龍の残留物、になぞらえて呼ばれる強いお酒……苦い金色のワームスプアー。
短編「ホアズブレスの龍追い人」に登場する。
ペカはワームスプアーを作ることもできた。本土で学んだ数少ない役にたつことのひとつだった。彼女が作ると、どういうわけか苦味がなくなった。豊かにけむる黄金のなかで熟成して、鉱夫たちに筋肉の痛みを忘れさせ、果てしなくつづく冬に彼らから不思議な物語をすこしずつ引き出していく。
(マキリップ〈ホアズブレスの龍追い人〉(2008) 大友香奈子訳 p.12-13 創元推理文庫)
太陽がふたつ存在する世界の中央にあり、13か月ある1年のうち、12か月間は雪と氷に閉ざされたホアズブレス島。そこには鉱夫たちとその家族が多く住み、金の採掘を生業にしていた。
島から本土に渡ったはいいが学校教育にうんざりし、5年で再び島へと帰還した娘、ペカ・クラオは、あるとき同じように外に出て島に帰って来た青年、リド・ヤロウに遭遇する。彼は龍を追う者なのだと彼女に告げた。ホアズブレス島は氷の龍の吐息のせいで凍り付いている。だから寒さに凍える皆の厳しい生活を良くするため、これから世界の果てに龍を追いやってしまうつもりだ、と。
作中でワームスプアーは印象的な装置として働き、時に直接、時には比喩としてその存在や性質、味が描かれ、読んでいると自分も飲みたくてたまらなくなってくるのだ。金色をした苦みのあるお酒、自分に身近なものといえばビールなどがまず思い浮かぶ、でも本文の感じからすると、ワームスプアーはどちらかというと、ブランデーやウイスキーに近い質感であるような気がする。
喉を焼くような、あの熱い一口。
先日クラフトコーラの原液を買ってきて、炭酸水で割ったら、きれいな金色になった。
少しもアルコールの含まれていない、炭酸と各種香辛料だけがぱちぱちと刺激的な甘い飲み物だけれど、想像力を駆使して杯を傾ければちゃんとワームスプアーの模造品になる。精神を研ぎ澄まして、確かに黄金色のお酒なのだと念じて。勢いよく飲むとむせてしまうところなどは結構似ているのだから。
100円ショップのグラスに、同じ100円ショップで見つけた、柄の末尾の方に水晶を思わせる飾りがついているスプーンをマドラー代わりに添えても、氷と鉱山の島ホアズブレスを連想させられるようになって楽しかった。
龍が眠りながら吐き出す吐息の中、凍った宝石の小山を下り、歩き続け、やがてその本体に出会う。道中で寒さを紛らわせたり、傷口に吹きかけたりするものがワームスプアーだ。
ペカはその熟成に際して、己の心を含めた、あらゆるものを込めるやり方を知っている。
「なかになにを入れたんだい?」
「黄金」「火、石、暗闇、たきぎの煙、冷たい木の皮のにおいがする夜の空気」「すべてよ」
「それと龍の心臓が入ってる」
「それがホアズブレスだとすればね」
(マキリップ〈ホアズブレスの龍追い人〉(2008) 大友香奈子訳 創元推理文庫より)
例えばシングルモルトウイスキーをゆっくり、舌で溶かすように味わって、そこに灰色の煙や、木でできた樽の気配や、重なる地層の土、潮騒と海の風までもが溶け込んでいるのを感じる時がある。
だから、ペカが上の台詞で語ったようなものたちがワームスプアーの中にもある、とはっきり思い浮かべられるし、模造品も美味だったけれど叶うならば本物に触れてみたい。この地球には実在しないお酒に。
そうしてほんの束の間、身の内に抱くだろう。ホアズブレス島と、その心臓たる巨大な龍が秘めていたものの欠片を。
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