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彷徨する自由帖

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佳良な近代の洋風建築「旧山田家住宅」- 昭和初期竣工|成城みつ池緑地 世田谷区

 

 

 

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正面玄関

公式サイト:

旧山田家住宅 | 世田谷区ホームページ

 

 とても良質なのにあまり知られていない近代建築や近代の史跡に出会うと、嬉しい気持ちになると同時に、何か慨嘆(がいたん)にも似た念が心に湧き上がってくる。これらの存在が気付かれず、見過ごされるのはあまりにもったいない!  と。

 過去に訪れた場所だと厚木市古民家 岸邸八幡山の洋館、また松籟荘跡がその筆頭だった。

 そして、先日に足を運んだ旧山田家住宅も。

 小田急小田原線、成城学園前駅から徒歩10~15分の距離に、成城みつ池緑地という場所がある。その敷地内に区指定有形文化財の旧山田家住宅は建っていて、2017年から一般に公開されているようだった。

 知名度が低い理由が全くわからないくらい見どころがあり、なおかつ入場無料でアクセスしやすい立地にある、本当に素敵な建物。近代建築愛好者の方々にもそうでない方々にも訪問をおすすめできる。

 

目次:

 

旧山田家住宅 成城みつ池緑地

  • 玄関部分・概要

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 道路側に面する表の玄関ポーチを目にしたとき、私はカメラを持っていない方の手でぐっ……と拳を握りしめた。もうこの佇まいの時点で、旧山田邸は心の中の「佳良な邸宅フォルダ」に保存されたも同然だったから。

 味わい深く優美な曲線に、当時の流行を反映する柱のスクラッチタイル。館内配布の資料を読んでから眺めると、柱上部の細い部分と下部の太い部分とで、スクラッチのパターンが異なっているのがわかった。

 建設年代が同じ他の建物を見学する際にも細かな意匠をじっくり比べてみると面白いかもしれない。この間足を運んだ銀座の奥野ビルも、外壁や内装にふんだんにこれらが使われていた。あと横須賀にある逸見波止場衛門の下部とか。

 

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 訪問者を温かく歓迎する色彩のステンドグラスは、昭和12年の竣工当時から残っているものとされている。幾何学模様と花を思わせるシンプルな図案の組み合わせ。さらに足元に目を向けると良いタイルが並んでいて、下駄箱に靴を仕舞いながらも内心でひたすら感嘆の声を上げていた。

 この住宅は最初、実業家の楢崎定吉という人によって建てられた。

 彼はアメリカで事業を成功させたそうだが詳細は伝わっておらず、帰国後にこうして世田谷の地に居を構え、近隣の成城学園に子供を通わせていたことのみをパネル展示で把握することに。

 ゲンジボタルも生息しているほど水が綺麗で清涼な緑地、人がのびのびと育つにはかなり適した環境だったに違いない。

 

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 建物全体に米国生活の影響が確認でき、その様式は当時現地で流行していたスパニッシュ・スタイル。造りとしては寄棟造りになっている。おいしそうなクリーム色の外壁は、ざらついた質感を演出するリシン仕上げ。

 玄関側から左手のデッキ側に回ると、わずかだが屋根の端が見える場所に出られる。家を覆っているのは明治初期に製造された褐色のフランス瓦(フランス人技師の名にちなんでジェラール瓦とも呼ばれる)だった。銅板葺きの部分もある。

 外観は洋館然としているが、内部には和室もあり、確かに洋館というより洋風建築と呼ぶのにふさわしい一件となっている。

 

 そんな邸宅は、楢崎氏が手放したのちに画家の山田盛隆氏(「耕雨」の雅号を持つ)の所有となった。現在、ここが旧山田邸と称されている由縁である。

 水回りの工事や、往時の様子を再現・公開するための改修工事は行われているものの、ほとんど建てられた当時のままの佇まいが残されている。

 

 

 

  • 1階部分

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 入ってすぐの場所、食堂に繋がる扉の前に1台のラジエーターがあった。邸宅の地下室(一般公開はされていないエリア)からお湯や蒸気を管に通し、こうして家全体に行き渡らせることで空間を温める、セントラルヒーティングの設備だ。イギリスに住んでいた頃を思い出した。

 側面にあるTのマークは、昭和9年ごろにラジエーターを製造していた「日本放熱器製作所」のものだとされている。当時は邸内の各部屋に装備されていたが、いまでは取り外されている数の方が多い。

 そこから後ろを向いて、右手にある客間に入ってみた。

 旧山田邸は部屋ごとに床の寄せ木細工のパターンが異なっていて、確認されているのは全部で4種類ある。この客間は居間のものと同じらしい。また、壁の方に行儀よく並ぶ窓は分銅を吊り下げた紐と滑車を利用した「上げ下げ窓」で、近代の洋風建築らしさが反映されている。

 

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 2階部分へ向かう階段(ふたつあるうち、来客用の方)の上げ下げ窓には、水辺の前景に樹をあしらった端正なステンドグラスがはめ込まれており、この上に待ち受けているものの素晴らしさを予感させられた。

 事実、旧山田邸の持つ固有の良さはその2階にこそ詰まっていると言っても過言ではない……と、個人的に思う。かつて客間に招かれたゲストの多くもそう感じたのではないだろうか。

 理由もないのに足音と息を殺して階段をのぼる瞬間が、近代建築見学中のかなり好きな時間でもある。

 

 

 

  • 2階部分

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 階段の一番上に足をかけたとき、開け放たれた扉のあたりで、確かに何かが光ったのを目が捉えた。金具、だろうか?  木材の光沢?  近付いてみるとそのどちらでもなく、窓からの陽光を弄んでいたのは透明なドアノブだったのだ。邸内にはそれらが幾つも残っていた。

 お話に出てくる家にありそうな意匠を前にして、しばらく黙って立ちすくむ。これはどうも心の琴線に触れてしまったと直感した。

 透明なドアノブの握り玉はクリスタル。創建当初からそのままあるもので、旧山田邸内で使われている金具類は、ほとんどこのドアノブを製造したのと同じ店の製品なのだという。なんとも美しい。

 また、くすんだ青に深い青や花柄と、部屋それぞれに毛色の全く異なる壁紙の色も自分の目を楽しませたが、それには戦後、この物件が米国の進駐軍(GHQ)に接収されていた時期が影響していたのだった。

 

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 後から塗られた壁に塗り残しの空白があるのは、かつてはそこにラジエーターが設置してあったから。彼らはどんな意図があってこの色や柄を選んだのだろう、単純な好みか、あるいは別に理由があったのか。

 ちなみに他にも進駐軍の滞在中に新たに設置されたものとして、洗面所のシャワーヘッドがある。

 当ブログで何度も言及しているように、私は近代建築の水回りが大好きだ。

 旧山田邸、2階の洗面所は現在立ち入りができないようになっているが、衝立の手前から首を伸ばして内部を覗くことはできる。単純に白やグレーと形容できない微妙な色合いのタイルが魅力的で、その天井には、優しい丸みを帯びた照明があった。これは竣工当時から使われている古く貴重なもの。

 

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 風呂場の扉には蒸気で塗装がはげたような痕跡があって、何ともいえず落ち着く。こういう部分を見られるのが近代邸宅巡りの醍醐味だ。遠いようで近い時代にここで生き、暮らしていた人たちの軌跡。

 洋風建築でありながら、書院造の和室が設けられているのも大変よい。雪見障子がごく細い廊下の内側にあるのは、それによって外壁と和室の間に空間を作り、外から見ると上げ下げ窓のついた洋館風に外観を統一することができるからだった。

 その背後から柔らかく光を放って見える、透かしの木の細工は繊細で、1階にあるステンドグラスとはまた違う方向性の優雅さを空間に添え、畳の間でくつろぐ家族や訪問者の気分を落ち着かせる。

 違い棚には何を飾ろうか。掛け軸の前には、何を置こうか。

 

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 アメリカの住宅に倣った上のような横並びのスイッチは、愛知で文化のみち二葉館(旧川上貞奴邸)で出会ったものを彷彿とさせた。素材は真鍮のプレート。邸内には電気のスイッチ以外にも、使用人を呼ぶためのベルがあるので探してみよう。

 最後、下の階に戻る前に必ずチェックしておきたい箇所がもう一つある。

 それが「ランドリーシューター」で、名前から想像できる通り、洗濯物を入れるとダクトからそのまま階下の回収地点に落とせる仕組みだ。わざわざ運んでいく必要がなく、かなり便利な代物。

 館内配布の資料によれば、山田盛隆氏がこの家に移り住んでからは本来の用途で使われることはなく、代わりに子供が台所にいる母親へシューターの穴を通して話しかけていたというから面白い。

 

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 この小さなドアから「コララインとボタンの魔女」を連想するのは私だけだろうか。あれも、じわじわ怖いけれど大好きなお話だ。

 

  • 再利用された照明

 現在の旧山田邸内には、もう取り壊されてしまった昭和初期の住宅の照明器具を再利用している箇所がある。いずれも同じ世田谷区内にかつて建っていた家のもので、該当するのは1階客間、1階食堂、1階居間、そして玄関ポーチ。

 特に金属部分の意匠が細かく、電気の光は切り取り方を変えるだけでこんなにも表情が千差万別になるのかと感心するばかり。

 所詮はただのお飾りと侮ることなかれ、それらを取り除いてしまえばあまりに無味乾燥なただの明るさが広がるだけで、きっと部屋全体の雰囲気もつまらないものになってしまうはず。

 

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 決して広大とは言えない敷地内に一時間以上滞在し、大満足。建物には非常に親切なスタッフさんが常駐されていて、快適に見学を楽しむことができた。