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彷徨する自由帖

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旧岩崎邸庭園|代表的な明治時代の洋館と秋の庭

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参考サイト・書籍:

旧岩崎邸庭園 | 上野の文化施設(上野文化の杜)

NHK 美の壺 明治の洋館

 

 

旧岩崎邸散策

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 正面玄関上には、天辺に風見鶏をいただく美しい塔屋。

 近代の洋館と聞いてこの旧岩崎邸の名を挙げない者はまずない。そのくらい広く知られている場所だし、建物自体も素晴らしく、何度でも足を運びたくなるような魅力に満ちている。

 土日祝日などは混雑のため撮影が制限されているが、その他の日であれば問題なく可能であった。資料を集めながら、人のほとんど居ないシンとした空間を彷徨うのはかなり楽しい。

 

 洋館の設計は旧古河邸やニコライ堂、三菱一号館も手掛けたイギリス人、ジョサイア・コンドル。

 一部のみが現存する和館の方は、大工の大河喜十郎によるものとされている。

 秋に訪れると、入口前に立つ化け物じみた太さと上背の銀杏が、黄色い葉を沢山落として一面に絨毯を敷いていた。絶え間なく、音もなく積もっていく雪のように。それらが洋館の外壁と呼応して、周囲の空気を澄んだ金色にすっかり染めてしまうようだった。

 

  • 洋館部分

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 主に、迎賓の間として用いられていた洋館から中へ入る。

 その竣工は明治29年のこと。重厚な割に軽やかさを感じさせる佇まいは、ひとえに建物全体が木造であることに由来するのだと思った。下見板張りの外壁。水を含み風を通す、この国の気候に合致する素材。

 当時来日した技術者の中でも、日本文化に造詣の深かった設計者のコンドルは、仕事の傍ら絵画や舞踊も嗜んでいたという。

 

 玄関扉上の半円は羅針盤のような模様で、そこから射す光が柔らかい。両脇の硝子にも細かな意匠が施されている。きっちりと板の並ぶ天井からは、家主の経済的豊かさを存分に感じた。

 こんな屋敷に主賓として招かれたいものだ。

 岩崎邸の土地を購入したのは岩崎弥太郎だが、実際に邸宅の建設を行ったのは三代目の岩崎久弥。共に大財閥であり、海運業で名を馳せた三菱の総帥を務めている。

 

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 洋館内で個人的なお気に入りの場所を選ぶなら、3カ所。サンルームと、絹の天井の部屋と、大階段だ。

 まずはサンルームから見てみたい。

 一階東側へと真っすぐに抜ければ、片側一面がガラス張りになった細い空間に辿り着く。そこから庭園が一望できる。玻璃越しの外に茂った草木と、下に敷かれた赤い絨毯の色彩が呼応して何とも言えず美しい。壁側の部屋に繋がる縦長の窓と菱形のあしらわれた欄間、加えて暖房器具も良い感じ。

 コロニアル様式を踏襲した、広いベランダの設けられた南側と合わせて、開放的な雰囲気が伝わってきた。この様式は過去に訪れた旧横浜ゴム平塚製造所記念館との共通点でもある。

 四季折々の彩りを贅沢に眺められる空間は、招かれた客人を喜ばせただけではなく、居住していた岩崎一家の心をも日常的に癒していたのではないだろうか。

 私もサンルームに椅子と机を置いて、陽光を浴びながら一日を過ごしたい。

 

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 そこから隣の婦人客室に移れば、目に飛び込んでくるのは絢爛かつ繊細な天井の刺繍だった。その地は絹布。

 部屋自体はさほど大きくないものの、やはり中央に立って仰ぐと圧倒される。

 幾何学図形に区切られた枠の中で、糸の集積が見せる表情が、角度を変えるごとに推移する。竣工当初は今よりもずっと鮮やかな色彩を纏っていたそうだが、年月を経て琥珀のような茶と橙の風貌になったという。

 花の萼をイメージしたような照明の根元や、天井と接する部分に施された精緻な彫刻も見事だ。

 また、部屋の隅にあるイスラム様式風の透かしが異国情緒を空間にもたらし、アカンサスの刺繍と共鳴して幻想的な雰囲気を醸し出していた。眺めているとエジプトウズベキスタンで見かけた数々の建物の意匠を思い出す。

 

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 旧岩崎邸に影響を及ぼした建築やその様式には、他にも英国ジャコビアン様式やルネサンス、貴族の邸宅であるカントリー・ハウスなどが挙げられる。

 洋館の目玉のうち最後の三つ目は、壮麗な大階段。堂々たる四本の支柱が一階ホールに君臨している。踊り場の向かいには暖炉と鏡があり、当時から着飾った訪問客が行き来するのをじっと見つめていたのだろう、と思った。木の艶に惚れ惚れする。

 単に一階と二階を結ぶ機能だけでなく、立ち止まってそれ自体を眺めていたくなるような、引力。回り込むような動きを持たせた階段は、岩崎邸が持つ奥行きを効果的に演出する装置でもあった。

 付近にいるとつい上ばかりを見てしまうが、階段下部にはさらに下の階、地下道へと続く入り口もある。残念ながら一般の見学者は足を踏み入れることはできない。入口から雰囲気だけを楽しむにとどめる。

 

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 2階には、貴重な金唐革紙の復元された部屋が二つあった。

 これは和紙の地に、職人が手ずから金銀の箔を貼り、丁寧に立体的な模様を打ち出す高級な品。屋敷内の壁の面積は言うまでもなく広大で、かつてはその一面がそれで彩られていたのだと思うと驚きを隠せない。

 加えて一角にあるボタンのような何かを、私は電燈のスイッチであると思い込んでいたが、どうやら違うらしい。これは使用人を呼ぶためのものだそうだ。控えている使用人は召喚された部屋がどこなのか、壁の表示を確認してからそこへ向かった。

 瞼を閉じれば、邸内の表には出ない場所を動き回る、彼らの足音が聴こえるような気がする。食器の触れ合う微かな響き、衣擦れ、柔らかい敷物を踏む靴……それから溜め息までもが、鮮明に。

 

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 2階の客間は主に内々の人間を招いた場所だというから、他の房室よりも親しみやすく、どこか気安い感じもした。肩の力を抜いてゆっくり休むことができそう。

 丸い机上を飛び交う鳥の絵柄も、空間に開放感を添えている。

 洋館見学後に1階に戻って和館へ抜け、橋本雅邦の障壁画を横目に庭へと出ていくと……そこには、炎を上げずに赤々と燃える紅葉の木々が並んでいた。

 視線を横に動かすと橙から黄へ色が移り変わり、風に枝が揺れると境がそっと交じって曖昧になる。

 

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 いずれ春と夏、そして冬の記録も残したい。