4月19日。午後には雨が降ったり、止んだり。
自宅でその日の予報「降水確率40%」を矯めつ眇めつして悩み、結局折り畳み傘を持ってきて正解だったと安堵した。地味に荷物になってしまうので、旅行の際は持って出るかやめようか、最後の最後まで決めかねるのが常だから。雨の影響で気温も下がっていたため、上着も羽織っていて良かったと思う。
ところで、両国橋……と聞いて何を脳裏に浮かべるかは、その人が日本のどの地域に住んでいるかによってかなり異なるのではないだろうか?
有名なのは東京都・墨田区で隅田川にかかる、袂の不思議な球体飾りが特徴的な両国橋だが、ここ徳島市にも同じ名前の橋がある。欄干に立っているのは女性と男性の銅像、いずれも阿波踊りの衣装に身を包んでいるものだった。無論、そのポーズも阿波踊り。周辺は祭の時期に非常に賑わうのだという。
喫茶店「びざん」は橋の南に伸びる通り、歩道に屋根がある商店街の一角で営業していた。
ガラスのドアについている丸い取手をぐっと押して入ると、いらっしゃーい、と言ってもらえた。
広い店内には、おそらくは店主のおじいさんと話す、常連らしいお客さんが1人だけ。その人もしばらくしてからいなくなり、ついに私だけになった。後から来る人もおらずかなり空いている。個人的に、首都圏の飲食店に入ろうとすると平日の中途半端な時間でも混んでいる場所が度々あるのに辟易してきたため、これくらいゆったりした時間が流れているのはだいぶありがたかった。
勿論お店は繁盛していてほしいけれど、気軽に入りにくいほど人が溢れていたり、行列ができていたりすると、次には足を運びにくくなってしまうと感じる。これは本当に客側の勝手なのだが、体感としてどうしてもそう思うのだった。
喫茶店「びざん」を訪れたのは、ここが徳島市内でも老舗中の老舗、として紹介されていたため。そして、その時自分がうろついていた範囲のちょうどすぐ近くにあったから。
奥の席について、コーヒーを注文してみる。
やがて出てきたのは丸みを帯びた逆三角形の、ちょこんとした小さめの可愛らしいカップだった。コーヒーにはかすかな酸味がある。ネルドリップで一杯ごとに淹れられる方式が昔から変わらないようで、この空間でそれを賞味することで尚更、脈々と受け継がれてきたものの一端を感じさせられる。情報によると現在のマスターはおそらく3代目なのだろう。
びざんは昭和2年、西洋料理店の「アメリカ食堂」として開業したのがその起こりであった。
後に第二次世界大戦を迎え、日米関係の悪化から改称を余儀なくされた結果、"Cafe Bizan" となる。初代店主は豊茂正二さんといったらしく、アメリカ帰りで通訳の仕事もされていたユニークなおじさまだと、上のページに書いてある。
お腹が空いたので、今度は卵サンドを食べてみた。
できたてでアッツアツ。白く柔らかな食パンに挟まれた黄色い卵はスクランブルエッグのような食感で、ふわふわしていた。卵焼きのように固いわけではなくてなめらか。ひとつ気になったのが、おそらくはパンの表面に、わさびのような風味の「何か」が塗られていたこと……!
これがなんともいえず和風卵サンドの趣を醸し出していて、食べている途中でさらに食欲をそそられて面白かった。癖になる味。
客が私しかいなかったからなのもあると思うけれど、お冷が無くなった瞬間におばあちゃんが来て新しいお水を注いでくれるなど、よくしてもらえた。店主のおじいさんも丁寧だった。また、何かいただきに足を運びたい徳島の喫茶店のひとつ。