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彷徨する自由帖

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死神の館の温室には、生命の植物が集められている|ハンス・クリスチャン・アンデルセンの童話《ある母親の物語》から

 

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書籍:

マッチ売りの少女/人魚姫:アンデルセン傑作集(著:ハンス・クリスチャン・アンデルセン / 訳:天沼春樹 / 新潮文庫)

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目次:

 

植物園の温室に惹かれる

 

 温室というのは実によいものだ。

 けれど、その良さをつぶさに説明してみなさいと言われると、少し困ってしまう。

 

 四方を囲む、陽光を濾過する壁が透けていること、いちどに色々な地域の植物がみられること、また年間を通してほとんど変わらない特殊な環境など……こんな風に要素を挙げるだけなら簡単だが、「なぜそれらに魅力を感じるのか」を筋道立てて述べるのは難しい。

 それなら別にわざわざ説明しなくても構わないではないかと思うものの、性格上の問題からか、自分が抱いている感覚を表すのに最適な語句をつい探し回ってしまう。

 

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 ああそうだ。温室の植物の、人間の作為を感じられる配置が好きだ。

 設けられた通り道。偽物の岩場や水辺。自然に発生したものではなく、何らかの意図をもって集められているという、あの感じ。本来はまったく別の場所に育っているはずの草木、花が、どういうわけか一堂に会している状況そのもの。

 誰かの本棚にも似ている。板と板で区切られた空間に、外から束ねられた紙が持ち込まれ、並べられて根を張る。大型の書店や図書館などとはまた様子が違い、持ち主の趣味が比較的はっきりと反映される。

 

 とはいえ大抵の植物園や温室の場合は(権力者の城や富豪の邸宅に属しているのでなければ)観賞の楽しみと何かの研究、二つの目的を兼ねているものだと思うので、個人の好みというよりもその施設の目的によって集められる植物が限定されるだろう。

 特に以前訪れた「東京都薬用植物園」はその名のとおり、行政の一環で、薬効のある種類の植物に焦点を当てて収集・管理されていたのがおもしろかった。閑話休題。

 

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 温室と言えば、折に触れて脳裏に浮かぶ童話がある。

「ある母親の物語」といって、近代のデンマークを代表する作家、ハンス・クリスチャン・アンデルセンが手掛けた短いお話だ。

 彼にとっての主要なテーマだといえるキリスト教的な信仰や、もっと普遍的な「運命」という概念、けっして私達の思い通りにならないものに対峙したときの人間の苦悩が、悲しいほど的確かつ細やかに描かれている。

 

 

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「ある母親の物語」あらすじ

 

 老人の姿をした死神が管理する、広大で不思議な館の温室。

 彼はそこで人間の生命の植物を育てている。世界中のあらゆる地域に暮らす、外見も性格も異なった、さまざまな人間の性質を体現した草木や花の数々を。

 ガラスのドームの中にはひ弱そうな花も、丈夫な大木も、あるいはミズヘビやカニの絡んだ水草も入り交じり、絡み合って生えている。めいめいにその生命の持ち主である人間の名前がついていて、引き抜いてしまえば彼らの寿命も尽きるというわけだ。

 

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 ある寒い冬の夜。どこかの国でひとりの子供が病に倒れ、ついに死神に手を引かれて家を去ってしまった。

 母親はたいそう嘆き悲しみ、後を追いかけて我が子を連れ戻そうと試みる。

 

 彼女は死神の館に向かう道中で出会った存在に、援助の対価として、合計四つのものを捧げた。

 

 黒服の女の姿をした《夜》には歌を。

 凍えるイバラの藪には血のぬくもりを。

 大きな湖には真珠のような両目を。

 最後に、老婆の姿をした墓守には豊かな黒髪を。

 

 そうして彼らの助けで死神の温室に入り込んだ母親は、ついに我が子だと確信できる青いクロッカスを見つけた。これもきっと「自分たちを哀れんだ神さまのおぼしめし」だと信じ、彼女は死神に子供を返してくれるよう嘆願する。

 でなければ、ここにあるすべての生命の植物を抜いてしまうぞ、と脅して。

 

「あなたの花を根こそぎぬいてしまいます。わたしには、もうなんの希望もないのですから!」
「ふれてはいかん!」死神はいった。
「おまえは、自分こそ不幸だといっているが、こんどは、ほかの母親までおなじように不幸にしてしまうのだぞ!」

 

(新潮文庫「マッチ売りの少女/人魚姫:アンデルセン傑作集」(2015) 著:ハンス・クリスチャン・アンデルセン 訳:天沼春樹 p.118)

 

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 だが、もとよりこの死神こそ、他ならぬ天上の神の御心にそってはたらく、忠実なしもべだったのだ。

 

 子供の死は、そもそも神によってもたらされたものだった。

 

 一体どういうことなのかと取り乱す母親へ、死神はある二人の人間の一生を井戸の中に映してみせた。

 そのうちひとつは喜びに満ち溢れた人生で、もうひとつは不安や苦しみ、恐れに満ちた人生。そのどちらもが神のおぼしめしによって決定されており、しかも片方は、お前自身の子供の未来なのだと彼は告げる。

 そのうえ、果たしてどちらが「幸福な花」で、どちらが「不幸な花」なのかは教えてもらえない。

 

 なんという宣告だろうか?

 真摯に祈りさえすれば必ず救ってくださる、と信じた、情け深いはずの神の意思がそんなものだというのか。

 

 どうして苦しみがあるのだろう、死があるのだろう、神がいるならば。なぜ過酷な目に遭う人間とそうでない人間がいるのか。一体なぜ、我が子は、こんなにも幼くして死ななければならなかったのだろう。

 

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 井戸で二つの人生を覗いた母親の叫びは、あまりに切実だ。

 

「どちらが私の子どもなのか、教えてください! 罪のない子どもを助けてください! 私の子どもを不幸からお救いください! いっそのこと、連れていってくださいませ! 神さまのもとへ連れていってあげてください! わたしの願いや、わたしのいったこともしたことも、どうぞみんなお忘れくださいますよう!」

 

(新潮文庫「マッチ売りの少女/人魚姫:アンデルセン傑作集」(2015) 著:ハンス・クリスチャン・アンデルセン 訳:天沼春樹 p. 119)

 

 彼女の言っていることはもはや支離滅裂だと死神は顔をしかめた。

 だが何よりも愛した人間の、若すぎる不慮の死を前にして、冷静でいられる者の数などけっして多くはないだろう。

 

 最後に、それではもうすべて神さまの意のままに、もしも私が間違っているのならこの願いをしりぞけ、どうぞ御心にかなうようにしてください、と頭を垂れた母親の前から、死神は去っていった。

 彼女の子供の手を引いて。

 

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 これを童話(つまりは子供たちに語り聞かせるもの)として著したアンデルセンのことが恐ろしくもあり、また、誰より優しい人なのだとも思う。私が昔も今も敬愛している、偉大な作家なのだった。