実は、ポーラ美術館を訪れたのは初めてだった。
建物は天井や一部の壁が透明になっていて、外光をたくさん取り入れるつくりが開放的なだけでなく、そのまわりには遊歩道も設けられている。いろいろな樹木や草花、そして季節ごとの野鳥を楽しめる環境に囲まれた、箱根という環境に溶け込んだ施設だと感じられた。パンフレットに載っている緑の中の写真も良い。
そこで2021年4月4日まで開催されていた企画展は、《Connections ―海を越える憧れ、日本とフランスの150年》と題され、19世紀後半から20世紀初頭にかけて、日本とフランスの二国でどのように文化の交換がなされていたかを美術作品から読み解くものだった。
特に最後の部屋に並んだ、以前から興味を持って鑑賞していた藤田嗣治の作品群は、その前に立つ感慨もひとしお。
日頃から明治大正期の洋館や小説などに心を寄せている人間として、めまぐるしく情勢が変化し技術の発展も著しかった当時を生き、独自の表現を模索していた芸術家たちの軌跡を実際に目で辿るのは、やはり楽しいものなのである。
参考サイト・書籍:
ポーラ美術館(公式サイト)
増補新装 カラー版 西洋美術史(著・高階秀爾)
企画展の作品から
《Connections ―海を越える憧れ、日本とフランスの150年》は、全4章にプロローグとエピローグを加えた6部構成になっている。
1章では1867年、日本が初めて参加した第2回パリ万博が、フランスでジャポニスムの運動が盛り上がる契機になったとの解説があった。美術史を学ぶ過程では特に、それを後の1900年に開催されたパリ万博と混同して覚えてしまいがちなので、改めてそれぞれの何がどう重要だったのかを確認しておくと良いと思う。
ちなみに万国博覧会の始まりは1851年の英国・ロンドンだ。
話を第2回パリ万博の時代へと戻そう。この頃からジャポニスムへ大きな影響を与えたものとして挙げられていたのが、日本の浮世絵版画の存在だった。
後に印象派(なかでも後期印象主義)の芸術家として捉えられたフィンセント・ファン・ゴッホも、代表的な北斎や広重の作品を収集していたのは有名である。彼は浮世絵の構図や色彩をおおいに参考にして要素を取り入れ、自分の表現をより高めていった。
彼の手による上の絵画は《アザミの花》。ゴッホは身をよじるような糸杉と星空を描いたことでも評判だが、これもまたアザミという植物を利用して魅力的な形態がカンヴァスに乗せられており、好きな作品。青の絵の具の色が汚く濁っていないところが良い。
また、この付近に展示されていた同作者の《草むら》はロンドン・ナショナル・ギャラリー収蔵のカニの絵に並んで素敵なものだ! と個人的に感じたものの、なんだか紹介するのがもったいなかったので写真を撮るのをやめておいた(この企画展では一定の条件のもと撮影ができる)。
気になった方にはぜひ実物を鑑賞していただきたい。
20世紀初頭、1912年に日本は大正時代へと突入する。
上のセザンヌの油彩画《砂糖壺、梨とテーブルクロス》は、その頃の日本の画家に影響を与えた一例として紹介されていた。特にその作風へ傾倒していた安井曾太郎の《水浴裸婦》は、ルノワールの《水浴の女》からセザンヌの《4人の水浴の女たち》に続いて展示されていて、その流れを鑑賞者に伝える。
このあたりは、写実主義の先で花開いた印象主義がさらに象徴主義、そして後期印象主義へと枝分かれしてそれぞれに襷をつなぎ、いよいよ絵画表現が現代の領域にさしかかってくるかなり面白い時期なのだ。
特にセザンヌは構図やものの形態のあらわし方において「キュビズム」の先駆者ともいわれており、たとえばジョルジュ・ブラックなどの絵と比べてみるとその理由がよく分かる。
彼の作品が他の、比較的初期の印象主義の作品と大きく異なっている部分は、光の中にあらゆるものの輪郭が溶け込んでいるようなふわふわとした曖昧さがないこと。いっそ、厳格だともいえるかもしれない。
そして、これはアンリ・ルソーの作品。
画面の上には黄昏の空に飛行船と飛行機が浮かんでいて(飛んでいる、よりも浮かんでいると表現したい)、独特の平坦さを感じる魅力的な絵だと思う。複製したように同じ姿勢で同じ正面を向く人物の味わい深さは、鑑賞者が実際に絵の前に立ってみることで、いっそう際立つような気がする。
ルソーは後に紹介するルドンと合わせて、やがて訪れる「シュルレアリスム」の時代を端々で予感させるような作品を数多く残した。
見つめればむせかえるほど濃密なジャングルの緑、草むらから覗く視線、あるいは時間を止めた街や村……。絵画は主に視覚で楽しむものでありながら、彼の絵の静けさの中で耳から音を拾おうとするとき、確実に今いる場所とは違うどこかへの扉が足元に開かれているのだ。
また、彼の生涯から着想を得て書かれた原田マハの小説に、《楽園のカンヴァス》というものがある。
美術作品モチーフの物語を得意とする作家の紡ぐ世界からは、ルソーの絵画はもちろん、彼自身が辿った道への興味と愛の一端に触れられる。
楽しめるミステリー風のフィクションとしておすすめ。
ルドンによって鮮やかに描き出された蝶と花がある。花瓶の表面には東洋風の人物(題によれば日本の戦士らしい)がいて、この画家が抱いていたオリエンタリズムやジャポニスムへの関心がわずかに垣間見えた。
彼はそもそも版画家として活動していただけあって、白と黒で構成される印象的な画面のほか、夢や無意識、目玉など神秘的な主題の選択で人々によく知られている。1890年以降に手掛けるようになった油彩画やパステル画にも雰囲気はそのまま受け継がれたが、華やかなだけでなく、深みを感じる色彩がさらなる領域を開拓した。
あの《キュクロプス》の瞳を見つめてどきどきした経験がある人の数は少なくないはずだ。そのせいかギリシアなど西洋の神話のイメージが先に思い浮かぶルドンの、日本趣味や東洋の宗教(仏教、ヒンドゥー教)との繋がりを改めて認識できたのは、今回の展示で自分にとって良かったところの一つだった。
《アレイ》のコラボメニュー
ポーラ美術館併設のレストランでは、企画展に合わせて用意されていた《日本とフランス – 食のマリアージュ》という限定のコースメニューを楽しんだ。
その名のとおり、日本の食材がフランス料理の技法によって仕上げられたもので、どれもおいしく大満足。
レストランの窓からは小塚山の姿が望める。
前菜のポタージュはゆず、メインディッシュは金柑と、二つとも柑橘系の爽やかな風味が食欲をそそる料理だった。またお腹がすいてきた……。
特に嬉しかったのは、ふだんあまり好んで食べない鴨の肉がとても美味に感じられたこと。調理法や部位によって味はずいぶん変わるのだと当たり前のことを思った。今まで敬遠したけれど、また鴨を使った料理を見かけたら挑戦してみたい気がする。
抹茶のガトーはフォークでそっと割り開くと、あつあつの状態の中身が晒されてアイスクリームとよく合っていた。毎日でも食べたい。自宅にもレストランが併設されていたら良かったのに。
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