ウィリアム・サマセット・モームの著した「月と六ペンス」は昔、まだ大学を辞める前に人に薦められて読んだ小説だった。作者はフランス生まれのイギリス人で、10歳の頃に両親を亡くし、パリからイングランドのケント州に渡って学校に通った。過去に医療助手…
駅の前にある喫茶店は、ときどき安心の象徴みたいに思える。バスや電車が来るまでの暇つぶしに、あるいは不意に降ってくる雨の冷たさを避けるのに便利な場所というのは当然なのだが、もっと、それ以上の恩恵を与えてくれる「何か」が確実にあると感じずには…
いわゆる「湖水地方」として知られている、イングランド北方の国立公園。その一帯の地図をはじめて眼前に広げてみたとき、果たしてどこに湖があるのやら、私にはさっぱりわからなかった。視認できる名前はスカーフェル・パイク、ヘルヴェリン、それにフェア…
大通りにも路地にも人っ子一人歩いていない。「静かに。隠れていて」「悪いひとが来るよ、怖いものも来るよ」村の家という家がそう人々に囁いて、門や戸口の奥に、すべてを鎖し籠めているみたいだった。クリスマスリースの形をした扉の護符とともに。あれは…
伊東のハトヤホテルに泊まってみようと思ったのは、今度は営業中の豪華ホテルの館内を見て回り、感想を綴りたくなったから。その存在は友達に教えてもらって知った。立地的に、ニューアカオが海なら、ハトヤは山……そんな印象を受ける。ちなみに昭和50年に新…
先日、熱海の起雲閣にもう一度足を運ぶことができた。ちょうどよい機会があって。内田信也の別邸として大正8年に竣工、その後、根津嘉一郎の手に渡ってから大幅な増築が行われた和洋折衷の館は、玄関にあたる表門から庭園に至るまで余さず魅力だらけの場所。…
自分が自分をじっ……と見ている。四六時中、いつでも。たまに、何もしないでぼんやり過ごすのがわりと好きだった。文字通りに何もしないこと。例えば休日の昼ごろ、遅い時間に目が覚めても布団から出ないで、カーテンの隙間から外の明るさを感じつつ、枕に頭…
大昔の遺跡か、未来の何かの基地。面白いことにどちらともとれる外観の建物は、海の側から川に沿って道を歩いていくと、丘の中腹に見えてくる。不思議な四角い形の塔がその屋根から空に伸びていた。ざらついた大谷石の部分に施された、幾何学模様の装飾がす…
今日、新暦の2月9日は私の敬愛する小説家、夏目漱石のお誕生日です。それでも2022年現在、ここに彼と彼の作品をこよなく愛していることを綴り、なかでも繰り返し頁をめくって参照している短編の好きな部分も併せて紹介したく、誕生日のお祝いとして当ブログ…
//);//]]> 前回の記事: 公式サイト: 博物館明治村 | 愛知県犬山市の野外博物館 大正12年に竣工した、フランク・ロイド・ライト設計の帝国ホテル中央玄関。 開業日はなんと関東大震災の当日だったというから驚きだ。 これは当時、東京都千代田区……かの鹿鳴…
人間でも花の蜜を吸えるのだと教えてくれたのは祖母だった気がする。私は基本的にずっと預けられていて、たまにその後ろについて散歩に出掛けた。ちなみに、住んでいたのは「住所だけが都会」の結構な田舎である。かなり深い森があり、山があり、なんなら大…
JR池袋駅、山手線のホームから改札を出て大通りを渡ったら、少し入り組んだ細い道を進む。この先数百メートル……という看板は親切に出ているものの、本当にこんな住宅街の中に学校が建っているものなんだろうかと訝りつつ、曲がり角が多いので対向の車や人間…
本を読んでいて、いかにも美味しそうだと思う食事の描写に出会うとき、作中の時間帯はだいたい朝なのだ。上で引用した「斜陽」の一場面もそう。満開の山桜が見える窓際に座り、かず子と母はスープと、海苔で包んだおむすびを食べている。そのスープというの…
鳩山会館も、時に音羽御殿と呼ばれることがある。大正13年に竣工、空襲被害や老朽化を受けて大幅に修復され、現在も文京区に建ち一般に公開されている邸宅。地下鉄護国寺駅の5番出口から、講談社、光文社と有名な出版社のビルが両脇に並ぶのを過ぎて、関口台…
過去に内部を歩いた近代建築を再び探索するのはかなり面白かった。昨年は思いもよらなかった箇所に目が行ったり、隣に立つ誰かの意見を聞いたりと、初見の時には咀嚼しきれなかった要素をたくさん味わえたために。普段は新しい邸宅の魅力を探すのに血眼にな…