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小金井公園内にある博物館「江戸東京たてもの園」は近代文化遺産の宝庫|東京都

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公式サイト:

江戸東京たてもの園

 

 約7ヘクタールの敷地を3つのエリアに分け、江戸時代から昭和中期までのさまざまな復元建造物を野外に展示している博物館、江戸東京たてもの園。

 墨田区の方にある江戸東京博物館の分館である。

 入場口とビジターセンターを兼ねた旧光華殿を抜けて東へ向かうと、上の写真、都電7500形に迎えられた。これは1962年に登場し2008年まで運転されていた比較的新しい車両の種類であり、空の青と対照的な黄色の塗装が鮮やかだ。実際にはもう動かないけれど、園内では建物を周遊する人々の心を乗せて、そっと各地点へ運んでくれるようにも思われる。

 この記事には訪問時に見学した建物のうち、いくつかを選んで写真を掲載する。

 

目次:

 

東ゾーン

  • 子宝湯

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 子宝湯は昭和4年に竣工し、同64年まで足立区で実際に営業していた銭湯。

 どっしりとした末広がりの瓦屋根に唐破風、そこへ彫刻も加わって威厳のある重厚な雰囲気が醸し出されているが、きちんと市民の洗い場としての親しみやすさも兼ね備えている。

 火灯し頃に建物の前の路地を通りかかって、のれんの間から光が漏れるのを見てみたい。きっと、当初はそんなつもりがなくても、いつの間にかしっかり入浴を済ませて家に帰ることになるだろうから。

 内部で特筆すべきなのは脱衣所の折上げ格天井で、ここはどこぞの御殿かと錯覚するような贅沢さがある。

 

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 人々の心身を癒すのが銭湯の役割ならば、健康を増進する殿堂だと言い換えてもあながち間違いではないと思うし、これこそ場の雰囲気に合致したつくりなのかもしれない。何にせよいつまでも眺めていられるような趣だ。

 訪問の際には、当時のレトロな広告の再現にも注目。

 

  • 武居三省堂(文具店)

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 正面に堂々と屋号の文字を掲げた商店は例外なく魅力的だが、それが文房具屋であれば遭遇する喜びもひとしお。この武居三省堂の創業自体は明治の初期で、建物は昭和2年の竣工だそうだ。

 出入り口上の欄間、白く滑らかに濁ったガラスと木枠にはときめかざるを得ない。

 褐色のタイルが貼られた外壁を目で辿りながら、2階、3階の窓を視界に収め、商売を行う空間と生活空間が断絶されているようで繋がっているのを実際に感じ、看板建築の味わい深さと魅力の一端に触れた。

 ところで、戸袋を前にすると両手でぽんぽんと叩きたくなるのはなぜなのだろう。

 

  • 万世橋交番

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 明治後期のものと推定されている、万世橋交番の駐在所はかわいらしい。警察のマークと赤いランプすらおしゃれな装飾に思えてくるから不思議。

 経年により土埃が付着したレンガはメレンゲのようだ。かつては光を受けて、より白く輝いていたのかもしれない。人々の行き交う橋のたもとで。

 横に郵便ポストが設置してあるのは偶然なのか意図的なものか、屋根の銅色と呼応して調和し、周囲にとても良い空気を漂わせている。上げ下げするタイプの窓に手をかけ、暑い日に風を入れる警官の姿を幻視した。

 内側に展示してある黒電話は、訪問客のいる昼間ではなくて暗い夜にひっそりとジリジリ鳴るのだろう。

 

  • 植村邸

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 下で紹介する荒物屋の丸二商店とあわせて、これこそ典型的な銅板葺きの看板建築、といった外観。

 昭和2年の竣工で、ぱっと見た感じだと何かのお店のようだがここでは特に商いをしておらず、単に生活の場として利用されていたらしい。上部にあしらわれている図形のレリーフは、秘密結社の紋章のみたいでちょっとわくわくするような。

 これほど視覚的に贅沢な建物を、一生に一度は自宅として使ってみたいものだ。

 2階部分の欄干はまるで宿屋。玄関上の廂にも特徴的なレリーフが施されており、家主の趣味が伺える。正面左手の窓のほか、後方部分の屋根や勝手口もおもしろいので色々な角度から楽しめた。

 おそらくは耐震をはじめとした安全管理の関係で2階や3階は見学不可なのだが、博物館のブログを参照すると写真で和風の内部を伺える。

 

  • 丸二商店(荒物屋)

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 引き続き看板建築の代名詞のような佇まいの丸二商店は、かつて神保町にて営まれていた荒物屋。竣工は昭和初期と考えられている。

 店舗部分だけでなく、後ろに細く伸びる長屋部分も再現されていた。

 銅板の葺き方は、細く尖った塔に挟まれたファサードの最上部が一文字葺きで、3つの窓を擁する2階の方が檜垣葺き、となっている。いずれも建物巡りをしていると結構な頻度で目にする意匠で、他にも亀甲や青海波、麻の葉など多様な柄がある。

 この建物は出入り口の引き戸の上にある欄間も良い。下の写真だとちょうど右上のあたりに写っている。

 

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 こんな風に正面の出入り口だけでなく側面にもぐるりと明かり取りが回っていて、連続する綺麗な図形のパターンを通して取り入れる日の光は、それ自体がれっきとした装飾の一部であるとも思える。外の天気や時間帯を通して変化するもの。

 高い壁に挟まれた小路の日陰には緑が満ちて、夏でも涼しそう。

 

 

 

西ゾーン

  • 常盤台写真場

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 近代的かつ凛とした直線と曲線で構成された外観は、どこか白金台の旧朝香宮邸(昭和8年竣工)を連想させられる。常盤台写真場の竣工も昭和12年と年代が近く、アール・デコにも繋がりそうな趣が端々にあり目に楽しい。

 この常盤台写真場はその名のとおり写真スタジオとして使われていた建物で、かつては板橋区の瀟洒な住宅街に建っていた。

 1階には応接室や子供部屋、浴室、また「老人室」と呼ばれている和室もある。

 撮影を行う2階の北側天井には大きな天窓が設置されている。北向きなのは、して変化の少ない自然光を取り入れるための工夫であり、明治村に移設展示されている高田小熊写真館と同様のものだと気がついた。

 たてもの園では所定の日にここでの撮影サービスを行っている(別料金)。

 

  • 三井八郎右衞門邸

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 玄関付近にいる2頭の青銅のシカが目を引く一軒。

 中に足を踏み入れてみて、庭に面した廊下の雰囲気に息を吐いた。季節ごとに移り変わる植物の彩りが話題になるだけあって、大きなガラスの引き戸越しに人々が立ち止まっているのにも頷ける。

 邸宅は全体的に和の感じで統一しながらもところどころ洋風の意匠が見られ、賓客を招くのに適していそうな重厚かつ落ち着く印象だ。

 昭和27年の竣工と比較的新しいが、客間と食堂に関しては明治の頃からあり、後に京都から東京へと移築されたのだという。蔵の方は明治7年当時の状態で復元されている。

 個人的に好きだったのは2階廊下、シャンデリアを有する折上げ格天井。

 

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  これ、部屋ではなくて廊下の天井なのだ。

 来客の想定される下の階の装飾だけではなく、主に家族の生活の場となる空間にも趣向を凝らしているのが素敵なところだと思った。建てた人の好みが反映されている。

 

  • 八王子千人同心組頭の家

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 八王子千人同心に関しては、以前八王子市郷土資料館を訪れた際にその存在とかつての役割を知った。徳川家の家臣であり、日光東照宮の警備のほか蝦夷地(北海道)の開拓にも携わるなど、幅広い任務についていたようだ。

 組頭の家は江戸時代のもので、囲炉裏やかまど、神棚など、大きな屋根の下にいろいろなものがゆったりと揃っている。

 また、玄関には床と土間の段差を埋めるための「式台」がついており、建物の格式が伺えた。

 

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 光沢を持つ艶やかな木の床が美しい。

 茅葺き屋根の葺き替えは定期的に行われているようで、その際には古くなってしまった部分を引き抜き、そこに新しい茅を入れる「差し茅」という方法が採用されているという。

 

  • 前川國男邸

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 庭の側から眺めると、左右対称に整った家の形と配置された窓の様子がよくわかる。中央、面積の大きい窓を二分するようにして縁側を貫く、一本の柱が絶妙な緊張感のもと立っていて目を瞠った。ガラスごしに差し込む光は柔らかい。

 これは戦時中の昭和17年に竣工した前川國男氏の自邸であり、長らく解体されたままになっていたが、1997年にこのたてもの園内に復元されたそうだ。

 現在は東京都の指定有形文化財として登録されている。

 

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 和洋折衷の趣だが、著名な近代建築などとは大きく異なるシンプルさが独特の魅力を醸し出している。

 内外を行ったり来たりして見学していると、吹き抜けの空間となっている居間が特にそう感じさせるのか、境目というものの存在が希薄ですべての部屋が繋がっているように思えた。寝室も独立してはおらずロフトのような場所(非公開エリア)にある。

 それから台所の壁には小窓のようなものが取り付けてあって、おそらくは食事などを机まで運べるようになっていた。どこにいても閉塞的な印象がなく、ゆったりとしている。

 

  • デ・ラランデ邸

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 明治43年、ドイツ人建築家ラランデがもともとあった洋館に改築を加えて、3階建てになった邸宅。歴代の所有者が変化しているため三島邸と呼ばれることもある。

 赤い魚の鱗を重ねたような上半分の外壁に、下部分の白い板張りが呼応して爽やかだ。江戸東京たてもの園のなかではもっとも後に設置された復元建造物であり、完成時には多くの人々が詰めかけた。

 現在は内部で小さな喫茶店「武蔵野茶房」も営まれている。

 玄関を入ると、真上の照明の根本を飾るレリーフが見つかった。他の各部屋は装飾が少なく、入り組んだ造りの部分はあるものの、基本的には整然としていて開放的だ。そこで写真のような細い階段に出くわすとどきどきする。うっかり迷いそうになってしまうから。

 

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 ラランデ邸に限らず、最上階など非公開のエリアは公式サイトの「360度パノラマビュー」を使うと見て回ることができる。

 

 

 

その他

  • 小路のホーロー看板など

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 たてもの園内は建築物以外にも細かな演出がなされていて、見どころが多かった。


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 上の本は江戸、明治、大正、昭和……各時代の建築の意匠に加え、「名前のわからないあれ」を解説してくれる図がたくさん載っています。

 色々なたてものが気になるけれどまだまだ分からないことばかり、という初心者に優しい一冊。