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【宿泊記録】はやし別館 - 滲み出る古さ・渋さ・緩さの中に「地味な良さ」を感じる老舗旅館|四国・徳島県ひとり旅(3)

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前回の記事:

 

 

 さて。

 この徳島駅周辺で、一体どこに泊まればよいのだろうか……。

 

 上の場合の「よい」というのは、ある程度手頃なお値段で、なんとなくその土地の特徴を感じられ、なおかつ内装のどこかが自分の琴線に触れる要素を持っていること、を指す。

 ……贅沢すぎる。もちろん簡単に見つかるわけもなくて、市内の宿泊施設で候補になりそうなものを適当に挙げていき、公式サイトや予約サイトで価格を比較したり、写真を眺めたりしていた。ついでに過去の利用客のレビューなども参考にしながら。

 すると「創業80周年☆お客様感謝格安プラン」の文字に視線が引き寄せられたのだった。

 都市部の駅付近で80周年というのはなかなか古そうで、私は古い旅館が好きだからこれは気になる。さらにその「格安プラン」の詳細を見ると素泊まりで3,900円、とのことだから、結構当たりかもしれないなと思いつつ宿の写真を確認してみた。それですぐに決めた。一瞬だった。

 なぜなら、ロビーがこんな感じの設えだったから……。

 

 

 とても……良い。照明器具も、ソファの色も布地も。

 客室に関してはいずれも普通の和室で、ひとり部屋でも8畳程度の面積があって広そう。もとより扉にきちんと鍵がかかりさえすれば(かなり重要、私はどうしても施錠可能な場所以外では眠れない)多少のことは気にならない性質なので、詳細を再確認し、予約をしてみたのだった。メインの客層はビジネス、観光、お遍路などであるらしい。レビューを見ると何組か家族連れもいる。

 JR徳島駅から、徒歩約6分の距離。散歩しているとあっという間。

 通りの先、迫る夕闇の前に光る看板が見えてくると安心した。かなり久しぶりに訪れる、しかもきちんと散策するのは初めての街だから、なおさら。

 それにしても「別館」のみがこうして在って「本館」の方は見当たらないということは、もう営業されていないのか、そもそもすでに建物自体存在していないのかもしれない。創業80周年というのはおそらく、本館の時代から数えて、ということなのだろうし。

 

 

 チェックイン予定時刻の17時になった。どきどき、どきどき。

 まずは記帳を行って基本的な説明を受ける。今日は大浴場が使用できる日らしく、しかし男女で入れ替え制ということなので、時間帯については後で入りたい時フロントに電話すれば確認できるとのことだった。来てみるまでは大浴場の状況がよく分からず、多分部屋のお風呂に入ることになるだろうと思っていたので、これは幸運。嬉しかった。

 建物好きの心をさらにくすぐられたのは、エレベーター前でのこと。古い旅館で、過去に増築と改築を繰り返してきているのだと教えられ、その時点で口角が上がりに上がってしまったのはもう逃れられない性質。

 さらに渡された鍵の番号が3から始まるのにもかかわらず、エレベーターでは「4階」を押さねばならないという。理由を尋ねると、増改築の関係でエレベーターの最下の着地点が地面より低い位置にあるために、実は「フロア番号と実際の階が1つずつズレている」のだそう。

 それ……いいですねえ! 面白いですねえ!

 何かの舞台にできそうだなあ、ほら、例えば推理小説とか、こういうの色々ありますよね、ね、と大声の早口で返しそうになるのを必死で抑えている間に、ウィーンと静かにエレベーターの扉は閉じられた。

 

 

 そんな「3階だけれど4階」のフロアで降りると、まるっとしたフォルムのソファに出迎えられる。赤い。ボルドーやバーガンディよりも明るい臙脂の色、ビロードみたいな手触りを思わせる布の素材。

 カーペットも赤みを帯びた色彩で、ロビーといい客室の廊下といい、全体的にこのカラーがポイントになっているのだと思った。なんとなくハトヤホテルの「あの感じ」も回想する。何とも言えないノスタルジックな感じ、奇妙に懐古的なレトロ風味を演出できる、独特の落ち着いた赤には惹かれるものがある。

 それは、まるっきり自分が知らない時代のはずなのに、なぜか知っている気にさせられるおかしな懐かしさ。幼少期の記憶と結びついているもの。昔から色々な旅館に連れて行かれた影響で、あたかも自分がそこで実際に過ごし育ったかのような錯覚が、きっと頭の中にあるのだ。

 廊下を照らす天井部分の照明器具は、形が氷砂糖のようだった。

 透明な四角いガラスの覆いがフロスト加工されて、柔らかな光を放つ。3つある塊のうち、ひとつが切られているのは節電のためなのか、それとも単純に古くて点かないのか。実情は不明。それでも周囲は十分に明るい。

 

 

 

 

 そうしてお世話になる客室に着いた。きちんとお布団が敷かれている。

 枕の脇に置いてあるのはバスタオル、フェイスタオル、それから浴衣など。アメニティ類は部屋のお風呂場(お手洗いと一緒のユニットバス)にて発見した。写真の角度のせいで写ってはいないが、床の間の反対に位置する壁には障子つきの窓があって、外の光が入ってくる。

 部屋の広さには余裕があるし、広縁(仮)の空間もあるし、きちんと机にお茶セットもついてくる。とりあえず大浴場を使ったり、いちど眠って起きたりしてみないと全体の感想は述べられないけれど、この時点で3,900円というのを思えばかなりお得なのではないだろうか。

 私はビジネスホテルも他の種類のホテルも異なる方面から大好きなのだが、客室の中でスリッパを履かなければならない仕様だけは実のところ嫌いで、こうして靴下か裸足でウロウロできる畳かフローリングの部屋にいると、想像している以上に安らげるのだと分かった。自分のことなのに最近知った。

 

 

 広縁(のような空間)を見てみよう。こちらの側には大きな窓もなく、本当に寝間と障子で区切られただけの謎のスペースとなっているのだが、何がなんでもこの手の空間だけはきちんと確保する……という気概にも似た何かを感じられるような。

 置いてある椅子も冷蔵庫も深みのある臙脂色。やはりこの色で全体的に統一されているらしい。しかし冷蔵庫の右横に突っ込んである座布団は……何!?

 明らかに使われていない、いらない座布団。それに加えて、広縁はその天井の端っこに穴が開いていたり、さらに押し入れの奥の奥の方によく分からない段ボールが鎮座していたりと、色々ユルめ。建物自体かなり古いからメンテナンスも大変そう。こういった際限なく滲み出てくる「味」に良さを感じられる人なら、はやし別館はおすすめである。

 湯沸かしポットやお茶セットはとても綺麗だったし、お布団も真っ白でシーツはパリパリ。フロントなど従業員の方の対応も丁寧だったので、渋いのが好きで古くても気にならない宿泊客にはかなり向いていると思うなど。私はだいぶ楽しんだ。全然また泊まってもいい。

 ……旅館の部屋で、お茶を用意してゴロゴロしている時間が……本当に素晴らしく……。この瞬間においてのみ、世界で最も美味しいお茶かもしれない。

 

 

 いちばん嬉しかったのは床の間の花瓶ではないだろうか。

 造花が置いてあるのではなくて、生の花が活けてある。客室ごとにひとつひとつ、宿の方が用意してくれたものだと思うと心が温まった。ふんわりしたツツジの花びらのほか、まだ開いていない青紫の蕾も可愛らしい印象だった。

 チェックイン後は宿に門限はなく、外で遅くまで食事して帰ってくることもできるのと、あとは玄関外のすぐ横に自動販売機があったのでジュースが飲みたくなったら買える。

 そんな「はやし別館」を徳島市訪問時の拠点にしてみるのはどうか。

 

 

 

徳島旅行記(4)へつづく……

 

 

 

 

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