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【宿泊記録】ホテルニューグランド本館ロビーと客室、ルームサービスの美味しい氷菓子|昭和初期の近代化産業遺産・横浜市

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 おこがましく聞こえるとわかっていてあえて言うが、どこかの土地で宿泊するのに旅館やホテルを選んだとき、自分が滞在する部屋はつまり「私の部屋」……と表現することができる。もちろん、私に割り当てられた部屋、という意味の範囲内でだけれど。

 そういった部屋で過ごす行為には、すべてを好きなようにできる自宅にいるときとはまた違った種類の、自由と楽しみとが伴う。

 通常の旅行の際も、必要に迫られて逗留する際も、私はそれらを享受する。

 先日泊まってみたのは横浜、道路を挟んだ先に山下公園と氷川丸を望む、ホテルニューグランド。陽が落ちると白く輝く HOTEL NEW GRAND の電気灯が胸を躍らせた。角に面した部分が丸みを帯び、カフェへの入口が設けられている。

 


 そもそも横浜市に暮らしていて頻繁に前を通るのに、アフタヌーンティーでロビーを利用するくらいで、実際には一度も宿泊したことがなかった。近代遺産好きとしても気になっていたけれど、地元だからこそ、わざわざ理由を設けなければ自宅の目と鼻の先で泊まる機会も訪れず。

 今回は「泊まるために泊まる」という究極の贅沢を決行するに至ったのだった。

 ふだん旅行先では外で散策をする方が目的で、元来あまり宿泊施設には頓着しない傾向が強かったため、個人的には新鮮な試みである。そういう点でもかなりおもしろかったし、すっかり味を占めたので、別の場所でもきっとまた実行する……。

 静岡県・伊東のレトロなハトヤホテルに続き、宿泊できるタイプの近代遺産は見学のみにとどまらず、自分自身で滞在する、というのも新しい探訪の指針としてこれから持っておくことにした。

 

公式サイト:

 

目次:

 

ホテルニューグランド

  • 概要・本館ロビー

 

 本館、正面入口から伸びる大階段。青いカーペットをできるだけ優しく踏んで上った先には、エレベーターの扉と、盤面の周囲に美しい石の彫刻が施された時計がある。壁の画は「天女奏楽之図」で、川島甚兵衛が製作した綴織だった。

 時計、といわれて私が真っ先に思い浮かべるのは銀座の旧服部時計店だが、実はこの建物もそれと同じ設計者の手によるもの。彼の名は渡辺仁という。ほかにも旧原邦造邸(原美術館)などすぐれた建築物を生み出しており、現在、その作品は全国でも半数ほどしか現存していないのが残念。

 ホテルニューグランドが開業したのは昭和2(1927)年のことだった。

 大正12(1923)年の関東大震災を経て、復興事業の一環として瓦礫を用い埋め立てられた土地、山下公園の目の前に、今も95年前と変わらぬ姿で建っている。

 

 

 階段の手すりはどこかスクラッチタイルを思わせる風合いで、これは昭和初期に竣工した建物にはよく見られるものであることから、当時のモダンな意匠を積極的に取り入れていたのだとわかる。

 2007(平成19)年、本館の建物は経済産業省によって「近代化産業遺産」に認定された。

 関東大震災後、はじめ外国人向けのホテルとして開業したニューグランドを牽引したのは東洋汽船のサンフランシスコ支店長、土井慶吉であったといわれる。ホテル全体の形式や設備、サービス、料理などには欧州視察で培った経験を活かし、宿泊客が何を求めているのかという視点を常に持って、その発展を支えた。

 ……本館のロビーは、夕方以降か早朝に訪れると静謐な雰囲気を感じられるのが好きだった。陽が落ちると窓の外が青く見え、夜明けを迎えると、フロアに並ぶ笠のランプが篝火のなごりのようで。

 

 

 全体的にヨーロッパの雰囲気が漂うが、釣り灯籠風の照明や壁画など細部に目を凝らすとわかるとおり、東洋の意匠もふんだんに取り入れられている。それが独特の華やかさと居心地の良さを生んでいるのだろう。梁に施された文様の良さ。

 ところで、このホテルを愛していた近代の著名人のひとりには、小説「霧笛」などを著した大佛次郎がいる。横浜生まれ横浜育ちの作家である。

 彼は本館のダブルルーム318号室(彼の作品にちなんで「天狗の間」と呼ばれるに至った)を気に入ってよく逗留し、そこで執筆に勤しんだほか、付近を散策したりホテル内のバーに出向いたりもしていたという。キャロットグラッセやグジョネットソールなどの料理に、ピコンソーダというカクテルを好んでいた。

 318号室には一般の利用客も実際に滞在でき、彼の軌跡にちなんだ宿泊プランもあるようだ。

 

 

 ロビーを見学してみてから、チェックイン後に客室へ移動する際にはエレベーターを使う。脇の階段は原則非常用らしかったので、少しだけ覗いてみた。

 この感じがなかなかたまらない。

 天井に残っている装飾とか、角ばらずに丸みを帯びたフロアの輪郭、大階段のものとはまた違った重厚さを持つタイルなど、経てきた歴史を滲ませる雰囲気には感嘆の息を吐くほかなかった。

 ニューグランドには近年になって完成したぴかぴかの「タワー館」もあり、より新しい客室や設備に囲まれて過ごしたいならそちらを選ぶのが良いのだろうけど、やはり近代建築好きとしてはどうしても本館の方に泊まりたいものだと改めて思う。

 

 

 

 

  • 客室 - 本館・シングルバス

 

 今回は中庭に面した344号室が私の部屋だった。

 1人部屋でありながら空間は広く(18.3~20.0m2とのこと)、ベッドも大きくて、その贅沢さに喜ぶ。横には書き物に適している机と椅子、それとは別にお茶などを置けそうなテーブルとソファが置いてあり、テレビ台横の引き出しの中には寝間着が入っていた。白い木の扉を開けるとそこがクローゼット。

 無料のペットボトルの水と、湯沸かしポットとティーバッグ(緑茶×2とほうじ茶×2)が備え付けてあるので好きなときに淹れて飲める。ちなみにコンセントだが、この部屋の場合は書き物机の下にあったので、机の引き出しの中の延長コードを利用して充電器を接続することに。

 ほかには情勢の影響か、携帯サイズのアルコールスプレーが用意されていた。これは持ち帰ることができ、例えばここから旅行や出張などに向かう際にも外で使えてありがたい。

 

 

 そして、玄関にかけてある姿見の隣、扉を開けるとバスルームが出現する。洗面台の横に各種アメニティとドライヤー、フェイスタオル。歴史のある建物と部屋だけれど、水回り関連はとてもきれいだった。特に変な匂いもしない。

 せっかくバスタブのある仕様なので、お湯を溜めて長い時間くつろいだ。

 アメニティのボディソープやシャンプーはゆずの香り?  と思って公式サイトを見ると当たりだったようで、爽やかで温かみのある、どこか懐かしいような芳香がニューグランドの建物らしいとなんとなく考えた。

 海辺の街には柑橘系の果物がよく似合う気がする。理由はわからない……。

 

 

 ホテルの部屋に何を求めるかは人それぞれだと思うが、空調や騒音問題なども特になく、私は大いに満足。

 チェックイン・チェックアウト時のスタッフもこころよい感じだった。決して派手ではないが、堅実で安心できるサービスを提供している印象がある。

 

  • ルームサービスを利用する

 さて、このニューグランドに宿泊するにあたり、実はどうしても食べたかったものがある。ホテル内のカフェであっても通常は不定期に提供される期間限定のメニューとなっていて、1年中いつでも賞味できるのはルームサービスのみ……という、伝統的なデザート。

 その名も「クープニューグランド」で、このホテルが発祥の氷菓子である。

 

 

 構造としてはバニラアイスの上に洋梨の果肉を敷き、それをなめらかな舌触りのチョコレートソースで覆って、さらに生クリームとアーモンド、ミントをあしらったものになる。

 ガラスの器が円盤のような銀の容器に入れられて運ばれてくるが、この中には氷がぎっしりと詰まっていて、少し時間を置いてもアイスクリームが溶けてしまわないようになっていた。それゆえ、もったいないからとのんびりゆっくり食べても大丈夫。

 せっかくなので注文時に紅茶も一緒に頼んでみた。これの風味はごく普通。

 パティシエの方のお話によれば、クープニューグランドは戦後の接収時代、ここに滞在していた米国人将校たちの妻から、洋梨の缶詰で何か作れないかとリクエストされたことによって生まれたものなのだとか。「クープ」とは、もともとクープグラス(容器)の名前だった。

 

 

 魅惑の断面。

 実際に口に運んでみるまで全く味の予想ができず、どきどきしていた。果物系のパフェなども普段あまり食べないから、チョコレートソースと洋梨がどう調和するのかもわからなくて、おそるおそるスプーンを本体に沈める。

 味わってみて、つめたく柔らかい洋梨というのはこんなに美味しかっただろうか、と最初に瞠目した。たとえば常温の果実を切り、器に盛ったものとは当然違う。缶詰の梨に独特のほどよい甘さと酸味がある。

 チョコレートソースは粘性がなくあっさりとしているので、バニラアイスと洋梨とを合わせても口の中がうるさくならず、まとまりがあり、最後は散らされたアーモンドとミントの葉で味が完成した。この素朴な感じのデザートをまた食べたい。

 

 建物自体から部屋での滞在に至るまで、全体的に楽しい滞在だった。

 

 

 

 

 

 

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