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彷徨する自由帖

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お茶の時間に囚われる:時に食事も"tea"と呼ぶ彼らに倣えば

 

 私にとって、元気――というか、活力の源は間違いなく「お茶の時間」だ。日常の中にそれがあるから何とか生きていられる。

 叶うならば、延々とお茶会をしていたい。

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ロンドンのPeggy Porschenにて

 上の写真は、ロンドン・ヴィクトリア駅周辺にある人気のケーキ屋《Peggy Porschen(ペギーポーション)》へ、大学時代の友達に連れられて足を運んだ時のもの。普段はあまり好んで食べないのだが、夏季限定の苺カップケーキは甘さ控えめで美味しかった。一緒に頼んだピーチティーも。とはいえ、値段も結構高かったので再訪はしなかった。

 ポットを含めた食器やテーブルはピンク系の色で統一されており、季節ごとに変化する装飾も店の華やかな印象を強調しているよう。このペギーポーションは店舗で提供されるメニュー以外にも、誕生祝い結婚式で提供されるケーキを多く手掛けているそうだ。

 ところで、イギリスにしばらく住んでみて知ったことが一つある。通常お茶を指す "tea" という言葉は、しばしば午後の早い時間帯にとる食事を表す場合もあるのだ。使用する層は社会階級や地域(一部、英連邦の国々でも使われる)によって異なるが、辞書にもきちんと用例として載っている。

 他にも「お気に入り、好み」を表すイディオムが "one's cup of tea" であるように、彼らの文化と生活にはこの tea が深く浸透しているのが伺える。私も数年でだいぶ毒されてしまったのか、一日の中で定期的にお茶を飲まないと落ち着かない体質になってしまった。逆に飲むとすっきりして集中できる。

 そこが洋室でも和室でも、一人だろうと複数人いようと構わない。飲むものと食べるものを机の上に置いて、前に座ればいつだって勝手にお茶会(と呼べるかは分からない何か)が始まる。自室で作業の片手間に眠い目をこすって啜る熱いコーヒーも、人と足を運んだ喫茶室で会話に花を咲かせ、半ば放置されるままに冷めていく紅茶も本質は同じだ。あくまでも私の中では。

 とはいえ、素敵な空間で口にする品々は普段の何倍も美味しく感じられるもの。そこで今回は、最近日本で足を運んだ飲食店の中でもメニューや内装、雰囲気が好みだったものを選んで掲載してみる。ほとんどが有名どころだが……まずは、地元の横浜から。

横浜

  • コーヒーの大学院 ルミエール・ド・パリ

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 関内駅から出て少し歩くと、くすんだ赤い色の廂(ひさし)が目に入る。古めかしいフォントで刻まれた白い漢字三文字は「大 学 院」。これが喫茶店の名前なのかと思えばそうではなく、正式名称は《コーヒーの大学院 ルミエール・ド・パリ》だった。《大学院》は愛称のようだ。それでも、横浜で単に大学院という場合、この場所を指していることが多い。

 非喫煙者だと告げて案内されるままに店内を進み、奥の「オーキット特別室」への扉をくぐった。その先にはきらびやかな内装が広がっている。王冠の柄が並ぶ壁の装飾、優雅な照明、手触りの良さそうなソファ……何時間でも座っていられそうだし、この日は実際にそうした。

 注文したのはアイスコーヒーバナナパフェの二つ。

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 バナナパフェの芯になっているのはクリームに埋まったバニラアイスだった。

 その名の通りバナナを中心とした果物が上にのっていて、黄桃やキウイ、さくらんぼの姿もある。きっとアイスの部分が溶けすぎないうちに食べた方が美味しい。最後には器の底に少し溜まった、バニラ味の液に残りの具を付けていただく。パフェは艶のある見た目からして貴族の食べ物みたいだ。

 銅色のカップに注がれたアイスコーヒーはまずそのままで、それからミルクやシロップを入れて味を変えると一層楽しめる。深い落ち着いた苦みがあって酸味は少なく、すっきりしている。個人的に酸っぱいコーヒーがあまり得意ではないので、これはとても美味に感じた。

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 ふと部屋の奥を見ると、硝子で区切られた空間がある。

 耳を澄ますと電子的なオルガンの音もするようで……教会の聖堂でよく聴くメロディーのような気がした。昔はここに噴水があったのだという。壁の上部に刻まれた「光ノ水 光ナキ人ニ光ヲ」の言葉は怪しいといえば怪しいが、私は結構好きだ。眺めていると何となく安心する。

  • えの木てい

 旧外国人居留地、横浜・山手の洋館群巡りは面白い。

 特に元町公園からほど近い丘にはベーリック・ホール、エリスマン邸、山手234番館など多くが軒を連ねており、晴れている時はつい寄り道をしたくなる。邸宅以外にも、昔使われた自働電話の模型もあって散策と妄想がはかどり、とっても楽しいのだ。

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 その周辺に建つ《えの木てい》は朝香吉蔵による設計で、昭和2年竣工の歴史ある洋館を利用した喫茶店。白く塗られた壁に、赤い屋根と窓枠が映えて目を引くここには、かつては米国人検事が暮らしていた。1階とテラスに席があり、2階は6名までのグループに貸し出されている個室。店名の由来は、庭に生えている榎(えのき)の木なのだという。

 チェリーとバタークリームを使ったサンドが人気のお菓子らしいが、今回はケーキのオレンジショコラアイスティーのセットに心惹かれたので頼んでみた。天気も良かったのでテラスの方へ。土曜日はかなり混んでいる様子だったので、ゆっくりと穏やかに過ごしたければ平日昼間の訪問がおすすめ。

 甘すぎないチョコレートとオレンジの組み合わせは、何故こんなにも素晴らしいのだろうといつも思う。初めに考えた人は天才だ。

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 ケーキは上からオレンジの果肉と薄いゼリー、オレンジムース、そして一番下にはチョコムースと三段階の層になっていて、のせてあるのはミントとチョコの欠片。生地の滑らかな優しい感触が味を引き立てている。しつこく舌に残ったりもたついたりしないので、すぐに歯を磨けない散歩の途中でも気軽に口に入れられる感じがした。

 ガッと二つくらい一気に頬張りたい。強欲なので。

 冷たい紅茶もごくごく飲めるおいしさだった。渋い感じは全然しなくて、丁寧に抽出されているのが伺える。他にもチェリーレモネードなどがメニューに載っていたので、今度試してみたいなぁ。

 続いては東京都内の飲食店を。

 

東京

  • CHAMBER OF RAVEN

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 幻想的な内装でたびたび話題になるカフェ・ラウンジ《CHAMBER OF RAVEN》は、荻窪の住宅街の中にある。私と友人が以前訪れた際は入場に整理券が必要で、滞在も時間制だったが、現在はそうではない様子。詳細は公式サイトを都度確認した方がいい。

 魅力は、何といっても練られた世界観。ミッドエルド(Mid-Eld)という異世界に存在しており、そこでの冒険に備えるための品々が用意されている場所……という設定があるらしい。大きなシャンデリアが目立つ、二階建ての洋館風の内部は多くの不思議な調度品で満たされていて、バレンタインなどイベントのある季節には変化も見られる。

 わくわくしながらメニューを開くと、並んでいたのは「聖なる守護」「人魚の涙」など面白い名前の数々だった。

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 飲み物にモヒート グリーンアップルと、お腹が空いていたので量のあるものが食べたくて、鶏肉のオリーブ煮込みご飯を注文。グラスのふちに刺さっていたのはウサギ型に切り抜かれたリンゴで可愛かった。こんな風にきらきらしたコンセプトカフェでは料理の味が二の次な場合が多いけど、どちらもきちんと美味しかったので、安心する。また来ることがあれば他のメニューも試してみたい。

 大きめの標本が置いてある側のソファに座っていると、本当に領主に招かれた客人の気分になる。また、雰囲気に合うBGMが流れていたので耳を澄ますと、ミュージカル《オペラ座の怪人》に登場するThink Of Meだと分かった。確かにそれっぽい。

 館内に張り巡らされた蜘蛛の巣は、ハロウィーン仕様の装飾で凝っている。上階は白を基調とした空間となっていてまた趣が違った。ちなみに館内のどこかには隠し部屋があって、事前に予約すれば案内してもらえるとのことだった。

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 定期的にこういう場所へ、着飾って友達と行きたくなるのは何故なんだろう。癒しとときめきの詰まった空間だった。従業員さんの制服も可愛らしい。

  • 銀座みゆき館(五丁目店)

 そこでは至高のモンブランが食べられる……と耳元で囁かれ、連れて行かれたのが《銀座みゆき館》だった。いくつか店舗があるようで、足を踏み入れたのはそのうちの一つである五丁目店。内装のランプや壁紙の黄色が可愛らしい。ただ席に座っているだけで、洋菓子とコーヒーの良い香りが漂ってきた。

 銀座で一番美味しいモンブランがあるとの看板を見てしまったら、それを注文しない選択肢はない。ケーキセットにしてそこにピーチアプリコットティーを付けてみる。やがて、襟巻のような薄紙に包まれた本体がやって来た。

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 お店のロゴが脳天にぷっすりと刺さっている。

 紙を剥がしてみると分かるが、その土台になっているのはスポンジでもクッキーでもなく真っ白なメレンゲだった。歯ごたえはサクサクと軽やか。甘いメレンゲとクリームの組み合わせで、味はくどくならないのかと気になったものの、すぐにそんな心配は不要になる。ケーキの真ん中に充填された生クリーム無糖でさわやかな風味のもので、舌に乗せても質量をほとんど感じなかったのだ。いくらでも食べられそう。

 また、その周りを覆う栗のペーストには熊本で採れた和栗がふんだんに使用されていて、かすかに渋皮の気配もした。栗のクリーム、ではなく、栗そのものの味がする。本当に贅沢な一品だった。

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 そのあと友達の食べていた苺のミルフィーユを分けてもらったところ、こちらもクリームがしつこくなく美味。メニューには通常のラインナップ以外に、桜やパイナップルなど、季節ごとに異なる食材を用いたケーキ類が載るようだ。気になる。

 きっと、銀座でのショッピングやギャラリー巡りに疲れたら迷いなく入ってしまうだろう。そうして自分からお茶の時間に囚われたい。

 最後は熱海へと。

熱海

  • パインツリー(Pine Tree)

 サンビーチのすぐ傍、熱海銀座商店街の一角に佇むのは純喫茶《パインツリー》。付近を歩いていて、そのレトロな外観と、ずらりと並ぶ魅力的な食品サンプルの魅力からは逃れられなかった。創業は昭和34年と老舗だ。

 比較的照明の光量が抑えられた店内にあるのは煉瓦風の壁と、うす緑色のカバーがかけられた椅子、木のテーブル……に加えて、ゲーム機をそのまま利用した机。インベーダーゲーム系の画面がそのまま埋まっていて面白い。実際に遊ぶこともできるらしい。どこか懐かしさを喚起するアイテム。

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 とりあえずクリームソーダ。

 居酒屋でサラリーマンが「とりあえずビール」を実行するのと同じ要領で、喫茶店に入ったら高い頻度で「とりあえずクリームソーダ」をする。他のことは後で考えればいい。グラスもバニラアイスもかなり大きめで、しっかり冷えていて満足だった。お店によってはぬるめの飲み物が注がれる場合があるが、私はとにかく冷たいものが好きなので。

 プリンアラモードを頼んだ人もいる。透明で横長の、船のような独特な形状の器に盛られたプリンに果物、クリームは、パフェと同じく貴族の食べ物だと思う。あるいは宝石箱か何か。一般庶民がこれを楽しめる時代に生まれて本当に良かった。でなければとても生きていられなかっただろう。大げさだと笑わないで欲しい。

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 熱海はここ最近で新しいお店も沢山でき、少し前までのさびれたイメージを払拭しつつある。首都圏からのアクセスもかなり良い。昔から残っている《パインツリー》などの喫茶店も含めて、休みの日に遠出するのも楽しいのではないだろうか。

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 雰囲気のある喫茶店は、ただそこに居るだけで心が踊るよう。

 余談だが、私はお茶の葉のことを時折「葉っぱ」と呼んでいる。最大限の親しみを込めてだ。けれど、家族や友人たちに「その言い方だと麻薬みたいだからやめなさい」と諭されてしょんぼりしてしまった。でも葉っぱ、大好き。

 すっかりカフェイン中毒で、台所の棚に並ぶ缶もすぐ空になってしまうから、新しい種類のお茶をもっと買い込みたい。次回の給料日が訪れるのを虎視眈々と狙って待っている。私の生命線のようなものなのだ。

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はてなブログ 今週のお題「元気の秘訣(=お茶の時間)」

 ほか、以下の名古屋旅行記では、それぞれの記事の末尾で訪れた喫茶店と注文したメニューを紹介しています。もしもお時間とご興味がありましたら: