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彷徨する自由帖

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【宿泊記録】ホテルニューグランド本館ロビーと客室、ルームサービスの美味しい氷菓子|昭和初期の近代化産業遺産・横浜市

本館、正面入口から伸びる大階段。青いカーペットをできるだけ優しく踏んで上った先には、エレベーターの扉と、盤面の周囲に美しい石の彫刻が施された時計がある。壁の画は「天女奏楽之図」で、川島甚兵衛が製作した綴織だった。時計、といわれて私が真っ先…

雪原(恐ろしいものが綺麗だとうれしくなる)

雪原はあれほど恐ろしいのに人を惹きつける様相を見せるからいけない。しきりに誘惑されている、と感じる。昔から、よく考えていた。雪に埋まって眠りにつくことを。疲れた足を永劫に休める場所として雪原を選ぶことを。なにしろ、かの雪の女王がおわすのは…

アール・ヌーヴォーの運動と時代背景 - 洋館長屋 / 仏蘭西館(旧ボシー邸)内を歩きつつ|神戸北野異人館 日帰り一人旅

洋館長屋で見ることができる家具類や工芸品の目玉は、アール・ヌーヴォー(Art nouveau)の流れを汲んで19~20世紀に制作されたものの数々。アール・ヌーヴォーは表面的に言うと、多くの機械工業的製品とは対照的な、植物や生き物を思わせる造形と、そこから…

「怪異」として存在する邸宅とお屋敷

明治24年、民俗学者の柳田国男が自費で出版した説話集「遠野物語」。そこに収録されている異聞怪談、なかでもマヨヒガと題された2編の話は、私が昔から特定の建物に対して抱いていた曖昧極まりない感覚にいくつかの支柱を与えた。すなわち、人が不在のはずの…

お話に登場する木こりの規則正しい生活、その健全さに感じるフェティシズム

ふと、質実剛健な木こりのことを考える。いろいろな物語に登場する彼ら。その人たちは別に、ここで私が言うところの規則正しい生活を熱望しているわけではないだろう。単純に、それが最も理に適っているからそうしているだけで。こちらからすると、その精神…

うろこの家(旧ハリヤー邸)の外壁を覆う薄い石の板は人魚の尾鰭|神戸北野異人館 日帰り一人旅

神戸の異人館街には、瀟洒な下見板張りや、暖かみを感じさせるハーフティンバー風の外壁を持った近代の洋館がたくさん建っている。だから初めて「うろこの家」を目の当たりにしたとき、きっとこの邸宅の特徴的な壁——愛称の示すとおり、魚の鱗に似ている——も…

山本亭 - 大正末期から増改築を重ねた和洋折衷の館|東京都葛飾区・柴又の有形文化財

京成電鉄金町線、柴又の駅から徒歩約6分。東京と千葉の境を流れる江戸川、その矢切の渡しにほど近い、柴又寅さん記念館と通りを隔てて建っている施設が「山本亭」だった。もとは、合資会社山本工場を創立し、カメラの部品を製造していた山本栄之助という人物…

いつしか所帯じみた蒼白のお城

当時からおもしろかったのは、何の施設でもない一般の家のはずなのに、ずいぶんと特別な雰囲気を醸し出す建物が教会のはす向かいに鎮座していたこと。2階建てで壁は蒼白く、正面から見たつくりは左右対称、中央に位置する玄関の上には半円に突き出したバルコ…

【宿泊記録】プリンス スマート イン熱海 - シンプルな次世代型のホテル、朝食付き|静岡県

古いものと新しいものがごった煮のように混在する最近の熱海にて、2021年の春にできたばかりのホテル「プリンス スマート イン」に泊まってみた。株式会社プリンスホテルが経営しており、この熱海にあるのは、東京都・恵比寿に続いて2番目に開業した店舗。か…

プラトン装飾美術館 / イタリア館(旧アボイ邸)には今も実際に人が住んでいる|神戸北野異人館 日帰り一人旅

受付に座っていたのは、随分とクラシカルな服装に身を包んだ小柄なメイドさんだった。彼女の佇まいに少し驚きつつ入場券を買ったとき、「この異人館には、他とは大きく違う特徴がひとつございます」と言われて、まばたきをする。さて一体なんのことだろうか…

言葉を奪われたような気がしてしまう

綴られる言葉を前にして、共感に似た思いを抱き頷いているときの私は、すっかり影が希薄になる。彼女がこうだと言ったものに半ば身をゆだねて、わかる、という感覚にあらゆる情動を押し込めて、しばし口をつぐんでいる。言葉を奪われたような気がする、とい…

用法、用量、際限のない読書による効果・無窮の酩酊とか

先日某所に足を運んで、自分の子どもを本好きにしたい、と思う人間の数はそれなりに多いらしいと気が付いた。幼少期からこの絵本でひたすら文字に触れさせ、何歳になったらこれを読ませ、さらに就学したらこれを順に読ませる……云々と書かれた商品ポップ。現…

牛久シャトー(旧牛久醸造場・シャトーカミヤ)の見学 - 近代化産業遺産・国指定重要文化財|茨城県

伝兵衛が東京都浅草で「みかはや銘酒店(現・神谷バー)」を開業してから、かねてより計画していた醸造場の建設に踏み切り、それを完成させたのが明治36(1903)年のこと。彼は茨城県、牛久市の一角(昔の稲敷郡岡田村、女化原)を開墾してブドウ園とし、醸造…

悪い夢を見ない方法 / 記憶にだけ住む人の影

私は父の顔や名前を思い出すことができない。特に名前の方は思い出す以前に、そもそも知っていたかどうかすらもわからない。彼とともに時間を過ごした数少ない記憶(と呼ぶのも気が引ける、あのボタンを押して絵を変えるおもちゃのフィルムじみた、静止画に…

葡萄の意匠とタイルが光る「旧神谷伝兵衛稲毛別荘」そして電気ブランのこと|千葉県にある国の登録有形文化財

稲毛に別荘を建てた神谷伝兵衛(傳兵衛)は牛久シャトーや、電気ブランで名を馳せた神谷バーの創設者であり、商才を持つと同時に洋酒への比類なき情熱を抱いて生きた実業家だった。建物は平成9年に国の有形文化財に登録されている。正面の外観を視界に収めて…