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彷徨する自由帖

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魔法のソーダ水

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 スーパーマーケットの、お菓子作りの材料が置いてある一角で見かける、「ケーキマジック」という商品を眺めるのが幼い頃から好きだった。

 特別な存在だった。

 私の家では台所が「子供は入ってはいけない聖域」だったから、なおさら料理に用いるもの全般が、いっそう神秘的な存在に思えていたのかもしれない。

 

 それは製菓用に売られているお酒で、楕円形をし、底だけが平たくなった取手付きのガラス瓶に、エプロンを着用したうさぎの絵のラベルが貼られている商品。中央上部に注ぎ口がある。

 ラムダーク、オレンジキュラソー、ブランデーにキルシュヴァッサー……

 数々の単語をまだ知らない子供の耳には、まるで呪文みたいに響く、魔法薬じみた名称に惹かれていた。そもそも「ケーキ『マジック』」と商品名に組み込まれているのだから、あながち的外れな連想、というわけでもない。

 

 決して巨大ではないガラスの瓶に入った、色つきの液体。

 大抵の場合、口にすることができる。

 これが魔法の産物でなければ何だろう。

 

 そういうものがとても好きだと感じていたから、何か不思議な力が溶け込んでいる飲み物としての「ソーダ水」に、魅力を感じるのは必然だった。色と味のついたシロップを、炭酸水に混ぜて作るもの。その割合や炭酸の強さによって、驚くほど舌触りが変わる。

 赤、青、黄、独特の風合い。

 まだLEDではなかった頃の信号機から発される、あのぼんやりした、光の加減に似た色味。

 液体だから、ガラスの容器に注ぐことで初めて具体的な形を獲得する、そういう流動性もソーダ水をさらに特別なものにしている。魔法の薬は宝石になる。小さな喫茶店のカウンターに座って、店主がシロップやソーダ水を量り、注ぐ。

 そうして出来上がったものを口にすることで1日、たった1日でも、どうにか生き永らえる護符を得る。