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彷徨する自由帖

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「誰かにとっての現実」を前にして、真実の存在は霞にも等しい:シャーリイ・ジャクスン《The Haunting of Hill House (丘の屋敷)》

 

 

 

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書籍:

The Haunting of Hill House (English Edition)(Shirley Jackson / Kindle版)

丘の屋敷(著:シャーリイ ジャクスン / 訳:渡辺 庸子 / 創元推理文庫)

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 この前、かのスティーヴン・キングにも大きな影響を与えた小説、「ザ・ホーンティング・オブ・ヒルハウス (The Haunting of Hill House)」を原文で読んだ。1959年に米国で出版されたもので、ゴシック・ホラーやサイコ・ホラーの枠に分類されることが多い。

 著者はサンフランシスコ生まれの女性、シャーリイ・ジャクスン。

 日本語版だと「山荘綺談」や「たたり」、また「丘の屋敷」のタイトルでひろく知られている。

 

 個人的に、シャーリイ・ジャクスンの著作に触れるのはこれが三作目。以前に読んだふたつの物語の感想は以下のブログ記事に綴った。

 いずれも面白かったし、自分の嗜好にとても合致していて、お気に入りの小説になった:

 

 

 今回も原文の方に触れての感想になるが、人名以外の一部の名詞の表記に関しては、創元推理文庫から発刊されている渡辺庸子・訳の「丘の屋敷」に準じることにした。

 読解や解釈に迷った際にはよく参照し、助けられた。やはり並べて比較することで理解の幅が大きく広がる。

 

 

 本編の話を始めよう。

 私は「丘の屋敷」のページを開いてまず冒頭の二文に引き込まれ、また、読み終わった後にその内容を痛いほど噛み締めた。この本を手に取ってほんとうに良かったと思えた。

 

 No live organism can continue for long to exist sanely under conditions of absolute reality; even larks and katydids are supposed, by some, to dream.

Hill House, not sane, stood by itself against its hills, holding darkness within; it had stood so for eighty years and might stand for eighty more.

 

(Jackson, Shirley. The Haunting of Hill House. Kindle版)

 

「どんな生物であっても、絶対的な現実のもとでは長く正気を保ち続けていられない。人間以外の、例えばヒバリやキリギリスでさえ、夢を見ると示唆されることがあるくらいなのだから。

 この『丘の屋敷』もまた正気ではなく、己の内側に闇を抱いて、幾つも重なるようにしてそびえる丘の上に建っていた——80年の間。そしてまた、これから先の80年も変わらずに存在し続けるのだろう。」

 

 ……魅力的な導入であるだけでなく、この部分が物語の主軸を簡潔に説明しきっているといっても過言ではない。

「丘の屋敷」は上の引用の後に続く一文も含めて、最後のページでも全く同じ事柄が繰り返され、すべての幕が閉じるのだ。

 

 事の発端は、哲学博士の肩書きを持つ(だが実際の関心の所在からして「心霊学者」と言っていい)モンタギュー博士が計画した、幽霊屋敷——すなわち丘の屋敷の調査。彼は超常現象を科学的に研究する手掛かりを求め、最適な場所を探していた。

 それが、呪われているとまことしやかに噂される「丘の屋敷」だったというわけ。

 これに伴って博士のほか、3名の人間が助手として館に招かれ、その謎と闇多き場所でしばらくの時間を共に過ごすことになる。

 

 うちの1人は屋敷の所有者であるサンダースン夫人の要望で、一族の縁者から選ばれた若者・ルーク。夫人の甥だ。名目上、滞在者を迎えるホストの役割を果たしている。

 もう1人は、幼少期に「家の天井から大量の石が降ってくる」ポルターガイスト現象を経験しており、故にモンタギュー博士の探し当てた記録に残っていた女性・エレナ(和訳では「エレーナ―」「エレノア」とされることが多いが、今記事では実際の発音に近い方で表記する)。

 長年にわたる母親の介護を終え、生活に疲れ切り、心の底で何か新しい物との出会いを求めている控えめな人物。

 最後は「裏返したカードの図柄を高い確率で当てられる」ことで、透視能力を持つと推測され、これも某研究所の記録に残っていたセオドラ。自由に生きている明るい女性で、普段は内装を好きなように変えたアパートメントにて、ルームメイトと一緒に暮らしている。

 

"...Hill House, whatever the cause, has been unfit for human habitation for upwards of twenty years.

What it was like before then, whether its personality was molded by the people who lived here, or the things they did, or whether it was evil from its start are all questions I cannot answer. ..."

 

(Jackson, Shirley. The Haunting of Hill House. Kindle版) 

 

 

 

 彼らが丘の屋敷で経験する奇怪な現象には明確な名前が与えられないし、いわゆる幽霊的な何かの怨念によるものなのか、もっと別のものなのか、調査をした結果に根本原因を特定することもできない。

 本文ではただ(客観的にそれが本当に起こっていたことなのか、錯覚なのかは明言されず)誰が何を見て、何を経験したのかが淡々と丁寧に描写されていて、この上なく恐ろしい。

 単純な安い演出ではとても表現できない恐怖がそこにある。

 

 壁や床の微妙な傾き、歪み、平衡感覚や判断力を少しずつ鈍らせるつくり。

 全体的な構造や意匠からして「邪悪な性質」と表現される丘の屋敷は、明らかに滞在者の精神に悪影響を及ぼしているし、固定せず開け放しておいた扉が勝手に閉まるのも一応その奇妙な傾きのせいだと示唆されてはいる。だから、すべては錯覚なのかもしれない。

 だが……。

 

"We were chasing a dog," Luke said.

"At least, some animal like a dog." He stopped, and then went on reluctantly. "We followed it outside."

Theodora stared, and Eleanor said, "You mean it was inside?"

 

(Jackson, Shirley. The Haunting of Hill House. Kindle版) 

 

 博士とルークが追いかけていた黒い犬のような謎の影。

 そして、エレナとセオドラが聞いた扉を叩く音、笑い声。

 誰か一人だけが遭遇した現象なら気のせいだと笑い飛ばすことも可能だが、複数の人間が同時に体験しているものを、単なる錯覚だと判断するのは難しい。

 あるときは血のような液体で文字の書き散らされた部屋を4人全員が目の当たりにしたが、しばらくして合流したモンタギュー夫人達と共にそこの鍵を開けると、中は特に変哲のない綺麗な状態の部屋だったのだ。何が、彼らにその光景を見せていたのか。

 

 実際に誰かの眼前に広がっているものは、どんなに突拍子のないものであっても、観察している当事者にとっては「現実」に他ならない。機材では観測できない、再現したり証明したりもできない。また、部外者にはいかなる異常も認められない……。

 客観的な真実が一体なんであれ、ある人間が知覚したものが、その人間にとっては紛れもない真実となる。

 

 そうして4人の現実は徐々に侵食されていき、邪悪なものからの決定的な介入を受けたように見えるのはエレナだった。

 これは特に本編を実際に読んで確かめてほしい部分。 

 一行が図書館を探索していたとき「ここには入れない」とエレナに口走らせたものは、あるいは屋敷中を駆け回って最後には塔に登ろうとした彼女を掻き立てたものは、果たして丘の屋敷に掬う邪悪な魂なのか。

 それとも、母を死なせたのは自分かもしれないという負い目があるだけでなく、不安と空想に満ちたエレナの心と精神状態に、決定的な破壊を加えたのが屋敷の構造や雰囲気だったのか。 

 

... "I am really doing it, I am doing this all by myself, now, at last;

this is me, I am really really really doing it by myself."

 

(Jackson, Shirley. The Haunting of Hill House. Kindle版) 

 

 どちらにせよ、物語の終幕に伴って彼女の旅も終わった。

 しかし、それが作中で何度も言及されているような、「愛するものとの出逢いで終わる旅」であったのかどうかは、誰にも知る由がない。

 

 

参考・引用元書籍:

 

 

 

 

今週のお題「読書の秋」