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彷徨する自由帖

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台東区池之端「岩田邸」の洋館特別公開 - 改修工事前の様子と例の透明なドアノブ|大正期の文化住宅・東京都

 

 

 

 

 大正期に建造された洋館付きの日本家屋は、時に文化住宅と呼ばれる。近代の文明開化期において、「文化」という言葉が最新だとか、あるいは先進的だとかいう意味も兼ねて使われていた頃の影響で。

 東京は台東区上野、池之端の三段坂に面する岩田邸は、和館部分が明治末、洋館部分は大正9年の竣工と推定される個人宅。

 曲がり角に面した下見板張りの白い洋館外壁がまず目を引き、そこから1歩下がった灌木の奥に和館の方の玄関がある。正面から眺めてみると、それぞれ独立した建物のようにも見えるから興味深かった。

 また後述するが、内部を歩くとふたつの棟は驚くほど自然に繋がっている。風の通り道を作るように……複雑だけれど、必ずどこかがどこかに接続している空間。

 

 

 今回の特別公開は、この岩田邸が改修工事を控えていることを理由に行われたもの。3月下旬にもパネル展示が開催されてはいたものの、洋館部分の見学ができるのは今回のみであり、貴重な機会だった。

 弁護士事務所、のちに富山から上京してきた学生や、学者の住まいとして使われてきた個人邸。

 改修工事後は洋館が持ち主ご家族の主な住まいとなり、和館の方をイベント等で活用していくとのこと。同じ状態の建物は以後もう見ることができないと考えて、執拗に全体も細部も眺めた。

 はじめに洋館の2階へ上がったとき、視界に飛び込んできたものに心を囚われて、呼吸が止まったし叫びそうになった。当ブログでも旧近江八幡郵便局旧前田侯爵邸の記事で言及している、透明なドアノブがあったから。

 

 

 離れてみても良いし近付いてみてもいい。本当、まるで夢の中の家の扉に装着されているものみたいで。何でも好きなものをその結晶の中に閉じ込めたい。大正~昭和初期に竣工した建築物を訪問すると、たびたびこれに出会えることを実感し、これからも探し続けたくなる。

 簡素ながらもきちんとした格天井を誂えたこの部屋は、応接室だった。だから他のところにはない綺麗なドアノブで華やかさを演出しているのかもしれない。応接室内は4面の壁のうち2面に横幅の広い出窓が設けられ、明るい。

 特筆すべきなのは部屋の形である。鳥瞰図面を見ると、扉を開けてすぐの部分がへこんだようになっていて、隣室の押し入れ部分が張り出しているのだった。この内部の天井を確認すると同じ格天井で、応接間のものと地続きになっていることから、後から作られた空間なのだと推測できるそう。

 背の低い、落ち着きそうなベッドの置かれた隣の寝室の窓も、もとは出窓ではなかったらしい。竣工当初のままではなく、生活様式や用途に応じて変化してきた邸宅は、だから柔軟で居心地のよい感じがするのだろうか。

 

 

 

 

 洋館2階の廊下を先へ進むと倉庫がある。扉のガラスの色が深い青緑色で、蠱惑的だった。深い谷底を流れる河みたいな色。

 ここに置かれている火鉢や椅子などの家具は「お道具転生バザー」の商品として値札が付けられており、見学していて気になったものがあれば購入できる仕組み。どれも手ごろな値段で販売されていて魅力的だった。これまで大切に使われ、再び誰かの元に渡っていく品物には、蓄積された時間が宿っている。

 倉庫のさらに先はベランダ。外に向かって開いている空間だから、これ以上は進めないのに、不思議と行き止まりという感じはしない。家の全体を見るとそれなりに入り組んでいるのに閉ざされていない、流れの淀まないつくりが素敵だった。

 下見板張りの白いペンキを眺めてから、柵の下に目をやる。和館の屋根と庭がある。和室の一角で遊んでいる子供の声が、引き戸越しに響いていて微かに聞こえた。

 

 

 階段を下る。洋館1階部分の白眉は、Zの文字を反転させたような形の北廊下だと思う。斜めになった扉は脱衣所のものであり、開けると浴室に通じている。玄関やお手洗いの配置も好きだ。どうやらこの辺りは、1階寝室よりも後に増築されたのか反対なのか、未だ判断の分かれる部分らしい。

 初夏の晴れた日、建物内は本当に涼しかった。日陰になったスペースも、薄暗い、というよりは、反対に薄明るいと表現したくなる。販売されている古い棚がとても素敵。心がおばあちゃんになる。

 そして、近代建築の水回り大好き人間としてお手洗いを覗いたら、紐を引くタイプの木製タンクに出会えてこれまた嬉しかった。大声で叫ぶところだった。自由学園明日館の講堂で保存されたものを見て以来だから、かなり久しぶり。

 現役のものもまだ多く存在しているとは思うけれど、特に都市部だと、相当少なくなっているはず。壁の上部に固定され、奇妙な生き物の脊椎みたいに伸びる管を目でなぞるとゾクゾクした。何かの培養器を思わせて。

 

 

 

 

 北廊下と台所の間にある食堂は、かつての女中部屋だったそう。昔は畳が敷かれていた。現在は黄色とオレンジのパターンがあしらわれた塩化ビニールで覆われ、どこか昭和を感じさせる。

 そこから南廊下を通って曲がらず、大きな畳の間に出れば寝室だった。洋館の1階部分ではあるが和風のつくりで、見学時はバザーの家具が置かれていたため、応接間のような雰囲気に変わっている。燭台みたいな照明も販売されていたので気になった。自宅が広かったら確実にこれは買っている。

 縁の向こうには主庭。いわゆる豪奢な洋館ではなく、上京してきた研究者や学生たちが下宿し、後に個人邸となった、素朴で過ごしやすい家の香りが臓腑に染みわたってきた。

 次の間、上の間を抜けて寄付から廊下に向かうと茶室(旧図書室)があるのだが、そこで私は思わず足を止めた。前庭に面した窓、その格子の隙間から光と緑が漏れ出ている。左右に開け放たれた障子のガラス、透明な部分と半透明の部分……。

 

 

 実際に見学して感じる事柄以外にも、旧岩田邸の変遷についてはまだ検証されていない箇所や、持ち主だった方々の証言でその存在が明らかになった箇所などが少なからずある。

 石炭でお風呂を沸かしていた時代の様子もそのうちのひとつで、現在は脱衣所と浴室を隔てる部分に壁があるのだが、以前はそれが存在せず、お手洗いの側にあった焚口で湯を用意していたようだった。

 これから改装が行われ、時代の変遷で著しく不便になった部分は新しい設備に置き換えられていくのだろうが、邸宅を愛しながらそこに住み続ける人たちがいる限り「家」の本質は変わらないのだと思わされる。改めて、工事が入る前の貴重な洋館公開、たまたま告知を見かけて足を運んだのは正解だったと頷いた。

 そのまま引き続き活用される予定の和館へも、また来られるのを楽しみにしている。