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彷徨する自由帖

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令和3年1月に閉館し、5月に解体される「原美術館」の往時の姿|昭和初期の近代建築・洋風邸宅

 

 

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公式サイト:

原美術館(旧)

Hara Museum Web(現ARC)

 

 京急線の北品川駅から徒歩約10分。

 線路をわたり御殿山庭園の横を抜け、静かな通りを奥へ入ったところに、背丈は低いがかなり長い塀が見えてくる。その脇を根気強く辿っていくと、ようやく入り口の門が設けられた箇所に辿り着いた。

 周囲はいつもひっそりと静かだ。たとえ特別展が開催されて、多くの人々が訪れているときであっても。

 

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 茂る木立の葉に囲まれて、建物の白い壁に落ちた影はほんのりと蒼く、展望台のように屋根から突出している部分を見上げれば奥に空が広がっていた。窓から漏れる明かりが際立つ橙色なのも、計算されてのことだろうか。

 原美術館は、財団法人アルカンシェール美術財団の理事長・原俊夫氏によって設立され、昭和54(1979)年に開館した私立の美術館。

 そして、元となる建物は彼の祖父、原邦造の邸宅として昭和13(1938)年に竣工した洋館で、貴重な近代のモダニズム建築であった。設計を担当したのは、旧帝大建築学科出身の渡辺仁。

 

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 敷地内にあった桃色の電話も趣深く、どこか印象的だった。美術館を包む空気がそう思わせるのかもしれない。

 令和3(2021)年1月、原美術館は41年間の歴史に幕を下ろし、同年5月24日から解体工事が開始されると発表された。今のところ移築や保存に関する情報は流れていないが、本当にこのまま姿を消してしまうのだろうか?

 

 

 上のweb版美術手帖の記事に掲載されたインタビューも、こうして解体直前に読み返すと、1月の閉館直後とはまた違った感慨が湧く。

 現代美術館としても、また建築としても特筆すべき存在だったのだと実感して。

 

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 直線と曲線などの要素、窓の形や柱の配置、各所に用いられた素材を目で味わうのは楽しいものだ。衛星写真や見取り図で原美術館を上から眺めるとわかる、まるで中庭に寄り添うように弧を描いた形も洗練されていて美しい。

 また内部には奈良美智、宮島達男、そして森村泰昌らの作品が、古いお手洗いやお風呂場といった適切な場所に配置されることでその魅力を増していた。

 以前にも当ブログの記事で言及したこの建物、設計を担当した渡辺仁は他にも横浜のホテル ニューグランドや、銀座の旧服部時計店(現在の和光本店)を手掛けていて、日本の近代建築を語るうえでは欠かせない存在になる。

 彼は明治20(1887)年に生まれ、大正時代から昭和初期にかけて数々の作品を世に送り出しているが、現存しているものは決して多くない。原美術館もそのうちの貴重な例だった。

 

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 ちなみに、私が最後にここを訪れたのは、2019年に開催された「ソフィ カル ― 限局性激痛|原美術館コレクションより」を鑑賞するためだったと記憶している。これは以前、1999年~2000年に同じ場所で行われていた展覧会の再現。

 ソフィ・カルは、主に写真や文章を用いたコンセプチュアルな作品を手掛けているフランス人アーティストだ。

 人間の強い感情、個人的な想いを契機として制作された、あるいはそれらが主軸に据えられていると受け止められるものも多いが、表現の特性からか、一歩引いた場所から全体像を眺める視点を感じさせられる印象が常にある。

「限局性激痛」も、作者自身の痛みを伴う体験と、他者のつらい記憶が独特の形で交差する、興味深い展示だった。

 

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 そもそも原美術館閉館の主な要因となったのは、建物が竣工から約85年を経て、老朽化や耐震とバリアフリー化の問題に対応しきれなくなったことだ、と副館長の安田篤生氏から語られている。これは既存の邸宅を何らかの施設として活用する際の、普遍的かつ大きな課題なのだろう。

 特に多様な作品を搬入・展示する必要があり、しかも多くの人間が外から訪れるとなればなおさらだ。

 今後は群馬県渋川市、伊香保にある別館ハラ ミュージアム アークが原美術館の新たな活動拠点となる。

 

 

 この旧原邦造邸がどうにかして残される道はないのか……と多くの方々が思っているだろうし、私もそのうちのひとりだ。解体工事は24日から始まるという。あと、数日しかない。

 各所では、貴重な建築であり、思い出の詰まった美術館の喪失を惜しみ嘆く声がほうぼうから寄せられている。