chinorandom

彷徨する自由帖

MENU

旧秋田銀行本店本館(赤れんが郷土館)を見学 - 塔の天辺のベレー帽|秋田県・秋田市の近代建築

※当ブログに投稿された記事には一部、AmazonアソシエイトのリンクやGoogle AdSenseなどの広告・プロモーションが含まれている場合があります。

 

 

 

 

 秋田にある、明治45(1912)年に竣工した近代建築。

 

 

 パフェやケーキ、押し寿司などの食べ物はその構造が建築物に少し似ている。なので反対に、ある建物の方がパフェやケーキや押し寿司に似ている……と思えるものもたまに見つかる。昨年夏に訪れた旧秋田銀行本店本館もそうだった。秋田駅からは徒歩15分ほど、旭川にかかる橋を渡った先で、「赤れんが」通りに面して建っていた。

 クリームチーズやスポンジで構成された断面を連想させる、層の重なり。灰色の部分を縞模様に露出して、それ以外の部分に白い磁器タイルを張って覆った、1階の外壁。なめらかなババロア。対比となる鮮やかな2階部分は化粧赤煉瓦によるもので、こんがりと焼いたビスケットのようだった。

 正面玄関のある側から見ると綺麗な四角に収まっている印象を受けるが、角度を変えて眺めてみると、また異なる表情を見せてくれる。

 あの塔。横に立つと建物の両端に2本(写真だともう1本は隠れている)、付随して塔があると分かる。

 

 

 つばのある、ベレー帽風の被り物をいただいた塔の建築様式には、イギリス・ルネサンス様式が採用されているらしかった。特に北方、スコットランドによく見られるもの。越屋根には北欧ルネサンスの趣もある。そういう比較的寒冷な土地に似合う装いであるのかもしれない。

 天辺の半円の帽子。明治末期、鉄道を利用して出張に赴く洒脱なビジネスマンがあれをかぶり、トランクを持ってプラットフォームへ足早に向かう様子が見えるような気がする。

 屋根のスレートも含めて、全体に洋風の様式でありながら建材には地元のもの、東北地方で産出された石が多く使用されている。宮城の玄昌石を用いたスレートとか、秋田の寒風石でできた入口の階段とか。

 そのため、個性的な「らしさ」があからさまでなく自然に演出されていて見飽きることがなかった。和風の洋食とでも表現してよいものか、そういう味わいがある。もちろんこれは、明治から大正時代にかけて建設された多くの近代建築に共通していえる特徴でもあるのだった。

 斜めに取り付けられた魅惑の取手に心奪われつつ、扉を押し開けて中に入る。絶妙な分厚さと重さが好きだった。銀行の扉。

 

 

 大きな照明が吊られている、旧営業室。

 天井の装飾が正円や正方形ではなく、引き伸ばされたような楕円形なのは、どちらかというといびつな形状を好むバロック様式の影響を受けているが故のものだそう。縁飾りの意匠は、オリーブの葉をリボンで束ねた装飾。そして長方形の角の部分、キルト生地の表面にも似た格子のレリーフは、ダイヤバーパターン。

 野外、正面と横からの写真でも分かるように、外から建物を見ると1階部分と2階部分ではっきり色が分かれているものだから、いざ中に足を踏み入れた時の意外な感じが増加する。上下の空間に垣根がない。銀行なのだけれど、舞踏会の会場みたいにも思える……広くて。

 シャンデリアといえば真っ先に連想されるのがガストン・ルルー「オペラ座の怪人」で、だからなのか頭上を見上げるとあれが落ちてくるのではないかと一瞬考えたり、2階の窓の並びに沿って廻るごく細い廊下に、マントを着た人影がないかと探してみたりした。何もない。特に歌声も、オルガンの音も聞こえない。

 ここは設計上の要点として、耐震と防火のほか、防音面でも力を入れていた……と書いてある。

 だから空気の振動は壁に吸い込まれるか、空間に漂う前に霧散するかして、館内を数人が歩き回っていても雰囲気はどこか厳かなままなのかもしれない。すぐそばで発生した靴音も、即座にどこか遠くの方へと消えていく。そもそも初めから人など居なかったみたいにして。

 

 

 建物の外部と内部で設計者が異なっており、前者は技師の山口直昭(他にも秋田県公会堂などを手掛ける)、そして後者は工学博士・星野男三郎が担当したのだそう。

 営業室内にある重厚な設えの暖炉には視線を奪われた。マントルピースに取り付けられた覆い、つい触りたくなる質感の銅板が描く、丸みを帯びた形には何とも言えない魅力がある。表面の微妙な凹凸が受けた光をちりぢりに反射する。

 季節によって寒さや積雪量の著しい地域。暖房器具の存在は必須で、この旧秋田銀行本店本館も大きな暖炉と断熱設計、またアメリカ製ラジエーターの力も借りて、冬でも室温を21℃に保つことができたという。

 この辺りに使われている建材には、イギリス製の色タイルや埼玉県産の蛇紋岩があり、同じ東北地方のものだと福島県産の霰石の名前が挙げられる。一口に霰石(アラゴナイト)といっても状態によって外観がかなり変わるようで、調べてみても一定の傾向にはない。鉱物は面白い。

 旧秋田銀行本店本館では営業台や暖炉となっていた霰石、触りたいなあ。撫で回したい。

 遠目からだとさらに端正な表情をしていると感じる木の扉をくぐって、営業室の裏を通り貴賓室方面に向かう。それにしてもスッパリした印象の扉で、なんだか本当に板チョコレートを思わせた。復元工事の際にどこかが新しくなったものかもしれないけれど。あと、暖炉上の鏡が円形に近いところが非常にお洒落。

 

 

 

 

 寒水石の階段は25段ある。私は赤いカーペットをL字型に押さえておくための金具が大大大好きだった。

 表側とはまた違った細い通路、低めの天井など、少しだけうす暗い建物の裏側というのはそれだけで「良さ」を持つ場合があるらしい。何が特別なわけでもないのに、訪れるとこちらが勝手にわくわくしてくるような……基地探検的な感覚。

 奥の貴賓室に至るまでには、埼玉県川口市・旧田中家住宅の洋間にも雰囲気が似た、正方形に近い部屋などにも遭遇した。

 2階全体の廊下は建物の中でも特に防音を意識して作られたようで、根太板(ねだいた)に漆喰塗りを施した仕様なのだと説明がある。それが貴賓室内に入るとさらに意匠の豪華さが増し、欅の寄木張りに。足元に気を取られていたら赤い壁からの「圧」を不意に感じることになった。

 赤地に白の、かなり視覚的に強く感じる文様がびっしり。ちょっと怖い。

 

 

 貴賓室の暖炉はマントルピースが蛇紋岩でできており、下の階にあるものとは見た目も質感も違う。なんとなく、島津家本邸の2階にあったものを思い出す豪華さ。

 面白いなあと思ったのが扉の腰部分に描かれたクロス(布)の模様で、ギリシャ風の月桂冠が黄土色で刻まれているもの、これが「手描き」なのだそう。補修工事の際にも柿渋塗で復元……とあって、そう言われてから矯めつ眇めつすると、輪郭などから滲む味わいがある気がした。

 しかしここ、本当に壁紙の「圧」が強いのである。迫力があるし夢に出てきそう。

 最後に目にしたもので一番興味深かったのが、これ(下の写真)だった。調整中で実際に映像は見られなかった再生機器の、設置されている場所が「大金庫の中」という変わった設備。多分昔の古い金庫をそのまま再利用しているのだと思うが、妙に魅力的だった。

 

 

 旧秋田銀行本店本館(赤れんが郷土館)の営業時間は、

・午前9時30分から午後4時30分まで

・休館日は年末年始と展示替え期間

 となっていた。

 公式サイトから「観覧のご案内」を選択するとその先でカレンダーのPDFがダウンロードできる。入館料は大人が210円。付近にある、旧金子家住宅(また次のブログにて記載)とあわせて訪問するのが建物好きにおすすめ。

 秋田には楽しい場所が沢山ある。