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彷徨する自由帖

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アンナ・カヴァン《氷》極寒の世界の裏側でインドリ達が奏でる無垢な歌|ほぼ500文字の感想

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 徹頭徹尾、作中の「私」にとって大切な何かが切実さを滲ませる筆致で綴られており、読者の私は主人公とそれを共有できないので、目まぐるしく移り変わる情景に置き去りにされたままページをめくる。

 そう、ずっと置き去り。

 何かがその人物にとって大切なことだけは伝わるが、どんな風に大切で、また、いかにしてそうなったのかは語られず、示唆もされない。

 

 アンナ・カヴァンの《氷》(山田和子訳)を読んでいた。

 

 白い魔にほぼ閉ざされた世界の物語といえば、カヴァンと同じ英国出身の作家・セローの「極北」が私には身近だけれど、趣は全然違う。

 いや、そもそも……と《氷》の内容を回想した。

 原題も"Ice"なので言葉から受ける印象は邦訳でも変わらず、それなのに読後の胸に残ったものといえば、雪原や氷山ではなく「赤道地帯のジャングルとインドリ」なのだから面白い。

 

「私」はジャングルで「より高き叡智、究極の真理、永遠」への扉を開きたいと望むが、結局は地上に留まる。氷と死の、超絶的な世界を選ぶ。

 ここでも読者は「分かる気がする」と「一体なぜなのか」の狭間に取り残される。

 

 生前、ヘロインを常用していた著者。

 彼女自身を最後まで地上に繋ぎとめていたものは、何だっただろうか。

 

 

  ◇   ◇   ◇

 

 約500文字

 以下のマストドン(Masodon)に掲載した文章です。