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名古屋の近代建築探訪(3) 覚王山の揚輝荘・聴松閣と、洋菓子店のスイートポテト|愛知県旅行

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 これら二つの記事の続きです。

 今回は名古屋・文化のみちエリアから少し離れた場所にある「揚輝荘」と、山荘風の邸宅「聴松閣」を訪れた感想や写真を載せます。

 

 

参考サイト:

揚輝荘(揚輝荘公式ウェブサイト)

 

覚王山エリア

 二葉館を見学した後は高岳(たかおか)という地下鉄の駅から桜通線に乗り、今池で東山線に乗り換えて、覚王山で下車した。

 付近には覚王山日泰寺というお寺があり、それがこの区域の名前の由来となっている。

 名古屋の中心部から少し離れている此処は、おしゃれな雰囲気のお店が立ち並ぶほかに高級住宅街としても知られており、閑静で居心地がよさそうな印象を受けた。夕方に立ち寄った、駅から歩いて行ける洋菓子店についても下部に記載しようと思う。

 

 坂道がとても多いので、大きな起伏のある道を歩くのは少し骨が折れるが、目的の揚輝荘へは駅からおよそ10分ほどなので遠くはない。

 中へと入るための門は二つに分かれた南園と北園にそれぞれ一つずつあった。

 まずは施設の概要と、北側の庭園のようすからみていく。

 

 

  • 揚輝荘北園

 そもそも此処は、老舗の百貨店「松坂屋」をもとにして興された会社の初代社長・伊藤次郎左衛門裕民(いとうじろうざえもんすけたみ)の別邸として、大正末期から昭和初期にかけて建造された場所だ。

 当時は敷地内に立ち並ぶ三十棟をこえる建物が、訪れる人々の目を楽しませていた。

 残念ながら、それらの多くは第二次世界大戦末期の空襲で失われてしまい、今では現存するもののうち五棟のみが名古屋市指定の重要文化財として登録・保護されている。

 余談だが、松坂屋をはじめとする三越、高島屋、そごうなどの有名百貨店の多くには、もともと呉服屋として事業を展開していたものが多い。

 

 「揚輝荘」という名前の由来は、創設者である祐民が、四季について詠んだある漢詩からとったものだと言われている。

 詩の全文は、

春水満四澤

夏雲多奇峰

秋月揚明輝

冬嶺秀孤松

というもので、この秋にあたる部分の「秋月揚明輝」という部分から揚と輝の二文字を拝借したようだ。

 実際、眺めの良い高台に位置するこの邸宅や庭園からは、美しく輝く月を望めただろうことが想像に難くない。

 時期により様々な草花も楽しめる北園では、現在でもお茶会などのイベントが定期的に開催されている。

 

 

 少し分かりにくいが、上の写真の向かって左奥に見えるのが白雲橋、右奥に見えるのが茶室・三賞亭だ。いずれも名古屋市指定の文化財であり、三賞亭に関しては揚輝荘の中で一番最初の建物となる。

 揚輝荘北園は、京都に存在する修学院離宮を参考にしたものだそうで、様式を池泉回遊式という。これはその名が示す通り、庭園の中心部に池を設置することで、散策する人間にその周囲を回って歩くよう示唆するものだ。

 特に近世の日本庭園において人気を博し、数々の大名たちが好んで採用していた。

 

 また、池を挟んで三賞亭の向かいには伴華楼(ばんがろう)という建物が佇んでいるが、その名の由来は英語で小さな宿を意味する単語 "bungalow" だろうか。

 外壁に接している、市松模様の施された煙突がとてもお洒落。建築家・鈴木禎次による設計で、もともとは尾張徳川家から購入した家屋を庭園内に移築し、そこに洋室を増築して昭和四年に完成したのだという。

 英国やフランスでの留学経験がある彼は経験と知見を活かし、この他にも旧豊田喜一郎邸など、愛知県内に存在する多くの建物を手掛けている。

 

 

 伴華楼の二階に足を踏み入れることはできなかったので(その代わり電話で事前予約できるツアーがある)、縁側の部分から一階を除くような形で小さな展示を見た。ここはどちらかというと日本風の趣が強い印象がある。

 庭園内の神社の近くにあった壁には、古い瓦が装飾として埋め込まれているなど、鑑賞者の目を楽しませてくれる意匠がいろいろとあり飽きない。

 和洋のもの、新旧のものが大胆に組み合わされているのに、ちぐはぐさよりも調和を感じるのはなぜだろう。私も含め、近代の邸宅に惹かれる人たちはきっとそこにハマってしまうのだと思う。

 訪れた際は小雨が降っていて肌寒かったので、あまりゆっくりとする気分にはなれなかったことが惜しまれた。秋の夜にはぜひここへお月見などをしに来たいし、あわよくば宿泊して帰りたい。

 

 

 揚輝荘北園への入場料は無料で、隣接するマンション横の通路を抜けると南園、そして聴松閣がある。そこは300円を払って見学することができる。

 訪問客が歩き回る際、近隣住民の生活に配慮するよう促す掲示があったので、特にマンション周辺では大声で話したりたむろしたりしないことが望ましい。

 聴松閣内のいくつかの部屋やホールは一般に貸し出されることもあるようで、この日も音楽関係のイベントか何かで地階に出入りする人々の姿を見かけた。また、曜日によりガイドツアーを実施しているときもあるので、訪問前に一度調べておきたい。

 それでは聴松閣内部の様子を見てみよう。

 

概要:揚輝荘公式ウェブサイト

 

 

 

 

 

  • 聴松閣

 

 当時は空がどんよりとしていたからか、下から見上げた建物の朱色の外壁は、目により鮮やかに感じられた。周囲の緑との対比もあるのかもしれない。

 それが聴松閣(ちょうしょうかく)――小林三造による設計で昭和12年に建てられた、かつては迎賓館として国内外から多くの人々を受け入れ、賑わっていた場所。建物は一階と二階、それに地階を加えた三層の構造となっている。

 二階には開閉式の天窓を見上げることができる場所があるが、これは当時の家屋にはなかなか見られない珍しいものだ。

 揚輝荘の建造を行った伊藤次郎左衛門祐民は仏教徒であり、昭和9年の頃から約4か月間、インドをはじめとするアジアの国々を訪れて仏教関係の史跡を見学していた。

 この聴松閣もその影響を受けているのか、前の記事で紹介した和洋折衷の邸宅に比べると東洋風の趣が強い。

 

 

 特に地階に関しては全体にインド様式が採用されており、かつて受け入れを行っていた留学生が残した壁画も相まって、寺院の一角さながらだった。壁や梁の部分に施された美しいレリーフ、モザイクタイル等も見どころ。

 採光窓にはヒマラヤ山脈を模した図柄が描かれており、細部へのこだわりを感じる。柱の意匠もとても良い。

 対照的に、建物の外観や屋根の一部はヨーロッパの国々で多く見られるハーフ・ティンバーの様式を彷彿とさせるもので、ここでは東西の雰囲気が組み合わさっており面白い。

 

 実は、地階の片隅にはさらにその下へと続く階段が伸びており、その先では暗い通路の入り口がぽっかりと存在している。

 これが何とも不気味かつ神秘的で好奇心をそそられたが、残念なことに一般の見学者は先へと進むことができない。

 地下道や奥の広間の用途・造られた目的などは未だに不明で、一説によれば有事の際に要人を匿ったり、逃がしたりするための機能を持っていたと推測されているそうだ。

 

 

 昭和20年の頃、揚輝荘は空襲の大きな被害を受けている。

 実の目的が何であれ、いざというとき防空壕のように爆風を避け、回避できるような空間を作っておくのは確かに便利だ。そして小説が好きな自分としては、こんな風に隠された通路を持つ屋敷で起こる、何らかの事件を題材にした物語を読んでみたくなった。閑話休題。

 内部を見学していると、文化のみちエリアに立ち並んでいた和洋折衷の邸宅群とは、また違った種類の温かみを感じる。山荘風の趣は人々が集い語らう場にぴったりだ。かつては迎賓館として機能していたことに納得した。

 1階には喫茶室「べんがら」もあり、南園の庭を眺めながらコーヒーや軽食を楽しむことができる。なかでも自家製のケーキセットがとても美味しそう。

 また、インドを意識したカレーのメニューも魅力的だ。べんがらとは錆のように落ち着いた朱を指す名前で、これは聴松閣を彩る外壁の色になる。

 

 

 創設者である祐民は、実業家としての一線を退いた後は文化的・社会的な活動や、その支援に力を入れていた。幼いころから多くの習い事をして過ごし形成された感覚は、その人生をより豊かなものへと変えたに違いない。

 揚輝荘を見学していると、そんな彼の遊び心や趣味の良さを端々から感じられる。名古屋中心部からは少し離れているが、白壁・主税・橦木の付近で邸宅巡りを楽しんだ後は、こちらに足をのばしてみるのも悪くないだろう。

 近代日本の建築物が好きな人ならきっと楽しめると思う。

 さて、こうして3記事にわたり名古屋訪問の記録をつけてみたけれど、ある一つの場所を訪問し調べるだけで、芋づる式に新しい発見と次に訪れるべき場所が見つかっていく。私はこれが旅行や散歩の醍醐味だと思っているし、これからもそれを続けていくつもり。自分だけの地図をつくりたい。

 

 

聴松閣について:聴松閣案内

 

 以下に、揚輝荘の最寄り駅である「覚王山」から歩いて行くことのできる、洋菓子店で食べたものを紹介する。

 

  • 洋菓子店《ピエール・プレシュウズ》

 ここは愛知県内にいくつか店舗があるうちの一つで、私たちが訪れたのは夕方だったが、お客さんの数は多かった。きっと人気があるのだろう。

 主にフランス菓子が取り扱われており、ガイドブックで強調されていた一番人気の品は円錐型のモンブラン。提供される数量は限られており、すでに終了してしまっていたメニューもあったので、お目当ての品がある場合は早めに行く方がよさそう。

 今回は「さつまいものグラタン(スイートポテト)」とウインナコーヒーを注文してみた。

 

 

 この上に乗っているのは冷たいアイスクリームで、さつまいもの風味ととてもよく合い、溶けた部分をさつまいもの部分に絡めて口に入れると幸せな気分になる。

 グラタンの表面はパリパリになっていて食感の違いが楽しめ、少しの苦みが下の生地の甘さをさらに引き立てていた。もったいなかったので本当に少しずつ食べた。

 友人の注文していたチーズケーキ、「ランゴ・フロマージュ」も一口もらったが、滑らかな食感と優しい甘さのおかげでいくらでもお腹に入れられると思ったし、余計にお腹が空いたような気がする。

 

 甘いものが好きで、愛知県を訪れるのならばここはとてもおすすめ。

カフェのメニュー:PÂTISSERIE PIERRE PRÉCIEUSE

 

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 今度は明治村とノリタケの森に行きたいです。