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彷徨する自由帖

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椿の絵ろうそく:福島県・会津若松土産

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 会津でろうそくが盛んに作られるようになったのは、漆器の製造に必要な漆樹(ウルシの木)の実から、ろうそくの原料となる蝋が取れたからだった。

 幹から樹液を採取して用いる漆器とは異なり、蝋の方は、実を絞ることで得られるのだそう。

 もともと室町時代、この植物の有用性に目を付けた会津領主・芦名盛信によって、宝徳年間には漆樹の栽培が積極的に推し進められていた。後に蒲生氏郷などが近江(江州)から技術者を招聘し、製造法の改良が行われるとともに、ろうそくの表面には美しい図柄が描かれるようになったのだという。

 それが現在も土産物として知られる民芸品「会津絵ろうそく」の起源だった。

 

 

 透明な袋に包装されていた状態から本体を取り出し、少し顔を近付けてみると、意外にもはっきりとした匂いが認識できた。香りのつけられていない、素の蝋燭の匂い。独特で、どこか懐かしく、他の何にも似ていないと思う。

 手に持って矯めつ眇めつ、触りながら目と指先でその形を確かめた。

 根本から上に行くに従って胴がわずかに膨らみ、最後はすっぱりと水平面になった天辺の円の中央から、お灸みたいな芯の三角頭が覗くさま。それが、単なる円柱の蝋燭よりも堂々とした姿に見えて、高貴だった。不安になるほど白い、うっすら青みのかった体躯に描かれた鮮やかな椿の柄には、着物というよりも、刺青を連想させられる。布ではなくて、人間の皮膚の細かな凹凸に直接織り込まれた柄を。

 花弁の鮮烈な赤色は視線を捉えて離さない。雪国の会津では花の咲かぬ季節にも、こうして花の描かれた絵ろうそくに火を灯し、仏壇に供えたのだとも説明書に記載されていた。

 片手の上に乗せてみると想像よりもずっと軽かった。長い間お座敷の内側で暮らしていた誰かの、滅多にものを持ち上げない、ごく細い腕のように。あるいは、指。牢屋のつめたい格子の隙間からそっと差し出される、骨ばった青白い指、その先端から突き出た蝋燭の芯が伸ばした爪の先に似ている。硬い石の壁や床に昼夜を問わず擦り続けて、いつしか鋭くなった爪に。

 蝋は熱の伝わりやすい素材だからか、しばらく握っていると簡単に表面がぬるくなった。滑らかで肌になじむような、それでいて決して混ざり合うことはない、人懐こい拒絶。ひと思いに芯に火を灯せば、半ば眠っている今の状態よりも恍惚とした様子で炎の温度に身を任せ、まどろんで、徐々に姿を変えていくのだろう。刻まれた紅い椿の花ごと咲いて、最後には地面に落ちる。

 絵ろうそく本体の底、目立たないところに力を入れてみると、三日月のごとく細い引っ掻き傷がひとつできた。本当に柔らかい素材なのだ。

 面白いのは、手で触って感じる蝋燭の柔らかさと、これが何か他のものに触れた時の感触が、かなり大きく乖離しているところだった。例えば木の机の天板や脚の角などに、手に持った蝋燭をごく軽くぶつけてみる。すると驚いたことに、カンカンと高く硬質な音が鳴る。

 こんなにも柔らかいのだから、もっと鈍い、丸みを帯びた感じの音色を響かせるのではないかと思っていた。単なる先入観だったようで、考えもしなかったその音色の鋭さに、私はたじろぐ。毎日牢に食事を運んでやっていた綺麗な顔の囚人の、意外な過去を聞かされたみたいな気分になる。

 

 物を言わずとも雄弁に語る絵ろうそくを手元に置いておくことは、こういう些細だが心惹かれる要素に忌憚なく触れて、観察する楽しみを得ることでもあった。

 そして、いつか炎を灯してみよう、と考える。もちろん蝋燭なのだから。でも、いつになるかは分からない。つけたくなったらつけるだろう。その時は躊躇うことなく、喜びとともに。

「そのうち、あなたに火を灯します」と思いながら、絵の描かれた美しい蝋燭を見つめる。私に見つめられた蝋燭の方も視線の意図を理解して、目が合うたび「そのうち、こいつに火をつけられるのだ」と思っているような気がする。

 会津から持ち帰り、部屋に飾っている蝋燭と所有者の私との関係はそういうもので、なんとなく他人には言いづらいような、秘密めいたやり取りを連想させる感じが、確かにある。