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彷徨する自由帖

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随筆・創作

あることないこと、文章の練習

刻んだ玉ねぎとひき肉を炒め、数種類の豆と一緒にトマトの汁で煮込み、甘辛いスパイスを加えた料理。傍らには必ずうす茶色の食パンがあった。

その源流を辿ればメキシコに至ると推測される、現在はアメリカのテキサス州でよく食されている料理、チリコンカン。主に豆とひき肉とトマトで構成された、夏に食べても冬に食べても箸が……いいや、この場合は「匙」がすすむ、給食で出てくると嬉しい品目だっ…

言葉がヒトを残酷にする

言葉はいつも「本来であれば到底できるはずのないこと」を、いとも簡単に人にさせようとする。そして、結局できてしまう。なぜなら言葉の上でのことだから。残酷な話だ。だから私は毎日のように、言葉さえあれば、と、言葉さえなければ、の狭間でもがきなが…

光で動いてくれる腕時計

個人的に、食事、宿泊、それから航空券や電車の切符などの交通費……つまり性質として体験に直結するものに対しては、買い物という言葉をあまり積極的に使わない。それゆえ人生を通して「一番高い買い物」を思い浮かべるとするなら、文字通りの物品から選ぶこ…

愛なんて見たことも聞いたこともない、という顔をしていたい、のだが

人や物、その他を好きになることは、程度はともかくその対象に対して膝を折ること。他の誰かがどこでどう定義していようと、私の世界の内ではそれが敗北であるのだと、はっきり認められている。でも、いとも自然に捧げてしまう。心を砕くなり、燃やすなりし…

お姫様ごっこ

私達はよく「お姫様ごっこ」をしていた。登場人物はお姫様、王子様、城の兵隊(複数人いてよい)、そしておばあさん。それぞれに割り当てられる役はじゃんけんで決められる。だいたい勝った人間から順にお姫様、王子様、兵隊……と決まっていき、最後に残った…

現実に不思議なことが起こるから(私はロマンティストじゃないよ)

他に陸の影などひとつも見えない沖で、摩訶不思議な島を見た。航海の最中、驚くほど大きな魚に飲み込まれて、けれども帰還できた。日頃から正直にそう語っているのに、誰にも信じてもらえない旅人の気持ちで歩いているような気がする。もちろん信じてくれと…

いくつかの道具に見出せる誠実さ

あなたのために。あなただけのために。そういった言葉がすっかり形骸化して久しい今、お子様ランチというものは本当に素晴らしい存在だな、とさっきから考えていた。子供だけが実際に注文し、子供だけが食べることのできるメニュー。それが体現する料理。ま…

穏やかな地獄、イヴ・タンギーの絵画風、石のライオンを添えて|神戸北野異人館街

番人じみた門柱に目を留めたらその奥にいたライオンにたぶらかされて、足がもつれ、はじめは行こうと思っていなかった場所に引っ張り込まれた。坂の中腹にある平坦な煉瓦敷きの道。脇の家は旧フリューガ邸とあるが、石像横にある肝心の玄関は固く閉ざされて…

草原(ある種の傷は癒えるほどかなしくなる)

適切な薄さの白いティーカップを手のひらで撫でまわし、じっと眺めては、陶器に傷などひとつもない方がよいと考える。わずかなひびでも生じてしまったら最後、にわかに存在自体を受け入れがたくなるのが目に見えているし、食器棚にしまっておくだけでなく視…

雪原(恐ろしいものが綺麗だとうれしくなる)

雪原はあれほど恐ろしいのに人を惹きつける様相を見せるからいけない。しきりに誘惑されている、と感じる。昔から、よく考えていた。雪に埋まって眠りにつくことを。疲れた足を永劫に休める場所として雪原を選ぶことを。なにしろ、かの雪の女王がおわすのは…

「怪異」として存在する邸宅とお屋敷

明治24年、民俗学者の柳田国男が自費で出版した説話集「遠野物語」。そこに収録されている異聞怪談、なかでもマヨヒガと題された2編の話は、私が昔から特定の建物に対して抱いていた曖昧極まりない感覚にいくつかの支柱を与えた。すなわち、人が不在のはずの…

お話に登場する木こりの規則正しい生活、その健全さに感じるフェティシズム

ふと、質実剛健な木こりのことを考える。いろいろな物語に登場する彼ら。その人たちは別に、ここで私が言うところの規則正しい生活を熱望しているわけではないだろう。単純に、それが最も理に適っているからそうしているだけで。こちらからすると、その精神…

いつしか所帯じみた蒼白のお城

当時からおもしろかったのは、何の施設でもない一般の家のはずなのに、ずいぶんと特別な雰囲気を醸し出す建物が教会のはす向かいに鎮座していたこと。2階建てで壁は蒼白く、正面から見たつくりは左右対称、中央に位置する玄関の上には半円に突き出したバルコ…

言葉を奪われたような気がしてしまう

綴られる言葉を前にして、共感に似た思いを抱き頷いているときの私は、すっかり影が希薄になる。彼女がこうだと言ったものに半ば身をゆだねて、わかる、という感覚にあらゆる情動を押し込めて、しばし口をつぐんでいる。言葉を奪われたような気がする、とい…

用法、用量、際限のない読書による効果・無窮の酩酊とか

先日某所に足を運んで、自分の子どもを本好きにしたい、と思う人間の数はそれなりに多いらしいと気が付いた。幼少期からこの絵本でひたすら文字に触れさせ、何歳になったらこれを読ませ、さらに就学したらこれを順に読ませる……云々と書かれた商品ポップ。現…

悪い夢を見ない方法 / 記憶にだけ住む人の影

私は父の顔や名前を思い出すことができない。特に名前の方は思い出す以前に、そもそも知っていたかどうかすらもわからない。彼とともに時間を過ごした数少ない記憶(と呼ぶのも気が引ける、あのボタンを押して絵を変えるおもちゃのフィルムじみた、静止画に…

白い湖 - 北西イングランド・冬Ⅱ

いわゆる「湖水地方」として知られている、イングランド北方の国立公園。その一帯の地図をはじめて眼前に広げてみたとき、果たしてどこに湖があるのやら、私にはさっぱりわからなかった。視認できる名前はスカーフェル・パイク、ヘルヴェリン、それにフェア…

夜の村 - 北西イングランド・冬Ⅰ

大通りにも路地にも人っ子一人歩いていない。「静かに。隠れていて」「悪いひとが来るよ、怖いものも来るよ」村の家という家がそう人々に囁いて、門や戸口の奥に、すべてを鎖し籠めているみたいだった。クリスマスリースの形をした扉の護符とともに。あれは…

思考の放棄と存在の死 / 何もしていない自分を好きになれない理由はなんなのか

自分が自分をじっ……と見ている。四六時中、いつでも。たまに、何もしないでぼんやり過ごすのがわりと好きだった。文字通りに何もしないこと。例えば休日の昼ごろ、遅い時間に目が覚めても布団から出ないで、カーテンの隙間から外の明るさを感じつつ、枕に頭…

かつて花の蜜を吸っていたな、と思い出す

人間でも花の蜜を吸えるのだと教えてくれたのは祖母だった気がする。私は基本的にずっと預けられていて、たまにその後ろについて散歩に出掛けた。ちなみに、住んでいたのは「住所だけが都会」の結構な田舎である。かなり深い森があり、山があり、なんなら大…

夜にしか朝食を食べようと思えない

本を読んでいて、いかにも美味しそうだと思う食事の描写に出会うとき、作中の時間帯はだいたい朝なのだ。上で引用した「斜陽」の一場面もそう。満開の山桜が見える窓際に座り、かず子と母はスープと、海苔で包んだおむすびを食べている。そのスープというの…

路上で話しかけてくる怪異

振り返れば大学を辞める頃まで、国内にいても、国外にいても、よく宗教の勧誘をされた。記憶に残っている中で最も古いのは、高校生時代。某駅の改札前、広告の貼られた四角い柱のところで友人を待っていたら(多分このとき、制服を着ていたと思う)若い二人…

黄色い家(暖炉のある)

冬、暖炉のある場所でまとまった日数を過ごした経験は、過去に一度しかない。けれどその感覚がすっかり心身に刻まれてしまったのか、新しく季節が巡ってくるたびに、暖炉の存在しない冬はまるっきり嘘であるかのような錯覚をおぼえるから不思議。だから、己…

ガラスの山を飼っている

ガラスの山といえば、脳裏に浮かぶのは昔話である。それも、ヨーロッパの各地に残る類の。有名なのはグリム兄弟が収集した童話や、ノルウェーの童話に登場するものだと思うが、私にとっては子供の頃に買い与えられた偕成社の本(学年別・新おはなし文庫の一…

石像について / 石になった君を

緑の枠の窓を開けるとき、できれば忘れていたいのに、嫌でもそれが視界に入る。小さな家の中庭。石になった君を眺めて、すっかり枯れてしまった涙をふたたび飲み込んだ。喉の奥のところがひきつれてしびれたようになる。陽はこうして昇ったのに、その透明な…

「人生は自分の手で書き換えられる物語」という一種の信仰

人間が生まれてから死ぬまでの道程を書物や映画に見立てるのは、現在、それほど珍しい考え方ではなくなった。むしろ比較的よく使われる表現にもなっている。一体いつ頃から一般に受け入れられたのか定かでないが、どこかの地点で始まり、いつかは終わりを迎…

本館と新館が隣り合う、銀座アパートメント:奥野ビル

画室の外に出て玄関の扉を閉ざし、横を見れば、いま閉めたのと全く同じ色と形をした四角い扉があった。これをそっくりそのまま、密かに入れ替えてみても、きっと誰にも気が付かれないだろう。だからふと、まるで「自分の姿だけ映らない鏡」がそこに置いてあ…

あまりに貴族的な生活:台所に塩と砂糖と香辛料と茶葉がある

昔は塩が金に匹敵するほどの価値を持っていたのだと学んだとき、幼い私は理由を確かめる前に内心で深くうなずき、納得した。だって、こんなにも見た目が鉱石に似ている。小児科の待合室に置いてある図鑑で見た、あの石英の柱を、台所で唸り声を上げるミキサ…

柘榴・サマルカンド

人生を通して、私がはじめて柘榴(ざくろ)という果物を口にしたのが、中央アジアに位置するウズベキスタンを旅行している最中のことだった。場所はたしか、サマルカンドの片隅に建つふつうの民家の離れを利用して、ささやかに営まれているレストランだった…

オーレ・ルゲイエ兄弟との戯れ

// はてなブログ10周年特別お題「10年で変わったこと・変わらなかったこと」 むやみに抵抗するのをやめた。 その柔らかい、見えざる空気の手のような、ふとした瞬間に眉間と側頭部を撫でまわしてくる強い眠気に対して。 特に休みの日は少しも抗わない。ただ…