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中島敦の《狐憑》に描かれる詩人(作家)の姿 - 連作短編「古譚」より|日本の近代文学

 

 

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 古の時代、この世界のどこかで起こっていた出来事……という体裁を借りて、人間の直面する普遍的な疑問の数々を扱う、中島敦の連作「古譚(こたん)」。大昔の中国、ペルシャ、アッシリアなど、その着想の源泉は多岐にわたる。

「木乃伊」「文字禍」「狐憑」に、現代文の授業でよく取り上げられるおなじみの「山月記」を含めて四つの短編で構成されており、いずれも20世紀の中頃に著された。

 

 そのうちの「文字禍」については過去に以下のブログ記事でも紹介したことがある。

 文字とはそもそも何なのか。そして普段、私達の意識にどのような影響を及ぼしている存在なのか。

「文字禍」は巧みな舞台設定と語り口で、ともすれば途中で考えを放棄してしまいそうになる主題をとても平易に変換して読者に提示する、優れた小説。まず単純に物語自体が面白いので誰にでもおすすめできる。

 

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 さて、これから興味深い点や感想について綴りたい短編は「狐憑(きつねつき)」というタイトルのものだ。

 かつて中央アジアに国家を形成していた遊牧騎馬民族、スキタイ(スキュティア)人のとある部族に生まれた一人の男と、彼の辿った運命の物語。それが、人間社会のなかに存在する芸術家(作中では「詩人」と表される)の役割と性質を浮き彫りにする。

 

目次:

 

書籍:

中島敦 (ちくま日本文学 12) (著:中島敦 / 筑摩書房)

 

《狐憑》あらすじ

 湖の上に家を建てて暮らす、スキタイ人のネウリ部落に生まれた一人の男がいた。

 その名をシャクという。

 彼には空想をしがちな傾向以外に特徴がなく、実に平凡な人間だったのだが、弟のデックが侵略者のウグリ族に殺されてからというもの様子がすっかり変わってしまった。なんでも、ときどき妙なうわ言を口走るようになったらしい。

 周囲の人々はそれを見て、シャクは何かに憑かれているのだと噂した。狩りで皮を剥がれた狼や、獺などの霊か、あるいは……死んだ弟のデックが彼にのり移って、このように奇怪な言葉を吐かせているのではないか、と。

 実際にシャクは頭と右手を失った弟の遺体を前にして、何やら死を悼むのとは異なる風に、それをじっと見ていたからである。

 

武運拙く戦場に斃れた顛末から、死後、虚空の大霊に頸筋を掴まれ無限の闇黒の彼方へ投げやられる次第を哀しげに語るのは、明らかに弟デックその人と、誰もが合点した。シャクが弟の屍体の傍に茫然と立っていた時、秘かにデックの魂が兄の中に忍び入ったのだと人々は考えた。

 

(筑摩書房「中島敦 (ちくま日本文学 12)」(2008) 著:中島敦 p.171)

 

 ところが、そのうちにシャクは弟らしきものだけでなく、彼とまったく無関係に思えるような人間や動物の言葉までもをその身に宿すようになった。

 たとえば水中の鯉に、空を駆ける隼、また冬の牝狼が両目を通して眺めた光景が、鮮やかに彼の口から語られる。いわゆるイタコのように、別の魂を降ろして自身に憑依させ、聞き手の眼前に雄大な風景を描き出しているかのごとく。

 

 

 

 その手腕から、人々は考え始めた。もしかしたらシャクの「語り」は憑き物ではなく、彼自身が脳内に構築した(すなわち空想した)事柄を流暢に喋っているものなのではないかと。

 憑き物にしては狂気じみたところがなく、話の内容もあまりに整然としているからだ。

 

シャク自身にしても、自分の近頃している事柄の意味を知ってはいない。もちろん、普通のいわゆる憑きものと違うらしいことは、シャクも気がついている。しかし、なぜ自分はこんな奇妙な仕草を幾月にも亘って続けて、なお、倦まないのか、自分でも解らぬ故、やはりこれは一種の憑きもののせいと考えていいのではないかと思っている。

 

(筑摩書房「中島敦 (ちくま日本文学 12)」(2008) 著:中島敦 p.173)

 

 部落の人間はその後もシャクの話を面白がり、積極的に聞きに来るようになった。

 彼の話の源泉が何であれ、時間を忘れて聞き入ってしまうほど心躍るものであることには疑いがなく、ときには日々の仕事の手を休めてまでシャクを囲み「物語」の続きをねだったのだ。

 

 そうした状況に眉をひそめたのが部落の長老である。

 働くよりも空想物語にうつつを抜かす若者たちや、前代未聞と言える奇妙なふるまいに危機感を抱き、何か不吉な出来事の予兆としてシャクを排斥しようと画策するようになった。その決め手となったのが、以下。

 

シャクの物語は、周囲の人間社会に材料を採ることが次第に多くなった。いつまでも鷹や牡牛の話では聴衆が満足しなくなって来たからである。
(中略)
脱毛期の禿鷹のような頭をしているくせに若い者と美しい娘を張合って惨めに敗れた老人の話をした時、聴衆がドッと笑った。余り笑うのでその訳を訊ねると、シャクの排斥を発議した例の長老が最近それと同じような惨めな経験をしたという評判だからだ、と言った。

 

(筑摩書房「中島敦 (ちくま日本文学 12)」(2008) 著:中島敦 p.175-176)

 

 いよいよこの状況を腹に据えかねた長老一派はついにこう喧伝し始めた。いわく「シャクは部落の民としての義務を果たしていない」と。

 確かに彼はうわ言を口にするようになってから、食料を調達するための釣りや狩りに出たり、木材を調達したりしていない。家畜の世話もしない。それでも問題なく生活ができていたのは、シャクの物語に心を惹かれた他の者たちが、必要なものを分け与えていたからだ。

 それでも厳しい冬が訪れると、不平等感は顕著になる。

 

 やがて新たな春が巡り、人々はシャクが、これまでのような語りを展開できなくなったことに気がついた。文字通り「憑き物が落ちた」かのごとく。言葉は精彩を欠き、前の話の焼き直しをすることしかできない。

 もはや彼の内側から物語は湧き上がってこないのだ。

 おまけに、部落の中での仕事もろくにこなさないとくれば、導かれる結論は決まっていた。

 人々は思う。どうして自分たちは今まで、こんな男に貴重な食料を分けてやったのだろう? 奴の物語は面白かったからだ。だが、今となってはそれもなくなった。自分たちの持つ食べ物や資材は有限であり、無償でひとりの人間を養ってやる余裕も、義理もない。

 

 かくしてシャクは部落のしきたりのもと、仕組まれた雷雨季の占いの結果によって処刑され、皆にその肉体を喰われてしまったのだった。

 大鍋の中では、ぶつ切りにされた彼の肉体が静かに煮えていた。

 

ホメロスと呼ばれた盲人のマエオニデェスが、あの美しい歌どもを唱い出すよりずっと以前に、こうして一人の詩人が喰われてしまったことを、誰も知らない。

 

(筑摩書房「中島敦 (ちくま日本文学 12)」(2008) 著:中島敦 p.179)

 

 

 

描かれているもの

  • 詩人(作家)の性質

 本文で描写されているように、シャクは後の世(または別の場所)であれば、周囲から詩人や作家などと呼ばれるタイプの人間であった。身の回りのものから着想を得て、あるいは遠いどこかの世界を脳裏に思い浮かべ、その「おはなし」を語る。

 もとより内省的で空想しがちな性格だった彼は、肉親の遺体を目にするという衝撃的な経験をきっかけにして感覚を刺激され、豊かな創造性を開花させた。

 

初めは確かに、弟の死を悲しみ、その首や手の行方を憤ろしく思い画いている中に、つい、妙なことを口走ってしまったのだ。これは彼の作為でないと言える。しかし、これが元来空想的な傾向を有つシャクに、自己の想像をもって自分以外のものに乗り移ることの面白さを教えた。

 

(筑摩書房「中島敦 (ちくま日本文学 12)」(2008) 著:中島敦 p.173)

 

 シャクは創作することを知ったのだ。

 物語の構成や描写の腕を磨くにつれて、彼の熱心な聞き手——いわばファンの数も増え、日ごとに新しい話をせがまれる。またシャク自身も、これまでより多くの人間に対して己の言葉を届けたい、と望むようになる。

 

 あるときから自然や動物だけでなく、部落など自分たちをとりまく「社会」の出来事を題材に話を作り始めたシャクは、図らずも「寓意」や「風刺」といった要素を創作の中に組み込んでいた。

 そう、これこそが長老の不興を買う最大の原因となる。

 けれど、この小説の最後で彼があんな運命を辿ってしまった理由は、決して一つではない。

 

  • 共同体・社会の中での立ち位置

 そもそも人間にとって、詩人・シャクの生み出していたような種類の「物語」……創作物とはいったい何だろうか。

 私はごく個人的に物語を愛していて、日々になくてはならないものであり、それなしでは生きていけないものだと思っている。しかしヒトという生物の、生存と存続のみに焦点を当てたとき、物語の優先順位はぐっと下がってしまうはず。

 食料や衣服や寝床。これの上に物語が位置するという状況は、特に小説内で描かれたシャクの生きた時代や部落では、なかなか考え難い。

 それゆえ社会の中での詩人の地位は必然的に低くなる。近年、あまり良くない文脈で流行した「生産性」という言葉が脳裏をよぎるが、まさにそれだ。

 

人々は、なるほどそうだと思った。実際、シャクは何もしなかったから。冬籠りに必要な品々を頒け合う時になって、人々は特に、はっきりと、それを感じた。最も熱心なシャクの聞き手までが。それでも、人々はシャクの話の面白さに惹かれていたので、働かないシャクにも不承無承冬の食物を頒け与えた。

 

(筑摩書房「中島敦 (ちくま日本文学 12)」(2008) 著:中島敦 p.176)

 

 それでもシャクは、生み出す物語の面白さを対価に捧げて、周囲から食べ物などを与えてもらっていた。労働の代わりに。周囲も彼の創作にそれだけの価値を感じていたからこそ、関係性は成り立っていたわけ。

 当然ながら、その価値はシャクが創作をできなくなった瞬間に失われる。

 詩を生み出せない詩人など不要、他に何もせずぼうっとしているだけの人間を部落内にとどめておくわけにはいかない。皆はそう判断した。長老たちも、彼の物語によって自身の欠点や問題点を浮き彫りにされる機会を消せるとほくそ笑み、処刑は決行された。

 

 つまりこの「狐憑」は、ある共同体、すなわち社会にひとりの作家が生まれ、最後には排除される過程を描いた短編なのである。

 

 パブリックドメイン作品で、以下のリンクから全文が読めるので、興味をそそられた方はぜひ。

中島敦 - 狐憑 全文|青空文庫

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