高校3年間で、いわゆる普通科で履修する科目以外にも、何か専門的な分野を重点的に学んでいた……という人の数は想像以上に多い。
そして、周囲にいるそんな人たちの話を聞くのはいつでもおもしろい。
自分の通っていた学校や、在籍していた学科以外の内部の様子はなかなか窺い知ることができないもの。
ひとくちに高等学校といってもそれぞれの特色は千差万別で、情報として把握していても、実際に生徒としてそこで生活してみないと分からないことが数えきれないほどある。
ここでは個人的な振り返りも兼ねて、私が通っていた高校の専門コース(美術系)が一体どんなところだったのか、また、どのような部分が良かったのかを紹介してみようと思う。
残念ながら、母校に存在していた美術コースは既に募集を停止し廃科となっているため、いま同じ志を持つ受験生におすすめすることができないのが心苦しい。
その上で記事の内容が、これから高校で美術を学びたいかもしれない、と考えている誰かの進路選択の参考に少しでもなれば幸いです。
今後どんな道を進もうか決めかねている人も、専門科や専門コースのある学校を視野に入れてみるのは案外悪くないかもしれません。
目次:
はじめに
母校には他にも複数の専門コースが存在した中で、私が在籍していたのは「美術コース」。単位制が採用されていた。月曜日から土曜日までが通学日で、日曜日が休み。
私立高校、かつ所在地は自宅から離れた東京都であり、私にとっては第2志望の学校だった。もうひとつ受験していた第1志望の方(別の県にある)も美術系の科が存在する高校だったのだが、落ちてしまったのでこちらに通うことに。
そのため入学当初は、これからどう過ごしていこうか悩む時間がとても多かった。
けれど、結果的には人生を通して最も楽しく充実していた、といえる3年間になったので、何がどう転ぶのかは本当に予測できない。昔は高校受験の「結果」がずいぶんと重大に思えたのに、時間をかけて考えてみるとそうでもなかったので。
美術コースはいわゆる普通科の科目に加えて、重点的に美術史を学び、絵画や彫刻をはじめとした表現の技法を身につけたり、空間などの環境とかかわる作品の製作やアイデアのプレゼンテーションを実践したりするのが特徴。
コースごとの1学年の人数は30人前後と少なく、3年間を通してクラス替えもなかった。
私にとってはこれがとても良い要素で、毎年教室の顔ぶれが変化することで与えられる無駄なストレスがなく、生活にも課題にも集中できた大きな要因だった気がする。
それぞれの方向性は異なっても、どこかに共通の関心を持つ人間が一堂に会するので、日頃のクラスメイトとの交流も自然と質がよく密度の高いものになったから。
以下で紹介する専門科目は、たとえば現代文や数学などの授業以外に私たちが履修していたものになる。
一年次(造形表現の基礎学習)
入学して最初の年は、美術やデザインの分野から幅広く基本的な事柄を学んだ。
通常の授業がある日以外、特に夏、冬、春の休暇期間にもかなりの量の課題が出され、とにかくそれをこなすので精一杯だった思い出がある。休みの日に休むという感覚がほとんどなかったが、もちろん好きなことを学んでいるわけなので本当に楽しかった。
しかしこの忙しさの中でも、放課後に部活動をしていたクラスメイトは決して少なくなかったのが驚きである。
私はどう考えても課題と両立できないので無所属を選んでいた。まあその分、普通科目の通常授業も美術の課題もきちんとこなして成績を上げてはいたものの、気力も体力も維持するのが大変だった。
基本的にかなり寛容かつ自由な雰囲気だったが、課題の提出に関しては(当たり前だけれど)とても厳しかった。
-
専門科目
《表現技法》
・版画表現Ⅰ~Ⅱ
・レリーフ、立体、クラフト
・アニメーション原理、CG
・写真表現
《基礎造形》
・コンバイン
・コラージュ
・色彩と表現
・アイデアを形にする(進級制作)
《デッサン》
・観察して描く
・イメージを描く(進級制作)
作品制作といった実技だけではなく、科目によって筆記テストもある。
-
行事
《新入生オリエンテーション》
入学直後の4月、早々に一体何をやらされるのかと思えば2泊3日の合宿だった。
ついこの前まで赤の他人で、まだ教室で顔を合わせて間もない人間たちといきなり長時間を一緒に過ごすのか……? いや無理では? と不安に思っていたし、かなり緊張していたのが懐かしい。美術館を訪問したほか、写真の課題をこなした。
実際その3日間では周囲と打ち解けることなどできなかったし、わりと誰と話していても気まずく、これからもっと仲良くなれる展望もあまりなかったのだから笑えてくる。卒業までには皆のことが好きになったし、現在も親しくしているのでなおさらそう感じる。
結局、気持ちがコースとクラスになじむまでは半年以上かかったような。
《研修旅行》
1週間ほどの研修旅行は希望者のみが参加するもので、行先はフランスだった。
これが私にとって記念すべき初めての海外渡航経験だったこともあり、色々なことを印象深く覚えている。卒業後にイギリスの美大に進学したので、当時から国外に興味があったのかとよく聞かれるけれど、高校1年生の時点ではまったくそんなつもりはなかった。ただおもしろかった、とだけ。
研修旅行中はルーブルなどパリの主要な美術館・博物館を巡ったほか、交流のある現地の芸術家のアトリエを訪問して制作風景を見せてもらったり、話を聞いたりして多大な刺激を受けた。
帰って来てからも、自分の足でもっと他の国を見て回りたい、と思うようになったきっかけはこの行事。
二年次(美術表現の基礎)
2年生の頃は、出される課題の量が1年次とは比べ物にならないくらい増えて、毎日目の回るような日々を過ごしていた。それでもいちばん満たされていた期間だったと振り返って思う。
環境に慣れ、分からなかったことは少しずつ分かるようになって、いよいよ同じ教室の人間とも打ち解けてきた頃、良い作品を生み出す友達のことはライバル視していたけれど特に険悪ではなく、何かを作る人間として互いに尊敬できていたのでは。
それから進路に関する話題も多く飛び交うようになっていた。卒業後に芸大や美大へ進学する人、専門学校を選ぶ人、就職する人……もちろん新しく別の分野への興味が出てきてその道を志した人もいる。生徒ごとに異なる目標を見据えて頑張っていた。
私はこの2年の秋から絵画の予備校に通うようになっていた。まだ、国内の美術大学に進学しようかと考えていたのが懐かしい。最終的に別のこともしたくなったので進路は変えた。
-
専門科目
《絵画》
・ドローイング
・風景画
・ミクストメディア
・油絵の基礎技術、表現(進級制作)
《立体造形》
・彫像
・塑像、構成
・アッサンブラージュ
・総合的な立体表現(進級制作)
《造形概論》
・美術、造形とは何か
・絵画表現の流れ、形と色彩
・20世紀の美術、今日の表現
・日本美術、東洋美術
上に挙げたものに加え、選択科目として各々が彫金やファッション、CGなど希望のクラスを選び、年間で2単位を履修する。
-
行事
《壁画制作》
年のはじめに各自がスケッチを提出し、最終的に全員の投票で選ばれたものを原案として、クラスで共同作業をし大規模な壁画を制作した。これは毎年塗り替えられるもので、完成から1年間はその場所に展示されていることになる。
方眼の上に描かれたもとの図案を、そのまま拡大して壁に描くのは想像以上に難しい。何度も近付いては離れて確認するのを繰り返し、部分によっては白く塗り直したり削って剥がしたりしながら、描画と修正を進めていた。
仕様画材が慣れないペンキというのも難儀な要素であった気がする。私は苦手だった。ぼかしをやろうと思うと、複数の筆を同時に使って乾かないうちに色をなじませないといけないので。
《夏季合宿》
これは必須ではなく希望者のみで行われる3日間の合宿で、おそらく10人程度しか参加していなかったと思う。時期が夏休みということもあり、課題の進捗や部活動との兼ね合い、また家でやらなければならないことがある人も多かったが故だろう。
私は単純に、どうしても学校の友達と泊まりで出かけたかった(普通に旅行がしたかった)ので喜んで参加した。
現地(山梨県の方の森)の環境を生かした作品の製作に勤しんだほか、事前に予約しないと見学できない、変わった現代美術館を訪れることができたのが大きな収穫である。
《修学旅行》
修学旅行は兵庫、岡山、広島、香川、そして徳島と、瀬戸内海近辺にある美術館を巡るものだった。ベネッセアートサイト直島の地中美術館とか、大原美術館に大塚国際美術館とか、すばらしい作品を所蔵している場所が他にもいろいろ。
近代遺産(明治時代の倉敷紡績所、現クラボウ)を利用したホテル「倉敷アイビースクエア」にはまたぜひ泊まりたい。
空白の時間がほぼない相当な弾丸スケジュールながら、1週間ほどかけて各地の主要な文化施設を一気に訪問できたのは本当に貴重な機会だったと思う。個人で同じことをしようとするとなかなかこうはいかない。
三年次(美術表現の探求)
卒業制作の計画に大学受験準備など、だんだん忙しさで生徒の目が輝きを失いつつあるのがこの学年。私は鬱々とする期間が長かったし、受験以外にも就職のこととか、皆いろいろと悩んでいたと思う。まあ仕方ない。
実際ははじめに志望した道から逸れたとしても淡々と人生は続いていくし、何をしていても好きなように生きていくのが大変なのは同じなので、あまり極端に根を詰めなくても良かったのではないかと当時を振り返っている。
特に自分の場合は、遠い将来よりもその時やりたいことを優先した方が幸せになれる傾向があるのでなおさら。
授業に関しては実技系も美術史系も、内容をより深められる2年後半~3年がいちばん面白かったし多くを得られた。全力で楽しむ余裕がそんなに無かっただけで。
-
専門科目
《平面表現》
・画家・様式研究
・ドローイング
・風景画
・人物画
《空間表現》
・コンセプトの形成
・環境(場や物)と関わる表現
・身体表現(パフォーマンス)
・インスタレーション
《美術史》
・美術作品の見方、アートジャンル
・古代~中世~ルネサンスの美術
・近代美術
・メディア史とアート
これらの授業と並行して各自で準備を進め、冬休みから本格的に卒業制作に入る。
-
行事
《卒業制作》
高校で学んだことの集大成として作品を制作し、最後に大規模な展示を行う。私は100号サイズの油絵(顔のない自画像)を提出した。
この際、クラスごとに目録として「記念誌」の作成をするのだが、表紙になる絵のアイデアで自分の案が採用されて嬉しかった。
卒業制作を全体的に俯瞰してみて興味深かったのは、入学当初は美術という領域の中でもどこに強い関心を注ぐか、生徒それぞれにまだ曖昧な傾向にあったのが、卒業までには絵画とか彫刻とか、インスタレーションとか、どんな表現を主軸にしたいのかが割とはっきり可視化される部分。
ファッションに惹かれていた人が最終的に彫金をやっていたりとか、美術コースに入学したけれど最終的にデザイン寄りの活動がしたくなったりとか、それらの選択が制限されないので見ていて楽しかったし、自分も好きな表現を自由に追い求めることができて良かった。
校風やカリキュラムが合う・合わないは人により異なるけれど、私はすべてをきちんと決められているよりも余白があった方がありがたいな、と思う。でも、反対に緩すぎると通う意味を感じられないので適度に。卒業してからも、所属する組織に対して求めたい要素はそこだった。
秋の文化祭
さて、1年次から3年次まで、毎年秋に開催される一大行事が秋の文化祭。
個人的な作品や部活動での制作のほかに、美術コースの生徒が取り組んだのは「教室」全体を利用した空間表現。普段、座席を並べて授業を受けている場所を、まったく別のものになるように作り替える課題だった。在学中に手掛ける作品の中で最も大規模なものになる。
文化祭当日には一般の人も含めた鑑賞者を招き、様変わりした教室内で展開する世界を楽しんでもらう。
作業中は段ボールや藁半紙で壁や窓が覆われ、ロッカーがある背後の一角はバックヤードとして木組みで隔離し、通行できるようにしていた。文字通りに教室のすべてを使っているため、その都度片付けるという行為ができないので、美術系の授業だけでなく普通科目の授業も作業中のセットの横で受けることになる。
ペンキによる彩色で本物そっくりに仕上げた岩壁に囲まれ、すっかり変貌した元・教室で英語や倫理などのテストを受ける、という謎の経験はなかなかできないと思う……。
ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー
簡単にまとめてみましたが、実際にはここに記載しきれないほどたくさんのことを学び、いろいろな出来事を経験しました。やはりそれも、専門コースのある高校ならではの優れた環境によるものが大きかったです。
当時、これほど何かに夢中になって取り組める場所に身を置いていたことが今の私を形作っている……といっても過言ではありません。
生きていくうちに自分の関心は刻々と移り変わっていくものの、その都度、高校時代のように寝食も昼夜も忘れて没頭するような気持ちを忘れずにいたいと思います。
もちろん本当にやると健康を損なうので、あくまでも気分だけですけれど。