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彷徨する自由帖

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自由学園明日館 - フランク・ロイド・ライト設計の見学可能な建築(1)|東京都・豊島区の重要文化財

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 JR池袋駅、山手線のホームから改札を出て大通りを渡ったら、少し入り組んだ細い道を進む。

 この先数百メートル……という親切な看板は出ているものの、本当にこんな住宅街の中に有名な学校が建っているものなんだろうかと訝りつつ、曲がり角が多いので対向の車や人間に気を付けて歩いた。

 1997年に国の重要文化財に指定された、自由学園の旧校舎、明日館(みょうにちかん)を探して。

 

公式サイト:

重要文化財 自由学園明日館

 

 

目次:

 

自由学園明日館

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 米国出身の建築家、フランク・ロイド・ライト(1867-1959)。

 時に近代建築の巨匠、とも呼ばれる彼がこの校舎の設計を手掛けたきっかけは、弟子である遠藤新が自由学園の創設者夫妻と繋いでいた縁だった。そもそもライトが当時来日していたのは、かの帝国ホテルの設計をするためだったのだ。

 

 大正期の自由教育運動を象徴するような、より新しく、生徒の自主性を重んじることをモットーとした学校。

 それを体現する自由学園を大正10年に設立したのが、羽仁もと子・吉一夫妻だった。ちなみにもと子氏は明治36年、出版社の「婦人之友社」を創立した人物でもある。彼らは知己であった遠藤新を通じて、ライトに自由学園校舎の設計を依頼した。

 教育理念への共感もあって、ライトはその忙しさにもかかわらず、自由学園の設計を担当することを快諾したそうだ。

 

 大正11(1922)年に中央棟と西教室棟が、そして大正14(1925)年に東教室棟が完成した。

 

  • 校舎

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 路地の角を曲がって校庭側から校舎を目にしたとき、私は驚いた。

 事前に想像していたよりもずっと素朴で、こぢんまりとしていて、例えるならこびとの家みたいだと思ったのだ。訪問前に見た吹き抜けのホールと窓の写真が印象的だったから、もう一回りくらい大きな建物なのだと予測していたから。

 落ち着いたクリーム色の外壁と青緑色の屋根が眼に優しく、安心を誘う佇まいで、ここでの生活はきっととても穏やかなものだろう、と考える。

 プロテスタントの理念に基づく教育を行っている学校ゆえか、あるいはあまり関係が無いものか、そこかしこにクロスを彷彿とさせるパターンが見られておもしろい。

 

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 直線を組み合わせて作り上げた、幾何学的な意匠の照明が校舎内を照らしている。

 なかには天井を少しくり抜くようにして四角く穴を開け、そこに電球を埋めているようなものも。

 ただ、こういった電灯類が仮に存在しなかったとしても、昼間の校舎内は常に一定の明るさによって満たされているはずだ。理由のひとつが、廊下や教室の壁に並ぶガラス窓。ほぼ柱ほどの幅しかない壁よりもむしろ、透明なガラスの面積の方が大きいのではないかと思えるくらいに沢山、窓がある。

 改めて振り返れば扉も似たような感じだった。自然光を大切に、いつでも校舎内が柔らかな光で照らされるように設計した、ライトの意図なのだろう。

 

 

 

 

ホール

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 明日館の校舎の魅力は、かなりの部分がこのホールに集まっている。窓の脇には聖書の「出エジプト記」に着想を得た壁画があった。

 上の項でも言及した大きな窓ガラスの枠は増築時にパターンが少し変わっているが、古いものも部分的に再利用されて、現在も面影を見ることができる。なお、ショップで販売されているブックマークの意匠はそのデザインを基にしているのだとか。

 大窓にはステンドグラスを用いるのではなく、通常のガラスに木の枠の線を組み合わせることで紋様とし、結果的に工費も抑えたそうだ。

 嵌め殺しではなく、開閉もできる。

 

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 それから何とも心惹かれる佇まいの、前を歩けば足を止めずにはいられない、魅力的な暖炉が背後にはある。

 建築家フランク・ロイド・ライトは、この「暖炉」というものに尋常ならざるこだわりを持って他の邸宅の設計も手掛けていた。火のある所にこそ人は集まり、団欒の場を共有するのだ、と言って。ゆえに自由学園にも合計で5つの暖炉が設けられている。

 用いられている石は、艶やかな木の床とはまったく質感の違うざらついた素材で、細かな穴がスポンジのように開いている。これは大谷石というものだ。栃木の大谷町で産出されるためにそう名付けられていて、耐火性にすぐれている。

 近くにある柱もこの石でできていた。

 

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 またホールで、知らないと目を向けるのをつい忘れてしまいそうになるのが、六角形を背もたれにあしらった小さな椅子たち。その形は横一文字の線で区切られ割れている。

 座面に張られた革の、赤と緑の組み合わせにもかなり揺さぶられた。もう魅入られそう。

 これらはライト本人か弟子の遠藤新、どちらかによるデザインだとみられていて、当時の帝国ホテルに置かれていたもの(ピーコック・チェア)とも共通点がある。学習にも、またお祈りにも適した椅子の大きさと形は置かれている空間に調和して、いっそ溶け込むようだった。パズルの1ピースにも似ている。

 直線で構成された建物には、直線を用いた家具を。

 曲線の空間には曲線のものを。

 これも暖炉への所感と並ぶ、ライトの基本的な考えであったのだという。

 

食堂

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 廊下に戻り、右手に視線をやるとスキップフロアが口を開けていた。

 一段階高くなったその空間は食堂で、さっきまでいたホールとはまた異なる様相と雰囲気を醸しながらも、地続きの心地良さを損なわずに接続している。

 他の場所と大きく異なるのは、浮かんだ球形の照明を支える木の部分に施された文様だろうか。トーテムポールを連想させる、少し怪しい魅力的な意匠が加えられているのだった。

 四角くオレンジ色のアクセントがあるテーブルや椅子は、もともと遠藤新によるデザインで、近年新しく大きなサイズのものが作られた。

 校舎を守る塀の、幾何学模様の部分にも同じ色が塗られているので、行き帰りに確かめてみるといいかもしれない。

 

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 食堂に上がる階段はもうひとつ上の階へと続いていて、そこには旧帝国ホテルのテラコッタなど解体時の素材が展示されているほか、ホールを高い視点から一望できるようになっている。

 そういえば、過去に明治村でも見た旧帝国ホテル玄関には光の籠柱とも呼ばれる柱があって、照明器具と石柱が組み合わさり内側から発光しているかのような様子だった。その細工とはまた異なるものの、このフロアの柱も、光が埋め込まれている風に作られている。

 

 しばらく静かに見学していると、不意にコーヒーと焼き菓子の香りが漂ってきた。喫茶付きの入場券を買うと実際にお茶ができる。

 食堂がこうして校舎の中心部分に据えられているのは、全校生徒が集まって温かい食事をとることを教育の基本とした、創立者である羽仁夫妻の意図だったのだそう。

 

 

 

 

記念室

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 現在、貸スペースの「Rm1921」としても利用されているのが、校舎の西に位置する記念室。その名のとおり、1921年4月に自由学園で最初の入学式が行われた、記念すべき場所になる。

 2021年に自由学園は開校100周年を迎えた。

 羽仁夫妻がライトに校舎の基本設計を依頼したのが1921年の1月末のこと。そして3月に着工し、4月15日の開校式までに完成していたのは、この部屋だけだった……というから驚きだ。

 壁は塗り途中で、屋根にも銅板すら葺かれていなかった。相当な急ぎの工事だったのだろう。第1期生は26名で、入学式に着る洋服の仕立てが間に合わなかった数人が、着物で写真に写っていた。

 

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 ホールにも設置されていた背が6角形の椅子は、こうして整然と並んでいるとより学校の家具にふさわしく思える。

 部屋全体としてはギリシア神殿のペディメントを連想させる黒板の上部、そこから斜めに折れた天井が教室を覆い、球形の照明が連なっていた。装飾がないため食堂にあるものとまた趣が違い、より単純ですっきりとした佇まい。宙にふわふわ浮いているみたいだ。

 ここもやはり南と北の壁、ほぼ全面が窓ガラスとなっていて、室内に居ながらにして朝夕の光の移り変わりを感じられる。

 

修復工事(1999~2001)

 自由学園の主な校舎が東久留米市に移転してからも、この明日館の建物は主に在校生や卒業生によって利用されてきた。

 木造でありながら関東大震災や戦災の影響は最小限に抑えられていたものの、老朽化の方を免れることはできず、1997年に重要文化財に指定された当時はかなり状態が悪くなっていたという。

 そこで1999年から2001年まで大規模な修復工事が行われた。壁画部分には実際の生徒も携わり、往時のような色彩が息を吹き返したほか、校舎全体には鉄骨による補強が施されたのだった。

 

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 その工事の大きな目的は建物の復原にとどまらず、これからも長く使える文化財として、明日館を生まれ変わらせること。

 現在では、動態保存されている近代建築の代表的な例となっており、今後も長く人々に親しまれ、残っていくであろう遺産のうちの一つ。

 

 ……ところで、明日館に対して私が抱いた第一印象は「こびとの家みたい」だった。

 そう思った理由の最たるものは建物の高さだ。調べると、このように上ではなく横に広く伸びる建築形式は、プレイリースタイル(草原様式)と呼ばれているらしい。ライトの故郷、米国ウィスコンシンの大草原に調和するようなその佇まいが珍しく、興味を誘ったのだった。

 個人的には、どこかアンドリュー・ワイエスの絵画も思い出す。風の似合う建物だ、と正門で息を吐く。

 

  • 講堂

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 こちらの方の建物が完成したのは昭和2年、設計は遠藤新によるものだった。

 生徒数の増加によって本校舎のホールが手狭になり、新しく建てられた講堂。内部を覗くには、記念室を見学した後にいちど外に出て、道路の向かいに渡る。その際、柵の一部に施されたオレンジのペイントを確かめたい。

 扉を開けてみると、確かに雰囲気や衣装の違いは感じるのだが、ライト本人が設計したと言われても普通に信じてしまえるくらいに校舎と並んだ時の違和感がない。

 まるで聖堂か礼拝堂のように厳かで、しかしながら威圧的ではなく、訪れた者の心を穏やかに慰撫するような、包み込んでくれる感じもある。

 

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 窓の外の緑が装置のひとつのように働いていてすばらしい。2階のベランダ部分に出てみると、明日館を地面よりも上の視点から眺められるのだった。

 明日館の方と同じく、こちらの講堂も老朽化が進んでいたため、2015年から2017年にかけて保存修理と耐震補強の工事が行われた。

 その際、興味深いものが見つかっている。

 

 

 

 

お手洗い

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 今までかなりの年数、閉ざされていた場所。秘密の部屋を覗いているみたいでどきどきする。

 木製タンク、便座、壁の変な位置に取り付けられたペーパーホルダーなど、レアな状態で残る昭和初期の水洗お手洗いがそこにある。現在の講堂にて、耐震補強工事の際に発見されたままの状態で展示されている。

 説明によれば、便器の製造元は東洋陶器株式会社(今のTOTO㈱)であるそうだ。あの、会社のアイコンとなる大鷲のロゴマークがあるのでそうとわかるのだと。

 

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 経年でくすみながらも、わずかな光沢を失わない壁のタイルに惹かれてしまう。

 これらを間近で観察できる講堂と、明日館の内部を見学する際には通常券のほか、前にも少し言及した喫茶付きの券があってそちらがとってもおすすめ。紅茶か珈琲に焼き菓子が付いて、食堂の照明器具や空間自体をゆっくり楽しめる。

 毎月第3金曜日には夜間見学プラスお酒という選択肢もあり、情勢や貸出状況により予定は変動するので、公式サイトを要確認。

 

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