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彷徨する自由帖

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小雨ふる新吉原遊郭跡 - 樋口一葉の《たけくらべ》を片手に歩く、静かな昼の旧花街

 

 大切な誰かへ思いを伝える手段はいろいろある。直接声に言葉をのせたり、手紙をしたためたり、あるいはそっと触れたりなど。

 去る2月14日のバレンタインデーには、日本でも多くの人がイベントの賑やかな空気にあやかり、洋菓子を意中の相手に贈る光景がそこかしこで見られた……らしい(私はその日、仕事をしていただけなのでよく知らない)。

 昔も今も変わらない、人が誰かを恋い慕う心。だがその向かう先、行きつく場所はそれぞれに違う。私が折に触れて読み返す、樋口一葉著の短編《たけくらべ》には、決して声高に叫ばれることのない感情のやりとりと結ばれ方がとても丁寧に描かれていた。

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池の鯉

 時代は明治新吉原遊郭という特殊な世界から、通りをほんの数本隔てた場所で育ち暮らす子供たち。幼いながら、ふとした瞬間に大人顔負けの振る舞いや機転を見せる彼らが、日々起こる様々な出来事を通して喜怒哀楽を経験し成長していく過程が愛おしい。

 現在はほとんど廃れているものの、未だ残る吉原の面影と過去の隆盛を偲びに、先日は散歩へ出かけた。天気予報が外れて容赦なく氷雨に打たれ、とても寒かった。

参考サイト・書籍:

青空文庫(電子図書館)

一葉の「たけくらべ」(ビギナーズ・クラシックス 近代文学編 角川ソフィア文庫)

 物語の情景を織り交ぜて、散策の感想を記載してみる。

新吉原遊郭 周辺散歩と《たけくらべ》の情景

 三ノ輪で地下鉄を降りて、吉原へと続く土手通りをしばらく歩く。これは駅から真っ直ぐに伸びる大きな道だ。昔はその名の通りに土手(日本堤)があったのが由来。

 すると、左手に趣のある古そうな建物が見えてきた。ずいぶん魅力的な佇まいだと思えば「登録有形文化財」の表記もあるではないか。どうやら二軒の店が隣り合っているようで、一方は《土手の伊勢屋》、もう一方は《桜なべ 中江》と書いてあった。調べると、いずれも創業から百年以上存続している老舗の食事処とのこと。外観をなめるように堪能しつつ写真を撮ってしまう。

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桜なべ 中江さん前

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土手の伊勢屋さん前

 公式サイトによれば《土手の伊勢屋》さんの創業は明治22年。《たけくらべ》を著した樋口一葉が吉原近く、竜泉へ引っ越してきたのが明治26年だから、その頃には既に営業を開始していたことになる。関東大震災の影響で大正12年に建物が全壊し、昭和2年に建て直しが行われているものの、店自体は途絶えていない事実がとても感慨深い。

 吉原の向かいという土地柄、当時は一般客に加えて遊郭の利用者従業員、出前の注文などで賑わい、昼夜を問わず回転していたようす。白黒写真をじっと眺めて意識を飛ばせば、道を風のように行き交う沢山の人力車が見える気がする。

参考:HISTORY | 土手の伊勢屋(どてのいせや) | 三ノ輪で128年続く老舗天麩羅屋

 現在は店の前の土手通りを渡るとガソリンスタンドがあり、そこで一本のが雨に濡れながら葉を揺らしていた。細さのせいか、頼りなくさみしげな風貌だ。

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六代目 見返り柳

廻れば大門の見返り柳いと長けれど、お歯ぐろ溝に燈火うつる三階の騒ぎも手に取る如く、明けくれなしの車の行来にはかり知られぬ全盛をうらなひて、大音寺前と名は仏くさけれど、さりとは陽気の町と住みたる人の申き……

 これは、曲線を描いて人の視線を攪乱させる吉原の玄関――衣紋坂(えもんざか)の入り口に昔から立っている、見返り柳。《たけくらべ》の冒頭でも言及されているが、植えられた当時から何度も消失し代替わりしていて、2020年現在で六代目にあたる。朝、遊女に見送られながら廓(くるわ)を去る客が、名残り惜しんで何度も道を振り返る仕草から名付けられた。

 そして上の引用に登場するもう一つの存在、吉原をぐるりと囲んだ お歯ぐろどぶ という堀は、埋め立てられてしまっているのでもう無い。残っているのはわずかな石垣の遺構のみ。事前に調べていたからそれと分かったが、知らなければ素通りしてしまうだろう。どこからどう見てもマンションの花壇でしかない。

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お歯黒溝の生垣

茶屋が桟橋とんと沙汰して、廻り遠や此処からあげまする、誂へ物の仕事やさんとこのあたりには言ふぞかし……

 ここでは回り道をすると遠いから……と、仕立て屋さんが荷物を持ってお歯黒どぶの跳ね橋を踏み、向こう岸へ合図をしている。

 下水として機能し、かなり広い幅を持っていたことから、遊女の脱走(足抜け)を防ぐ役割も果たした溝。仕事で出入りする人間が利用する跳ね橋を除いては、廓への出入り口は大門ひとつに限られていた。それもあってか、関東大震災時の火災では500人近くの遊女が避難しそこね、廓の端にあった弁天池に飛び込んで亡くなった悲惨な歴史がある。

 火事と喧嘩は江戸の華、と言われたほど火による被害が多かった東京、この吉原も数えきれないほどの焼失を繰り返しては再建されてきた。

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吉原神社前

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吉原弁財天

 弁天池の跡地に建てられたのが慰霊・供養塔(吉原弁財天)だ。昭和10年の頃、吉原弁財天吉原神社と合併した。弁財天の御朱印も神社の方でもらえる。いずれも寒空の下で敷地に一人立っていると、しんみりとした気持ちが強くなった。周囲は静かで人通りも少ない。

 花街は栄え、時に文化的な流行の発信地ともなりえた煌びやかな世界だが、そもそもが借金のカタに身売りした女性たちの集う場所。上位の遊女としてのしあがり、破格の待遇を受けられた者はごく僅かだ。廓内で客が見た一夜の夢よりも儚く、知られずに消えていった人間の数はいかほどだろうか。

 かつて「生まれては苦界、死しては浄閑寺(著名な投げ込み寺)」という句が詠まれたことに、ただ納得と悲しみの念を抱くばかり。

 ちなみに、遊女たちが性病などの検査をするために赴いた吉原病院は後に東京都立台東病院、東京都台東区立台東病院と名前を変え、今も当時と同じ場所に佇んでいる。

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かつて遊女達も座った椅子、一葉記念館にて

 

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吉原大門(明治10年代)

 一葉記念館にあった写真の吉原大門明治10年代のもので、二本の柱の上に載ったお化けのように大きなガス灯が目を引く。文明開化から間もない頃、ハイカラなガス灯の燈火は洒脱さと高級感の象徴であったことが伺える(ブログ内関連記事:光源としての瓦斯(ガス)と明治~大正時代の日本|GAS MUSEUM がす資料館にて)。

 とはいえ、これも見返り柳と同じく何度も代替わりしており、素材も外観も変化している。明治初期は黒塗りの木で、やがて上の写真のようになり、さらに後には鉄製のアーチが設けられた。震災で倒壊してから門は作られておらず、今に至るという。

 他に明治期の吉原で見られたハイカラな設備として、大店(おおだな)・角海老楼の時計塔が挙げられる。《たけくらべ》では八月下旬に千束神社の祭りを終えて、の静かで物悲しい雰囲気に包まれた近隣の様子が描かれる部分に登場した。

赤蜻蛉(あかとんぼ)田圃に乱るれば横堀に鶉なく頃も近づきぬ、(中略)角海老が時計の響きもそぞろ哀れの音を伝へるやうに成れば……

 輸入品の機械を用いて、三角の屋根を戴いた時計塔はやがて東京の名所と呼ばれるまでに至り、優美な印象を大通りに添えていたのだろう。ちなみに、以下の写真は新吉原遊郭だった場所に現在建っているソープランド《角海老》だが、明治期の大店の方とは全く関係がなく、名前だけを拝借している施設になる。昔の地図を確認してみても位置が異なっていた。

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ソープランド

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Yoshiwara, Tokyo. © The New York Public Library

 この古写真ニューヨーク・パブリック・ライブラリー所蔵 パブリックドメイン)にも、角海老ではないがその付近にあった洋風の楼閣が映っている。明治後期の新吉原を想像するための素晴らしい資料だ。

 さて、ここからは実際に町を歩きながら、《たけくらべ》の根幹をなす登場人物のうちのひとり――人気の遊女を姉に持つ少女・美登利(みどり)のことを考えてみよう。

色白に鼻筋とほりて、口もとは小さからねど締りたれば醜くからず、一つ一つに取たてては美人の鑑に遠けれど、物いふ声の細く清しき、人を見る目の愛敬あふれて、身のこなしの活々したるは快き物なり、(中略)朝湯の帰りに首筋白々と手拭さげたる立姿を、今三年の後に見たしと廓がへりの若者は申き……

 美登利の一家は、あるとき身売りした彼女の姉に付いて、紀州(和歌山県)から東京・吉原に移り住んだ。

 そのうち妹にも客を取らせようという楼主の魂胆か、遊女屋のひとつ《大黒屋》の別荘で暮らし、様々な後ろ盾のもと何不自由ない生活を送る美登利は、竹を割ったような性格で勝ち気な人柄。他の遊女や遣手が渡してくる金銭を惜しむ様子もなく使い、子供たちの間ではまるで女王様のように扱われていた。引っ越し当初は訛りもあったことで、口々に「田舎者」と馬鹿にされていたのが最近は見る影もない。

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履物の大黒屋さん

 今回散歩の途中で出会った大黒屋さんは、遊女屋ではなく履物のお店だった。

 物語の中で新吉原遊郭の西、入谷に近い私立小学校《育英舎》に通う美登利には、何となく気になる人がいる。それが龍華寺の息子・藤本信如(のぶゆき、しんにょとも読む)で、いずれは僧侶になる予定の真面目かつ勤勉な少年だ。子供たちの組む徒党、《横町組》の頭である長吉にも一目置かれている。学校の運動会で転び、手を汚した信如へハンカチを差し出したのをきっかけに、美登利は折を見て彼に構うようになった。

最初は藤本さん藤本さんと親しく物いひかけ……

 しかし悲しいかな、人気者の美登利と信如が仲良くするのが妬ましいのか、周りが必要以上に彼をはやし立ててからかう。要らぬことばかり言ってくる。もとより純朴な性格の信如はそれを嫌がって、ことあるごとに美登利を無視しようと努めた。彼女はなぜ彼が自分を避けるのか合点がいかないので、そのうちに意地悪をされているのだと思い、二人とも互いを避けるようになってしまったのだ。

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吉原の町角

 そこに美登利へ好意を寄せる質屋の息子・《表町組》の正太郎も絡んできて、お語は進む。それぞれの、言葉にするだけではない思いの交感が、一葉の紡ぐ洗練された言葉に乗せられて優しく哀しく流れていく。

 今は皆に女王様と慕われ、蝶よ花よとおだてられている美登利の未来は、決して明るいものではない。両親や姉のいる大黒屋の主人がそっと画策しているように、いずれは彼女も遊女として働き、客を取るようになるだろう。

或る霜の朝水仙の作り花を格子門の外よりさし入れ置きし者の有けり、誰れの仕業と知るよし無けれど、美登利は何ゆゑとなく懐かしき思ひにて違ひ棚の一輪ざしに入れて淋しく清き姿をめでけるが、聞くともなしに伝へ聞くその明けの日は信如が何がしの学林に袖の色かへぬべき当日なりしとぞ。

 《たけくらべ》の最後で髪を島田に結い、不穏な空気と諸事に心乱す美登利の家にそっと置かれていた白い水仙の造花。一体誰からなのかは分からないが、彼女はどこか惹かれてそれを花瓶にさし、眺めた。そういえば今日は、信如この地を離れて仏教の学校へ入学する日だったな――と思い至ることを示唆して、物語は幕を閉じる。

 この恋は目に見える形で成就しない。二人の行く道が、この先の地点で交わることもほぼ無いと考えていい。それでも互いの大切な人へ、確かに思いは伝わったのだ。

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鷲神社(浅草酉の市御本社)

 新吉原だった地区を出て少し歩くと鷲(大鳥)神社にさしかかる。

 作品中では十一月の酉の市に向けて、色とりどりの熊手を準備する住民たちの描写があった。大門と溝で外界から隔てられた遊郭と言えど、祭りの当日は一般に開かれていたらしく、その賑わいはかなりのもの。私も工作が好きなので内職のお手伝いをしてみたい。それできちんと商売をするのは本当に難しそうだけれど。

あやしき形に紙を切りなして、胡粉ぬりくり彩色のある田楽みるやう、裏にはりたるのさまもをかし、(中略)一家内これにかかりてそれは何ぞと問ふに、知らずや霜月酉の日例の神社に欲深様のかつぎ給ふこれぞ熊手の下ごしらへといふ……

 また、さらにそこから北へと進めば、子供たちが《表町組》《横町組》徒党に分かれて激しく争う八月の祭りの舞台・千束神社がある。

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千束神社前

 現場では四角い万灯などの道具も用いて喧嘩する騒ぎになったそうだから、幼子がすることとはいえ、一歩間違えれば暴動だ。美登利は表町組に、信如は成り行きとはいえ横町組に属し対立していた部分からは、どこか《ロミオとジュリエット》や《ウエストサイド・ストーリー》を連想させられなくもない。

正太郎組の短小野郎と万燈のたたき合ひから始まつて、それといふと奴の中間がばらばらと飛出しやあがつて、どうだらう小さな者の万燈を打ちこわしちまつて、胴揚にしやがつて……

 この辺りまで来るともう三ノ輪の駅は目前。今の新吉原遊郭跡に、私が好きな明治・大正期の面影を偲ばせる遺構はほとんど残っていないが、本や地図を片手に歩くのはとっても面白い妄想の材料がそこかしこに散らばっている。

 新吉原が題材になっていたり、登場したりする作品は数多い。漫画《鬼滅の刃》でも遊郭編の舞台が吉原だった。当ブログを読んで下さっている方々も、もしも好きな物語のどれかにこの場所が登場したら、一度足を運んでみるのも楽しいと思う。

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左側が《花街》

 余談だが、最近買った香水が J-Scent《花街》だった。

 昔栄えた家の廃墟のような……談笑の声や煙が染みた、木の柱の香りがする。かすかに果物の気配も。そこにはくすんだ妖しげな華やかさがあって、どこか吉原の隆盛と衰退を思わせた。和風の渋い匂いが好きな人におすすめ。

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はてなブログ 今週のお題「大切な人へ(思いを伝える物語)」