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彷徨する自由帖

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いつしか所帯じみた蒼白のお城

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 自宅から少し歩いたところにある住宅街。

 みどりの垣根と、灰や黒色の塀に囲まれて入り組んだ迷宮を抜け、路地が比較的大きな道路に接する曲がり角にでると、一軒の教会が建っている。

 そこはちょうど小学校へ至る通学路でもあり、20年ほど前、私は毎日教会の前を通って登下校をしていた。

 教会といっても、石を積んだいわゆるヨーロッパ風の重厚な、ロマネスクやゴシックの佇まいを想像すると鮮やかに裏切られる。ほとんど一般の家屋に似た、屋根の上に無骨な金属の十字架が掲げられている以外は至ってふつうの現代の建物で、むしろ公民館のようだった。

 当時からおもしろかったのは、それとは反対に、何の施設でもない一般の家のはずなのに、ずいぶんと特別な雰囲気を醸し出す建物が教会のはす向かいに鎮座していたこと。

 2階建てで壁は蒼白く、正面から見たつくりは左右対称、中央に位置する玄関の上には半円に突き出したバルコニーがある。それを支える柱は太く、柱頭はドリス式のように簡素に処理されているものの、柱身に縦の溝が彫刻されていて遠方の神殿を思わせた。素材が石ではないのに、つめたい感じがする。

 右には自動車をしまう車庫、左には芝生の庭。窓のアーチ。けっして大きな規模ではないけれどそこかしこにこだわりの感じられる家で、私も含めた小学生集団は、単純に「お城」と呼んでいた。かなり有名だった。

 

 今でこそ建築物好きの自覚を持っているとはいえ、昔はその家に自分が不思議と心惹かれる理由もよくわからず、ただ、前を通るたびにじいっと眺めていた。私たちの日常から銀のはさみで切り離されたか、あるいはわずかにずれたかのように、例の「お城」の一角だけが別の世界に感じられて……。

 あるとき見かけたそこの住民は、子どもの目には本当に何の変哲もない人たちに見えたから、なおさら気になっていた。

 絵本の中のお城にはふつうの人でも住めるのだと、意外に思った。

 小学校を卒業してからは使う道が変わり、以前の通学路周辺をあまり歩かなくなって、必然的に「お城」を目にする機会もほとんどなくなった。たまに思い出すこともあったけれど、わざわざ見に行くほどの情熱はもとよりないし、そもそもそこはれっきとした他人の家であって、不躾に覗きに行くのもいかがなものかと考えていた。

 そうして幾年かが過ぎて、私は地元の中学校を卒業し、自宅から県境を越えた先にある高校へと進学して無事に卒業した。そうして今度は町を離れ、最終的に海を越えた先の大学に入学したかと思えば、個人的な事情で辞めて帰ってきたのであった。

 しばらくは躁鬱の療養と職探しに追われて散歩どころではなく、現在の職場で勤務を始めてからおおよそ3年が経過して、先日、ようやくその「お城」の前を通る機会を得たのだが。

 

 果たしてどんな風に表現するべきか、その家は20年前に比べて驚くほど外観に変化がなかったのである。

 しかしながら、明らかに別の何かが変化したということだけは、容易に察せられた。

 物陰の雪のように、蒼みを帯びた漆喰の白い壁。それは定期的に塗り直されているのだろう、以前と同じく、ひびや剥がれひとつなく綺麗なままだ。窓も磨かれているし、けっしてどこも割れてなんかいない。

 整えられた芝の、庭の隅にいた3匹のアヒルの置物は昔と同じ場所にいて、物干し竿の近くの犬小屋みたいなオブジェも、建物自体の変化もぜんぜんない。

 それにもかかわらず全体に漂うどこかくたびれた印象を隠すことはできず、そう、ぴったりの言葉を辞書から探し出すなら、「所帯じみた」というのが該当するのではないかと思った。

 ぴかぴかなのに、くたびれている。何か労苦のようなものが滲み出ている。

 たとえば徹夜明けの紳士淑女に、無理に華美な服を着せて、盛大な祝祭の日の写真屋に放り込んだみたいな佇まいだった。

 

 路地に立ち尽くして抱いたのは、おそらく建物ではなくて住民の方が変わったのだという直感。 

 ふと、時折友人と話す事柄が頭に浮かぶ。

 人が住んでいるうちは雑草まみれでも家の体裁を保っていた場所が、無人になってしばらく経つと驚くほどの速さでみどりに飲み込まれ、ひどいと樹木が床や屋根を突き破って生えることもある。あれって不思議だね、とたまに語り合うのだった。

 人の生活の中で発される熱とか音とかが、周囲の植物の枝葉をある程度遠ざけているのか。あるいはもっと、別の要因なのか……。

 つまり何が気になるのかというと、建物自体がどう、というだけの話ではなく、そこにどんな人間が存在しているのかで、特に個人の家は大きく性質や様相や強度を変える事実。

 昨年の冬に足を運んだ旧アボイ邸は例外だが、私は基本的にもう誰も住まなくなってから公開されている邸宅を(とある理由から)好んで見学しているので、この明らかな雰囲気の違いには敏感になる。

 もう少し調べたいし、考えてみたい。

 

 今あの「お城」に住まわれているのが、20年前にもそこに住んでいた人たちやその家族なのか、あるいは全く関係のない別の人たちなのかどうかは、当然わからなかった。