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彷徨する自由帖

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自分が会社で働くなんて、到底無理だと思っていたけれど(なんとかやれている)

 

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  • 2019年上半期の終わりに

 現在の職場に勤めはじめてから、約半年の期間が経過した。

 ちょうどお正月の少し前頃から本格的に業務に携わっているので、この年は新しい仕事との出会いで幕を開けた、といっても過言ではない。何というか、本当にあっという間だった。必死にしがみついていたらここまで来ていた。いま会社では取材をもとに文章を執筆するのを中心に、画像や動画に手を加えたり、一般的な事務作業を行ったりと、色々なことをさせていただいている。

 過去記事を読んでくださっている方々はご存知かと思うが、私が思い切って大学を辞め帰国した目的は「きちんと自分の足で立ち、そのうえで人生を通してやりたいことをする」というもの。それは、必要なお金を稼ぎながら望んでいることを一つずつ実現させていくことだった。過剰に他人に寄りかかることなく。

 そのためには早急に仕事が必要なので、帰国直後の当時は、恐怖と緊張にぶるぶる震えながら求人を漁ったのを覚えている。

 何故かというと、これが全く自慢できることではないのだが――私は生まれてこの方、大学中退に至るまで一度も、およそ「就労」と呼ばれるものを経験したことがなかったからだ。アルバイトもない。特にする必要がなかったし、推奨もされていない環境で育てられたので。それゆえこの数か月は図らずも、私にとってそもそも仕事とは何か、働くとは一体どういうことなのかについて、改めてひたすら考え続ける期間になった。

 仕事を探すうえで、全てが理想的かつ完璧な職場、というものはこの世界に存在しないので見つけられない。それなら、自分が「これだけは譲れないな」と思うものをはっきりさせておき、なんとか生きていける場所に陣地を構えるしかない。その結果、一応ではあるが、私は今日も好きな業務をしてお金をもらうことができている。

 とはいえ半年前から現在に至るまでの過程で、それはそれはポンコツな姿をさんざん晒してきたのだが。

 今回は自分のダメっぷりの一部を記載してみようと思うので、世の中にはこんなにダメな人間もいるのかと存分に笑ってやってください。ダメ人間でもしぶとく生きていける。だからみんな大丈夫です。

  • 地獄の職探し

 端的に言って、無収入・無職という状態は地獄である。本当に何もできない。

 イギリスから帰ってきた直後は、2年半ぶりとなる母国での新たな生活に加えて、他人のおこぼれに頼りきりである、という情けない事実が強く自分自身を苛んだ。そもそも重度の抑うつで体調も地に落ちていたので、9月から11月の序盤にかけては精神科と内科に通院しながら、ほぼひきこもりに近い生活を送っていたほどだ。友人達と会う気力もなく、たまに仕事を探しながら痛む胃を抱え、虚ろな目で布団の上に寝ていた。私を見捨てずにいてくれた両親には本当に頭が上がらないので、死ぬまで恩返しを続けようと思う。

 さて、血眼で求人サイトを漁る際に、職種や業務内容と同じくらいに意識していたのが「自宅からの近さ」だった。高校・予備校時代は満員電車で通学していたら心身が不調になった惰弱なので、どんなに遠くても片道1時間以内が限度。仮にどうしてもやりたい内容の仕事があったとしても、家からの距離が遠く通勤に時間を取られるのなら候補から外れた。長期的に見て働き続けられそうなところが良かったので。

 その許容範囲内で出ていた求人の中で、自分の取り組みたいことに近い要素を持つ業務が提示されているものを絞り込んでいく。そこで、条件や要望に合致しそうな小さな会社を一つ見つけた。加えて、採用の判断基準には自分の使えるソフトウェア(PhotoshopやIllusratorなど)の名前が幾つかあるので、もしかしたら雇ってもらえるかもしれないと僅かな希望を抱く。しかし会社......会社か......。

 会社とは一体......?

 今までの私の人生の中で、それは全くと言っていいほど触れたことのない、未知の概念だった。身内や親戚はほとんど自営業、在宅勤務、または巡業で移動している仕事に携わる人間ばかりだったので、周囲に参考になる存在がいない。会社とは何なのか、どんな場所なのか。さっぱり分からなかった。そこに足を踏み入れるなんて、どう考えても恐怖でしかない。できることなら外にも出たくない。

 ともあれ、今のところ手っ取り早く収入を得るにはどこかに努めて大人しく働く他ないので、連絡をして面接の日取りを決めた。次は履歴書だ。

 履歴書......。分からない。死にたくなってきた。

 「履歴書 書き方」でグーグル検索をし、例を見ながら完成させたはいいものの、その真っ白さ具合にめまいがする。高校卒業、大学入学、その後中退。職歴が真っ白。今までいろいろなことをやってきたけれど、それらは就職という面においてはさほど役に立たない、社会的には道楽に分類されるようなものなのだと改めて実感した。いや、私はそれでも一向に構わないのだが、働いてお金を得たいのでそうも言っていられない。

 それから履歴書を掴んで面接に行き、数日後に採用の連絡をもらったときは驚いたと同時にホッとした。ありがたすぎる。どうしてこんな実務経験ゼロ人間を雇ってくれる気になったのだろうか。一応、後で聞いたら人手が足りなかったとは言っていたが......とりあえず、応募してみて本当に良かった。

 しかし本当の問題は、このポンコツがクビにならずに働き続けることができるのか? という点にある。

 

  • 流れ着いた先で

 働き始めてから真っ先に判明したのは、会社という場所で働くための基礎的な能力や認識が、自分には大きく欠けているということだった。

 まず、全体や周囲の様子を把握して動くということができない。いま手に持っている業務で頭が一杯になってしまうので、それにかまけて他の作業が滞るし、流れを止めてしまう。私が何をすることでどんな影響が及ぼされるのか、という一歩先を考えられていない行動の連発。複数の人間が同時に回している現場では、きちんとその一部としての働きをしながら、個々の業務に取り組まなければならないのにもかかわらず......。目の前で起こることや一つ一つの細部が気になりすぎるので、ながら作業、つまりマルチタスクが致命的にできない

 加えて、忙しそうにしている人を手伝うという発想が全くなかった。自分がいまやっていることが終わったら終わりで、周囲にいる誰かが困っていても、頭の中で「自分とは関係ない別世界の出来事」に分類される。ここは会社なので、その思考はどう考えてもヤバい。だが、他人と協力して仕事をするという経験が全くないと人間はこうなるらしい。

 組織の中で労働したことが無かったので、こんな当たり前のことすら身体に刻まれていないという事実に絶望した。集団行動が嫌いすぎて、学校でのグループワークすらまともにやったことがない。よく関わっている友人たちも、ほとんど自分一人で行動するタイプの人間だったので、今までが自由すぎたのだ。

 この体たらくなので、慣れるまではたくさん怒られた。

 唯一の救いは、敬語の使い方や普段の態度、素直に話を聞く姿勢は最低限まともであった――ということだ。それだけは褒められた。会社で働く人間としては問題だらけだったのかもしれないが、現代社会に生きるひとりの人間としては、なんとか及第点をもらっても良いだろう。存在することを許されたい。よろしくお願いします。

 こんな風にして、勤務開始直後から自分のどうしようもなさと向き合い続け、半年が経った。何度も心は折れたが、どうにか働くことができて本当に良かった、と思えることがいくつもあるので、自分は本当に運が良い。これからも、ぼちぼちと努力を続けていくつもり。

  • 働いてみて良かったこと

 この短い期間で、昔はできなかったことが沢山できるようになった。それらについて書いてみる。

 まず、電話恐怖症の克服。かけるのも嫌、出るのも嫌というどうしようもなさをずっと抱えていたが、会社の場合は決まった操作方法と定型文的な応答を頭に入れておけば、これほど簡単なことも無いと思えるようになった。

 それに職場で文章を執筆する際には簡単な取材が必要になるので、全然知らない方にも電話をかけて話を聞く機会が多い。それを毎日繰り返していると、適切な相槌のタイミングなども覚え、今まで感じていた不安や緊張が嘘のように消えた。機械を隔てているだけで、相手とのやりとりの仕方は普通の会話と変わらない。仕事以外でも、日常的なやり取りをきちんと電話上で行えるようになって、楽になり嬉しい。

 それから、取材に基づいて書いたものは社内で校正・添削されるので、決まった時間の中で一貫した文章を書く練習と、表現の引き出しを増やすための修行ができる環境があってありがたい。外部から指摘されて気が付くことは無限にあり、一人だけで何かを書いている状態よりも、成長の速度が上がっている。そして仕事柄、特殊な文字(変体仮名や複雑な漢字)に出会うことが多く、意味や用法、由来をその都度調べるのでとても勉強になるのだ。

 ひとつ意外だったのは、組織で働いていると、困ったときには誰かが助けてくれる――ということ。私の中には集団=足の引っ張り合いという図式があったので、何かあっても人には相談できないし、他人の面倒に関わることは損だと思っていた。けれど、実際に人と働いてみると、協力することで全員の負担を減らせるのだということに気付く。自分だけで対処できないことがあれば上の人が出てきてくれるし、助言もしてくれるので、一人だけで全てを抱え込んで混乱しなくてもいいのだ。これは新感覚だった。

 あと、決まった時間に出勤・退勤する日々を送ると生活リズムが健康に保たれることがとても良い。

 そして何よりも、「こんな自分でも働ける場所がある」という事実が、精神の安定に大きく影響している。社会の中で孤立していた時は不便だったし、何とも繋がれない不安感があった。今はある程度のまとまった収入を継続して得られることで、鬱々とした気分になることや無力感に苛まれることが格段に減ったし、毎日が充実している。お金がなければ旅行に行くこともできないから。誰かの財力に寄生するのはダメ・絶対。

 自己肯定感を得る方法など何でもいいと思うが、外部に依存せず自立した生活を送るための有効な手段として、仕事に集中して打ち込むという選択肢は本当に重要だと思った。これで、私は目の前にいる誰かとようやく対等に向き合えると気付いて、涙が出てきた。

 さて、今年前半の振り返りは、こんな感じで終えるとしよう。

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今週のお題「2019年上半期」