万年筆を使い始めて数年。
最初はおそるおそる筆記していたけれど、今ではもうすっかり色々なペン先や、異なる軸の書き味に馴染んだ。細ければ細いほど小さな枠にたくさん書き込めて良い、と感じていた頃から、太めの方がゆったりと綺麗な文字で文章を綴れたり、滲むインクの色をより楽しんだりできるじゃないか、と実感したのがここ1年でのこと。
職場でも普通に使える黒、赤、青系のインク以外には(不用意に手を出すとたくさん集めたくなってしまう気質なので)あまり目を向けてこなかった。
けれどあるとき、好きな「近代の文化」を題材にしたインクが世の中にはあると知ってしまった。
ブログに上のようなカテゴリーを設けている部分からも分かるように、私は明治・大正期の洋館をはじめとした建築物を訪問したり、近代化産業遺産が生まれた背景や、それらに関係する文化を調べたりするのが趣味の一環だった。
鉄道とか、製糸とか、電気とか。
あるいはハイカラな文化風俗とか……。
そういったものに着想を得た万年筆インク、視界に入ってしまえば使ってみたくならないわけがなかった。仕事帰りに最寄りの少し大きな文具店に寄った。
文字を書く他に絵の彩色もできるから、街歩きで撮った写真から小さなドローイングをするのも良いなぁ、と思わされ、やってみたいことが増えたので買って正解だったと思う。
この記事でその2色を紹介する。ちょうど、明治時代と大正時代から1色ずつ。
近代文化テーマのインク
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明治のいろ「新橋色」
株式会社呉竹の《ink-cafe 明治のいろ》から展開している6色のひとつ。
明治期に輸入された化学染料の鮮やかな色を表す「新橋色」は、はっとするような水色に、ほんのりとわずかな緑がかった魅力的な色彩。どうしてこの地名を冠しているのかといえば、当時の流行の最先端と言えば新橋だったからだそう。付近の花柳界における芸者たちの人気を集めていたことから、金春色(置屋のあった金春新道から)とも呼ばれた。
もう少し時代を遡ると、外から輸入された色の中ではベロ藍(プルシアンブルー)が浮世絵に使われたことなども思い出し、歴史の中で「青」というのは長らく人々を魅了してきたのだと実感する。
明治5(1872)年に開業し、後に汐留駅と改称した停車場(ステンション)の存在も相まって、新橋というのはまさに近代化を象徴する場所であった。
筆とつけペン(万年筆ペン先の『hocoro』細字と1.0mm字幅)で、実際にインクを使用してみた例。
濃く出たところと薄いところの違いが顕著で、瓶に入っている状態の深い青色とは全然印象が違う感じがする。爽やかなのに奥行きもある。実物は、上の写真よりも1段階暗めの色を想像してもらえると、選ぶ際の参考になるかもしれない。もとの新橋色は化学染料による色彩なのに、どこか自然な馴染みやすさもおぼえるのが不思議。
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大正浪漫ハイカラインキ「ノスタルジックハニー」
寺西化学工業株式会社《ギター 大正浪漫 ハイカラインキ》から展開している16色のうちのひとつ。
さっきの「新橋色」とは異なり、この「ノスタルジックハニー」には具体的な事物のモデルはなく、その代わりに『甘美な琥珀色。理想に心惹かれ夢に揺蕩う色。』との説明がついている。急速に発展した、文明開化期の社会で郷愁を誘うような穏やかな色調に、パッケージのパンケーキや映写機のイラストに目が行った。セピアのフィルムに甘さを加えたみたいな感じ。
大正時代は短く、束の間の平和を人々が謳歌した時期だった。
そもそもこのインクを製造している寺西化学の創業が大正年間であったようで、公式サイトに歴史が載っていた。同社は会社ができた当初から筆記用のインクを作り続け、やがて昭和を迎えてから、油性マーキングペンの開発に至る。小学校で見たことのある「?」マークが印象的な「マジックインキ」はここの製品だったと知り、驚いた。
筆とつけペン(万年筆ペン先の『hocoro』細字と1.0mm字幅)で、実際にインクを使用してみた例。
広げてみると、想像よりもずっと優しい茶色があらわれた。薄く溶いたり、筆を洗ったりすると水が明るい黄色に近くなる。個人的に1.0mm字幅のペンで書いた文字の色味がとても好きで、このべっこう飴のような、焦がす前のカラメルみたいなとろみを感じさせるインクはそういう雰囲気の物語や随筆を書くときに使いたい。
公式:ギター 大正浪漫 ハイカラインキ|寺西化学工業株式会社
最後に、2色を組み合わせて色面と文様を並べてみた。
濃淡を重ねるだけでこんなに多様な表情が出せるから、今度は1色のみでも何か描いてみたくなる。写真は筆で広げたインクが乾いた上から、ペンでさらに細かい装飾をつけたもの。久しぶりに楽しい作業をした。
インクを買うと、最近やっていなかった落書きをまたしたくなる。
文字もこれまでより沢山書いてみたくなる。
はてなブログ 今週のお題「買ってよかった2022」