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彷徨する自由帖

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随筆・創作

あまいは砂糖の甘さに非ず

芳春が過ぎゆくと、徐々に桜の枝先から萌す新しい青い芽。それは、この時期に見られる中でも「あまい」ものの筆頭である。確かな光沢があるのに、どこかしっとりとした風貌。ごく細かい産毛でも生えているかのような表面。ある程度面積が増えると葉の表と裏…

筑豊のローカル鉄道・日田彦山線に乗車して「田川伊田駅」へ - かつて石炭を運んだ路線|ほぼ500文字の回想

筑前と豊前の間に位置し、それらの頭文字を取って筑豊(ちくほう)と称されるようになった地域。明治28(1895)年に開業した豊州鉄道をはじめ、筑豊周辺の鉄道路線は「炭鉱」の隆盛と共に発展したのだと調べるほどに実感する。石炭を船に積んで川を下った頃か…

自分の人生を送るのに、何かの許可をもらったり、誰かを納得させたりする必要はなかった

私に何の関係もない人達が、口々に「人の話はためになるから聞いておいた方が良い」などと言いながら、私の等身大の在り方に横槍を入れてくる。その言葉をありがたがって聞いて、何かが変わった結果、不利益を被っても誰一人として責任など取りはしない。妙…

ギザの偉大な人面獅子像 - 旅先の風景は、ただそこにある現実|エジプト・カイロ紀行

特にどこへも行かず過ごしている期間、ギザの大スフィンクスは、いわゆる現実から遠く離れた存在の筆頭だったと思う。幼少期に学習漫画を読んで以来、数々の考古学、文明の本や番組に触れて以来、長らく心の一角に住み続けていた空想世界の住民。地球上にあ…

人を喰う城郭

音を吸う存在としてよく話題に上るのは雪だが、実際のところ、石も似たようなものだと思う。特に、柔らかいもの。表面が磨かれておらず微細な穴が開いていたり、経年による風化で、少なからず傷が付いていたりするものが。それに気付かされたのが多分この場…

ひるまの電飾がたたえた光は不自然で妖しい|イングランド北部・リーズ (Leeds)

曇った空の下では、ものの姿が必要以上に強調されて、やけに「はっきり」と見える。色も形も。単純な光量の点では、雲が太陽を隠していない時よりも劣るはずなのに、ずっと明瞭に。とても不思議なことだった。暗闇とまた、全然違う。誤解を招くのを承知で言…

柘榴・サマルカンド - ウズベキスタン紀行

人生を通して、私がはじめて柘榴(ざくろ)という果物を口にしたのが、中央アジアに位置するウズベキスタン旅行の最中だった。場所はたしか、古都サマルカンドの片隅に建つふつうの民家の離れを利用して、ささやかに営まれているレストランだったと記憶して…

例えば赤い貝殻や、角が取れて氷砂糖じみたガラス、陶磁器類の欠片とか

// 風速が5メートル程度ある晴れた日に、沖から寄せる波が砂浜を噛む音は、少し離れたところに居る人間の声を簡単にかき消すくらい大きいのだと知った。 威嚇をされている。 わざわざ干潮の時間に合わせて行った背景もきちんと見抜かれていたはずで、ざざん…

旭川遊歩の回想、とめがき【2】零雨の平らな街と古い銭湯

// 羽田空港を出発し、津軽海峡上空を通過したあたりで眼下、飛行機の窓一杯に見える北海道は、視界の及ぶ限り山々のうねりで構成されている。 季節にもよるのだろうけれど夏だとかなり濃い緑で、むしろ黒い、と言ってしまっても間違いではないような深い色…

旭川遊歩の回想、とめがき【1】出来秋の紅輪蒲公英

晩夏も過ぎた頃の旭川に4日間、いた。合計で3度の夜を越したと書こうとして、辞書を引いたら「夜越(し)」なる言葉が存在していたのを知る。その意味のひとつに「夜中に山河を越すこと」というものがあったので、ぼんやり光景を想像し、可能ならぜひともそ…

椿の絵ろうそく:福島県・会津若松土産

透明な袋に包装されていた状態から本体を取り出し、少し顔を近付けてみると、意外にもはっきりとした匂いが認識できた。香りのつけられていない、素の蝋燭の匂い。独特で、どこか懐かしく、他の何にも似ていないと思う。手に持って矯めつ眇めつ、触りながら…

月の女神と街路樹

彼らの孤独について教えてくれたのは、本だった。ドイツに生まれ、営林署での勤務経験があるペーター・ヴォールレーベンの著した『樹木たちの知られざる生活:森林管理官が聴いた森の声』(ハヤカワ・ノンフィクション文庫)では、森林の樹木たちがどれだけ…

ウクラン ポロンノ ウパシ アシ(ukuran poronno upas as)

2022年12月中旬、15日からだいたい1週間程度の期間。この時期には珍しい、異例の寒波と大雪に見舞われていたのが北海道南部の函館だった。現地は通常なら師走半ばの降雪量が少ないとされる地域で、それにもかかわらず、平年の3倍を超えるほどの積雪が観測さ…

吸血鬼の館 - 東京都・台東区

あるとき東京上野を適当に散策していて、それは面白い洋館の前を通りかかった。黒っぽい下見板張りの外壁、欄干がある古風な上げ下げ窓の白く塗られた窓枠、破風のところにあるもうひとつの気になる窓。屋根裏部屋でもあるのだろうか。そして入口上部、まる…

ぼんやり米粒の骨を思った - 末廣酒造と蔵喫茶「杏」|福島県・会津若松

実際の酒蔵で、本醸造酒と吟醸酒、大吟醸酒の違いについてなど、きちんと解説を聞いたのは初めてだった。これらは製法の他、精米歩合……という「磨き」の割合で呼称が定められている。特に大吟醸酒ともなると、場合により、それが40%以下になることもあるのだ…

皆、単純に忙しい、という事実 - 選ぶことと選ばれること

成人したり、働き始めたりしてから新しく人と友達になるのは難しいと一般に言われる理由について、実際に成人してから親しくなった友達と話しながら考えていた。みんな、いつも自分のことで忙しい。あるいは「他の何かのために動く自分」のことで、忙しくし…

旅は「いつか静かにまどろむ時のため」だと認識した瞬間

あとで回想をするために外に出る……というのは、要するにいちど触れたもの・見たこと・聞いたことを、その先いつになっても好きなときに脳裏へ呼び出せるようにする行為の基礎部分。記憶が薄れても、記録が消えない限りは細部を補足して、幻想のように喚起で…

冬、早朝の格技場の床はとても冷たい

// 寒い時期に朝、目を覚ますと、掛け布団に覆われていない首から上が冷え切っている。 耳とか、鼻とか、とにかく顔の周辺だけが柔らかな石のように冷たい。これから向かう学校の、美術室に置いてあるゲーテの石膏デスマスクをぼんやり脳裏に浮かべた。思慮…

新幹線に紐付けられたお弁当とお酒|ほぼ500文字の回想

先日に秋田新幹線の車内で食べたのは、大館の株式会社 花膳が提供している弁当『鶏めし』。お酒は由利本荘、齋彌酒造店が製造元の『雪の茅舎 奥伝山廃』だった。マストドン(Masodon)に掲載した文章です。

「自己肯定感至上主義」には馴染めない(なぜ、自分をわざわざ肯定しなければ駄目なのだろう?)

世間的に支持される考えや言葉には支持されるだけの理由があるはず。だから一応考えておいた方が己のためになりそうだと思いつつ、じっくり突き詰めて考えたが、とりあえず自分とは合わないと判明した。自己肯定感至上主義には馴染めない。そもそも常に前向…

宮沢賢治《貝の火》のまんまるのオパール - 音もなく、氷のように燃える宝珠|近代文学と自分の話

10月の誕生石には2種類あるらしい。トルマリンと、オパール。1990年代後半から2000年にかけて、特にトルマリンの方は「ピンクトルマリン」と色を限定して語られる場合が(なぜか)多かった記憶があり、幼少期はそれが不満だった。あのごく薄い赤紫色が、そこ…

銀のトレーは「特別」の象徴 喫茶チロル - 名鉄インが目の前のレトロ喫茶店|愛知県・名古屋市

何年も前のストリートビュー写真では「TOBACCO」となっていた右手の看板が、2022年に行ってみると「切手・印紙」に変わっていた。些細なところで確かな時代の流れを感じさせる。そして、明朝体を少し弄ったような字体がレトロで可愛い。赤と朱の中間みたいな…

10月9日

朝、久しぶりに薄手のトレンチコートをハンガーから下ろした時の喜びを思い出す。今は椅子の背中にかけている上着。防寒具があるかぎり、寒さは常に私に味方する。なんて動きやすい季節だろうか。あらゆる魔法が適切にとどこおりなく機能する。狂ったような…

月の女神と羊飼い

一説によると、美男子エンデュミオーンも羊の群れを飼っていた。ギリシア神話で月の女神に見初められ、人間である彼の有限の命を惜しんだ彼女(あるいは、その嘆願を受けたゼウス)によって、ラトモス山の岩陰で永遠の眠りにつくこととなった人物。手元にあ…

誰もがいて誰もいない、インターネット

何か目的のもとに発されている音を、虫たちの側が意図しているようには、人間の側は受け取れない。知らない言語だからだ。音として存在しているものを認識できるので、いるのは判る。おそらくはこうだろうと予想することもできる。少なくとも研究者は仮説を…

抽斗の奥から、昔の手帳を取り出して中身を読む

抽斗の片付けをしていて、異なる段を開けるごとに「手帳」が出てくると気が付いた。手帳。何かを書き込むための冊子であり、高校入学から現在に至るまで、年度ごとに新調しながら私がいつも欠かさず持ち歩いているもの。基本、カレンダーの欄には予定が、自…

焚き火のそばに物語はあった

小さな火種から炎が徐々に立ち上がり、ゆるやかに(かつ、時にはこちらが考えるよりもずっと速く)縦横に広がって、揺らめく姿。火は半透明に見える。幾重のごく薄い布でできた、衣服にも。それに包まれて燃える薪が小さく爆ぜる音。生まれる高い温度と、煙…

言葉の寿命は人より長い / 魔法や知識を受け継ぐこと

数十年、数百年、あるいは千年以上前に書かれたものの一部が、現代を生きる自分にも難なく読める形式で周囲に存在していることを考えると、本当に途方もない。書き手がいなくなり、やがてその声や、眼差しや姿が忘れられても、書物は焼き捨てらたり引き裂か…

ル・クルーゼの鍋の伝説

旭川空港で黙々と腹ごしらえをしていたとき、不意にそれと邂逅する瞬間があった。羽田を発ってからおおよそ1時間半。首都圏から北海道の中心部まで、航路の発達により、どれほど体感距離が近くなったことか。到着後、2階にカレー屋があると聞いた私は喜び勇…

ベロア生地の、よそゆきの服

2022年の北海道では、特に内陸部の空知や上川方面などを中心に、晩夏の8月末から9月頭にかけて、とある「蛾」が大量発生していた。成虫が翅を広げると、最大で10センチ程度にもなる大きな蛾。ヤママユガ科に属しており、名前をクスサン、というらしい。何ら…