近代遺産
小野不由美の小説《東亰異聞》で「鰯の頭」という言葉を目にしたとき、それが玄関口に飾る魔除けのことだ、とすぐに分かったのは、上野の下町風俗資料館で展示を見ていたお陰だった。私の住んでいる地域にはあまりない風習だったので、それまで存在をほとん…
本厚木駅北口からバスを利用して、約30分。決してアクセスが良いとは言えず、神奈川県内在住でないとなかなか訪れにくい位置にあるが、時間をかけても見に行くに値する近代の邸宅が厚木市にある。建物は古民家岸邸、あるいは旧岸家住宅と呼ばれており、平成1…
JR熱海駅から徒歩25分程度、ちょうど糸川と初川の間あたりに、広い敷地を持つ立派な元別荘がある。周囲をぐるりと塀に囲まれているため、高台から見下ろすか、実際に中に入ってみないとその容貌は伺えない。現在の名前を「起雲閣」というそうだ。ここは実業…
夏の爽やかな緑を抜けると、忽然と館の入り口が現れる。英国カントリーハウスを彷彿とさせる煉瓦の外観、車寄せ、そして……玄関右に聳え立つ、とんがり屋根。東京都目黒区の一角、格式の高そうな住宅群に囲まれた駒場公園内には、重要文化財に指定された昭和…
正面玄関上には、天辺に風見鶏をいただく美しい塔屋。近代の洋館と聞いてこの旧岩崎邸の名を挙げない者はまずない。そのくらい広く知られている場所だし、建物自体も素晴らしく、何度でも足を運びたくなるような魅力に満ちている。土日祝日などは混雑のため…
長崎の出島。そこは200年以上もの長きにわたり機能した、鎖国中の日本において唯一公的な港だった。特にオランダ東インド会社との貿易の重要な拠点として。またその少し前、島原・天草一揆の勃発する直前には、ポルトガル人を収容していたこともある。人や物…
近代建築を愛する人間として、一度は絶対に訪れておきたかったのが野外博物館・明治村。入鹿池の西側に面し、岐阜との県境にもほど近い愛知県犬山市にある。アニメ《Fate/Zero》や漫画《ゴールデンカムイ》、ゲーム《明治東亰恋伽》、そしてドラマ《坂の上の…
横浜港周辺や横須賀、鎌倉、そして箱根に小田原と、神奈川県内には優れた近代建築を拝めるエリアが沢山ある。いち県民としては本当にありがたい……。だが、それらから少し離れた平塚の地にも、魅力的かつ貴重な明治時代の洋館が一件佇んでいることはあまり知…
白亜の城か、大邸宅を思わせる5階建て。地下もある。眼前に現れた荘厳な百貨店の玄関脇には、まるで神社の狛犬のように鎮座する、一対のブロンズ製の獅子がいた。それを横目に建物の内部へ足を踏み入れつつ、一歩先を行く連れに他愛もないことを問いかける。…
横浜港は年間を通して多くの船が発着・寄港する場所だが、その片隅――山下公園の向かいで60年近くも係留し続け、博物館として一般に保存・公開されている貨客船がある。それが《日本郵船氷川丸》だ。昭和初期に竣工した豪華な船は、過ぎし大正時代の面影を色…
長崎を歩き回る際、電気軌道という乗り物にはとてもお世話になった。私はこの呼称が好きだ。単に路面電車やトラム、と表現するよりもずっと。街に張り巡らされた線路を辿る車両、その軌道が100年以上変わらずにあることに、どこまでも深い感慨を抱く。時間を…
根岸駅から徒歩10分もかからない程度の距離にある、緩やかな丘の上には、細身のさんかく屋根が目立つお屋敷が建っている。頂点にいただくのは銅の棟飾りで、目の前にはシュロのような南国風の木が何本か。写真を撮りながらさらに近付いてみると、その洋館は…
平成から令和へと、年号が変遷した2019年が過ぎ去った。数年前に一人で旅行し始めてから引き続き、今年も決して多くはないけれど、色々な場所を訪れることができた……と思う。特に国内で重点的に巡ったのは明治・大正・昭和初期に建てられた邸宅や史跡。その…
突然だが、先日アニメ版《鬼滅の刃》を26話まで視聴した。作品の舞台は、大正時代の日本だ。フィクションではあるものの実際に存在する場所が度々描かれており、アニメ第七話で主人公一行が浅草に辿り着いた際は、暗闇に浮かぶ電気館らしき建物や凌雲閣の姿…
港町・長崎は洋館の宝庫だ。訪問時は肌寒い空気を感じつつ街歩きを楽しんだのに加えて、グラバー園で3つの重要文化財指定建造物を中心に、各所から移築された貴重な洋館群を記憶と写真に収めた。なかでも旧グラバー住宅は明治日本の産業革命遺産を構成するう…
横浜元町は、明治・大正期の雰囲気や史跡が好きな人(私です)にはうってつけのお散歩スポットだ。西洋館をはじめとした異人達の暮らしの痕跡や、歩道の傍らに自働電話ボックスの復元などがあり、どのエリアを歩いていても当時の雰囲気を偲ばせる何かに出会…
白金台(しろかねだい)の西端を占める皇室の土地。そこに建つのが、旧朝香宮邸――現・東京都庭園美術館。昭和初期に日本で完成した数ある洋風の邸宅の中でも、いっとう美しい作品の一つだと私は思っている。クリーム色の外観は装飾の少ないすっきりとした佇…
電気軌道を降り、グラバー園に向かって大浦海岸通を歩いていると、左手の側に灰色をした重厚な、金庫じみた風采の建物があるのに気がついた。入口のある正面は長崎湾に向いていて、他に目立つものは少ない。その横に立つ、ガス灯を模した街灯のある一角だけ…
初めて写真を目にしたとき、何とも言えぬ美しい外観に衝撃を受けた四本の塔。正確には四本の煙突――これは今から160年以上前に造られた韮山(にらやま)反射炉のもので、2015年に「明治日本の産業革命遺産」を構成する一つとしてユネスコに登録された、貴重な…
1953年に日本の国宝へと再指定、そして2018年には世界文化遺産に登録された、長崎の大浦天主堂。今年の春に私が訪れた際には、修繕完了後の真っ白な外壁が小高い丘の上で陽の光を受け、輝いていたのを思い出す。ポルトガル人の宣教師フランシスコ・ザビエル…
まだ肌寒かった頃の話だ。森や山が好きなのに、その全く逆の方角へと足を運んだ。私は偶にそういうことをしたくなる。仕事が休みになったので自由な時間が選べたのと、平日で電車もある程度空いているだろうという算段で唐突に予定を組んだような気がするが…
二葉館を見学した後は高岳(たかおか)という地下鉄の駅から桜通線に乗り、今池で東山線に乗り換えて、覚王山で下車した。付近には覚王山日泰寺というお寺があり、それが区域の名前の由来となっている。名古屋の中心部から少し離れているここは、おしゃれな…
教会を出てから引き続き、文化のみちを歩いていった。今回は白壁・主税・橦木エリア内にある、三つの邸宅を訪れた感想を書こうと思う。どの建物も明治末期から大正時代に建造が開始されたもので、和洋の意匠や様式がおもしろく組み合わされており、見ていて…
私にとっては二度目の訪問となる愛知県名古屋市。前回の季節は夏のはじめで、今回は冬のさなかだった。1泊2日の旅、初日は快晴、帰りは小雨。大きな寒波に見舞われることなく過ごすことができたけれど、おそらくは花粉の飛散によるくしゃみと鼻水に苦しめら…
この間、箱根の方まで出向いた。特に用事があったわけではなく、見たいものがあったわけでもない。ただ何となく。考えてみれば、自分がどこかへ行く時は理由があるからではなくて、目的地を決めてからその理由を後付けで考えていることの方が多いということ…
NHKの連続テレビ小説「マッサン」を視聴していた、もしくはその名を小耳に挟んだことがある――という人は一体どのくらいいるだろうか。その物語のモデルとなった人物にとても縁の深い場所が、札幌から北西の方角にある小さな町に今でも残っている。余市へと足…
旅の始まりは2018年の8月末。大きな地震の発生する、ほんの1週間ほど前のことである。母曰く、私は幼少期からこの島の土を幾度となく踏んだことがあるらしい。自分の中にその記憶は薄いどころかほとんど残っておらず、感覚としては今回の旅行が最初の北海道…