

紹介されました:東駒形の喫茶店「フローラ」さんを訪問した記事、店頭にて

ゲームをプレイしてその聖地巡礼に赴き、舞台の墨田区で巡り合った喫茶店の建物と、そこに集う人も含めた場の雰囲気にすっかり惚れ込んでしまったので、ブログに記録をつけた。実際に伺ったお話の詳細を回想しながら、写真も添付して。そうしたら該当記事を…

【宿泊記録】はやし別館 - 滲み出る古さ・渋さ・緩さの中に「地味な良さ」を感じる老舗旅館|四国・徳島県ひとり旅(3)

とても……良い。照明器具も、ソファの色も布地も。客室に関してはいずれも普通の和室で、ひとり部屋でも8畳程度の面積があって広そう。もとより扉にきちんと鍵がかかりさえすれば(かなり重要、私はどうしても施錠可能な場所以外では眠れない)多少のことは気…

山裾に広がる街で喫茶店を巡ってみる - JR徳島駅から半径1km圏内|四国・徳島県ひとり旅(2)

最近、自分だけでも喫茶店の空間や、そこで過ごす時間を楽しめるようになってきた。とても良いことである。誰のことも気にしない気儘な喫茶店巡りは本当に楽しい。特に長く続いている、それなりに古いお店は。まず場所というものがあって、周辺に人間がいて…

ギャラリー喫茶「グレイス」の出来たてで美味しいピザトースト|徳島県・徳島市

JR徳島駅から徒歩約12分。駅出口から南に進んで新町川を越えた先、「銀座商店街」周辺にあるギャラリーの、2階部分に趣ある喫茶店が存在しているのだった。ちなみに前回紹介した「喫茶びざん」からも近い距離にあり、いずれも両国橋を渡ってすぐの場所。この…

創業昭和63年、JR徳島駅前の森珈琲店 - 2段のクリームソーダとモーニングセット|徳島県・徳島市

駅前に、朝の比較的早い時間(8時台)から営業している喫茶店があるか、ないか。この意外と重要な問いに「ある」と返してくれる徳島駅はとても良いところだ。ただし、今回足を運んだ「森珈琲店」は2023年時点で水曜が定休日となっていたので、もしも該当の曜…

喫茶びざん - 前身は昭和2年創業の西洋料理店、同12年に改称して受け継がれてきた老舗|徳島県・徳島市

両国橋……と聞いて何を脳裏に浮かべるかは、その人が日本のどの地域に住んでいるかによってかなり異なるのではないだろうか? 有名なのは東京都・墨田区で隅田川にかかる、袂の不思議な球体飾りが特徴的な両国橋だが、ここ徳島市にも同じ名前の橋がある。欄干…

創業昭和30年、いかりや珈琲店 - 山盛りアイスクリームのコーヒーゼリー|徳島県・徳島市

落ち着いたテールベルトのタイルが敷かれた床。席の片側、ガラス張りになっている壁の向こうには、謎の中庭みたいな空間がある。平日の午後は空いていた。少し前にお昼を食べたので、うーんどうしよう……と迷い、ホットコーヒー(ブレンド)とコーヒーゼリー…

伝説の純喫茶ブラジリアへ|徳島県・徳島市

入口の前に差し掛かると、出されていた看板の上にある、黄色いランプが点灯していた。導きのようにくるくる回る光……ドアの前で耳を澄ますと音楽か人の話し声か、何らかの音が聞こえてくる。これはもしかしたら営業しているかもしれないと一気に期待が湧き上…

【乗船記録】暮れの春にはオーシャン東九フェリーにて - 真夜中の海の虚を果敢に揺蕩う船|四国・徳島県ひとり旅(1)

オーシャン東九フェリーのうち一隻「しまんと」を利用した感想を綴る。こうしている今も凪いだ海原の上で穏やかに揺られる感覚が残っていて、夜、布団に入ってからそれを思い浮かべると、陸地でもよく眠れた。波の音はもう遠いけれど、瞼を閉じれば耳朶の奥…

エッセイ集《一杯のおいしい紅茶》当時のイギリス情勢が生々しく伝わる灰色の味 - ジョージ・オーウェルの本

ふと思ったのが、これと同著者の小説「1984年」を並べてみた時にどちらが好みだと思うかは、読者によって真っ二つに割れるだろうということだった。もしも選ぶとしたら私は随筆が断然好きで。彼が自分の実体験をもとに撚り合わせた糸で紡いだ『お話』より、…

60年以上続く「純喫茶 若松」- 家紋風の装飾があやしく光るレトロ喫茶店|千葉県・松戸市

本当にここに喫茶店があるのだろうか?というのが第一の印象で、地図が示す建物の前へと足を運ぶと、真っ先に目に入る言葉は「不動産」とか「豚串」なのだった。しかし落ち着いてビル全体を視界に収めると、確かに右のところから細く階段が伸びているし、ぼ…

旧秋田銀行本店本館(赤れんが郷土館)を見学 - 塔の天辺のベレー帽|秋田県・秋田市の近代建築

明治45(1912)年に竣工した近代建築。クリームチーズやスポンジで構成された断面を連想させる、層の重なり。灰色の部分を縞模様に露出して、それ以外の部分に白い磁器タイルを張って覆った、1階の外壁。なめらかなババロア。対比となる鮮やかな2階部分は化粧…

それなりに可哀想なヒンドリーと「もういないはずの者」の名を持つ魔物 - エミリー・ブロンテ《嵐が丘》Ⅱ|19世紀イギリスの文学

ヒンドリー・アーンショウ。キャサリンの兄であり、フランセスと結婚してヘアトンの父となった人物……。妻が亡くなってから、すっかり飲んだくれになってしまった暴力男。実のところ、ヒンドリーに対する自分の感覚にはずっと疑問を抱いていた。普段なら多分…

旧本所の喫茶店にて|ほぼ500文字の回想

東京、墨田の旧本所で「豆板」というお菓子を作っている会社の、周囲から会長と呼ばれていたおじいさんと話した。初めて訪れた喫茶店の常連さんだった。会長……とは何をする役職なのだろう、私はよく知らない。その人のお父様が昭和2(1927)年に創業した製菓会…

【墨田区】ゲーム「パラノマサイト FILE23 本所七不思議」ロケ地の散策メモ

今年の4月は、昭和後期×オカルトブーム要素が取り入れられたゲーム「パラノマサイト FILE23 本所七不思議」のおかげで趣味の散歩がさらに楽しくなった。ありがたい。東京都墨田区内でゆかりの地をぶらぶら巡り、記録しました。公式からロケ地として公表され…

フローラ - 豊穣の女神のサロンに並ぶしましまの椅子|東京都・墨田区のレトロ喫茶店

フローラ(Flora)。聞くと、梶井基次郎の小説「城のある町にて」の一節が頭に浮かぶ言葉。これは春の季節と豊穣を司る女神の名前で、さらに、墨田区東駒形に存在している小さな喫茶店の店名でもあるのだった。開業する時お店の繁栄を願いつつ、占いの結果を…

花に道を交える様子

風に散らされた花びらの滞空時間は意外と長い。無為に眺めていると、いつまでも地面につかず宙を漂っている。ひとつに視線を注ぐのに飽きる暇もなく、今度は別の一枚が、また斜め上から降ってきて舞う………そんな風に延々と絶えることがなかった。遊歩道と言っ…

洋燈の華、旧津島家新座敷「太宰治疎開の家」- 不可視の渡り廊下を歩いて|青森県・五所川原市の近代遺産

// 家へ帰って兄に、金木の景色もなかなかいい、思いをあらたにしました、と言ったら、兄は、としをとると自分の生れて育った土地の景色が、京都よりも奈良よりも、佳くはないか、と思われて来るものです、と答えた。 (新潮文庫「津軽」(2022) 太宰治 p.158…

宇田和子《ブロンテ姉妹の食生活:生涯、作品、社会をもとに》プディング、は料理かデザートか?|ほぼ500文字の感想

イギリス文学に頻繁に登場するプディング(pudding)とは一体何なのか。物語の舞台や年代によって、それは肉料理であったり、デザートであったりする。基本的に「蒸した料理の総称」であるプディングはどちらの姿でもあり得る。私が現地で食べたヨークシャー・…

角を曲がればネッスルコーヒーに当たる

もう営業されていない商店の建物だった。道路に面したファサードの上部が平たくなっていて、大きく店名が書いてある典型的な造り、これは誰が見てもそうと分かる「らしい」佇まい。つやのある、たばこ小賣所と書かれたホーロー看板(琺瑯風の看板)。周辺は…

昭和後期×オカルトブームADV「パラノマサイト FILE23 本所七不思議」感想

ホラーミステリーADV「パラノマサイト FILE23 本所七不思議」をプレイした。いつもは明治・大正時代から昭和"初期"にかけて生まれた近代遺産を巡ったり、当時の文化に思いを馳せたり、関連する文学作品などを楽しんだりしているこのブログの管理人。パラノマ…

鉄道、辨當、食堂車|ほぼ500文字の回想

お弁当に限らず、旅客を乗せ中距離以上を走る鉄道と食事とは不可分で、現在と異なり20世紀までは多くの路線で「食堂車」を有した列車が運行していた。在来線の特急でも。まるっきり私の記憶にはない時代。夏目漱石の小説「虞美人草」にも食堂車の「ハムエク…