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【本紹介】「明治大正昭和 化け込み婦人記者奮闘記」著者が当時の “はみ出し者” たちへと向ける敬愛

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 6月12日に発売される書籍で、自分が日頃抱いている関心と重なるものをお送りいただいたため、ここで紹介する。

 当ブログの読者諸氏、特に近代遺産を愛好している方々におすすめである。

 

《平山亜佐子「明治大正昭和  化け込み婦人記者奮闘記」左右社》

 

 

【概要(出版社より)】

日本の新聞黎明期。女だからと侮られ、回ってくるのは雑用ばかり。婦人記者たちは己の体一つで、変装潜入ルポ〈化け込み記事〉へと向かっていった——

◇   ◇   ◇

著者:平山亜佐子
出版社:左右社
ISBN-13 ‏ : 978-4865283730
発売⽇: 2023/06/12
サイズ ‏ : 2.8 x 13 x 18.5 cm, 288ページ

 

平山亜佐子「明治大正昭和  化け込み婦人記者奮闘記」感想

 

 鉄道、郵便、電話……

 人間や物資の運搬、そして、情報の伝達に用いられる手段が軒並み発達し、これまでにないほど高速化を遂げた近代の世界。当時の西ヨーロッパ各国を主な参考とし、技術や思想を取り込みながら追随してきた日本社会も、その例外ではなかった。

 なかでも明治初期に登場した日刊新聞の存在と、新聞記者なる新たな職業の誕生は見逃せない。

 物体としての形を持たない「情報」というものが、従来よりも大々的に、大衆に向けた売り物——歴とした「商品」となりうる時代がついに訪れたのだった。

 

 私はこれらについて考えを巡らせるとき、いつも夢野久作が昭和4年に発表した短編小説「空を飛ぶパラソル」を思い出す。

 大正期に父、杉山茂丸の保護下で九州日報社に勤務していた作家は、この作品の語り手として「夏枯れの時期に『特別記事(トクダネ)』を探す新聞記者」を主人公に据えた。彼は序盤でとある事故現場に遭遇し、わずか数時間の後に夕刊へ掲載する文面を仕上げては、後に出た他社の紙面に比べて俺のレポの方がはるかに詳細だ……と悦に浸る。

 作中の描写からは、新聞記者の男が自らの足を使い、常にうまいネタは転がっていないものかと探していた様子が伺える。よりセンセーショナルな材料が手に入るほど手の込んだ料理ができ、完成した品がうまく大衆の気を引けば、飛ぶように売れたのだ。

 

 現代においてもそうかもしれないが、報道の役割はひとつではなかった。未だ人口に膾炙していない問題を世に知らしめ、その是非や社会正義を問うような記事がある一方、ワイドショー的に読み手の興味を満足させることを主目的とした記事も存在し、それを書いた記者の思想や動向も千差万別である。

 当時、特に記者として「仕事を得る」「売れる」「生き残る」ためには、場合によってかなり尖った企画に身を投じる必要もあった。そもそも新聞記者の社会的地位自体も低かった。さらに、そんな記者として働く「女」……とくれば、眼前に立ちはだかっていた偏見の壁の厚さには閉口の意を禁じ得ない。

 今では考えられないほどに数の少なかった女性記者たちは、各人によって全く異なる方面で活躍をし、一部は賛否両論の大旋風を巻き起こしていたという。その姿が、各種の記録を元にまとめられた「明治大正昭和  化け込み婦人記者奮闘記」には鮮やかに描き出されていた。

 

教師ですら結婚できない女性の仕事と見られていた時代。

(中略)

女性は夫や子どもがいて初めて社会で尊敬される。「若い独身者」は軽んじられて当然なのである。況んや若い婦人記者においてをや!

ともあれ、新聞社に入る前には周囲に反対される、入れば男性記者に馬鹿にされる、世間からは生意気だと言われる、板挟みになりながら薄給で慣れない仕事をする婦人記者たちが数年で辞めてしまうのも致し方ないと思われる。

 

(左右社「明治大正昭和  化け込み婦人記者奮闘記」(2023) 平山亜佐子 p.81-82)

 

 下山京子、中平文子、北村兼子、そして小川好子など。本書で紹介されている明治・大正・昭和期の女性記者たちは、それぞれが現代の読者の興味もそそる、実に面白い経歴を持っていた。

 なかでも私がアツい眼差しを注がざるを得なかったのは北村兼子で、彼女はわずか27歳(享年28)で夭折しているのだが、これが現在の私の年齢と同じである。まるで追い立てられているようにも感じられるほど熱心に記者の仕事に打ち込み、複数の著作も発表していながら、自ら飛行機でヨーロッパへと渡る夢(!)は果たせず彼岸へと旅立ってしまった。

 漢文や外国語に堪能で、仕事に対する意欲も旺盛。勧誘を受け「大阪朝日新聞」に入社してからカフェーの女給として〈化け込み〉潜入取材を実行するも、来店した学生たちにより何かを察せられてしまったのか、本当は何者なのかと問い詰められたり付きまとわれたりする。その物腰や語り口から理知的な魅力が滲み出ていたのではないだろうか。

 正直なところ、私も彼女の跡をつけたりファンレターを出したりしてみたいもの。可能であるなら、ぜひともお友達になりたいものである。

 

 ……と、まあ、そのあたりは本当にごく個人的な私の嗜好と感想であって、これ以上に本書を際立たせている要素はといえば、著者・平山氏が「はみ出し者」だった彼女たちに向ける尊敬と愛情のこもった眼差しではないかと思う。

 お騒がせ女性記者らの意志の強さ、旺盛な行動力や、自己顕示欲。

 時に一般的な社会規範のレールから逸れ、ともすれば「それってちょっとどうなのか」と周囲に眉を顰められてしまいそうな行動であっても、本書ではその背景にあった事情や労働環境も含めて、資料をもとに幅広い考察がなされている。お行儀のよい、体裁を重視した記録からは容易にはじかれ、存在が軽視されたり無かったことにされてしまったりする恐れのある箇所も、著者は拾う。

 いわゆる優等生だけではなく、色々なタイプの人間の存在があってこそ多様な報道の形が実現するはず……と語られるが、これは決して報道やメディアの世界に限った話ではないだろう。

 蔑視の風潮、あるいは先入観から「けしからん」と抑えつけられてきた者たちの声が拾われ、書籍として発行されることで、彼女たちは確かにそこに居て生きていたのだと教えられる。出版された時点で既に意味を持つ本、という気がした。

 

 ほか、番外編の資料欄の中には「女優養成所」へと化け込み取材に赴いた記者の記録もあり、個人的に川上貞奴(日本の女優第一号と言われる)の生前の活動にはかなり興味を持っているため、関連しているそれも面白く読んだ。

 これから他の職業や文化風俗の背景を調べる際にも参照することになると思う。

 明治・大正・昭和の女性記者たちと一緒に東奔西走、知っているようで実はほとんど知らない世間の裏路地を覗いてみるような気持ちで、ページをめくる。時代ごとの艱難辛苦を背負って、しかし逞しく生き抜いた女性記者たちの名前を、今後も忘れることはないだろう。

 

 

 

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