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彷徨する自由帖

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もしもずっとお城で暮らせたら:シャーリイ・ジャクスン著《We Have Always Lived in the Castle》より

 

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書籍:

We Have Always Lived in the Castle (English Edition)(Shirley Jackson / Kindle版)

ずっとお城で暮らしてる(著:シャーリイ ジャクスン / 訳:市田泉 / 創元推理文庫)

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 なにも予定のない休日の朝に起きて、まずやることといえば、玄関の扉がきちんと施錠されているかの確認だろう。

 もちろん前日の夜、就寝前にしっかり鍵はかけている。それでも念には念を入れて、間違いなく家の安全が保障されているかどうかを確認してようやく、身を脅かされる心配から解放されのびのびと一日を過ごすことができるわけだ。昔からそう。

 実際に置かれた状況こそ大きく異なるものの、自分がしている行動は、シャーリイ・ジャクスン著「ずっとお城で暮らしてる」に登場するメアリ・キャサリン・ブラックウッドと変わらない。

 最近、この本を原文で読んだ。

 

In the mornings when I awakened I would go at once down the hall to make sure the front door was locked.

 

(Jackson, Shirley. We Have Always Lived in the Castle (p.127). Kindle版)

 

 ある村の古い屋敷で、6年前に起こった一家毒殺事件。砂糖壺の中に混入されていたヒ素が原因となって、晩餐の席についていたブラックウッド家の人間のうち、4人がこの世を去った。

 生き残ったのは3人。長女コンスタンス、その妹メアリ(愛称・メリキャット)、彼女らのおじであるジュリアン。

 コンスタンスは事件発生時、デザートのブラックベリーに砂糖をかけなかったため、無事だった。メアリは何かの罰として夕飯を抜かれていたので、こちらにも影響はなし。ジュリアンに関してはヒ素を口にしたものの辛うじて命を取り留めた。そして彼は現在、車椅子にて生活をしている。とりつかれたように「その晩」の出来事を回想し、執拗に記録しながら。

 

 3人は事件後も村の屋敷に住み続け、世俗から隔絶された毎日を送っており、物語ではその様子がメアリの視点から語られるわけなのだが……。

 明かされることと明かされないこと、またひとりの人間の眼を通して視る世界の歪みと真実とが錯綜し、作品の本文全体が終始なんとも言えない不気味さを醸し出している。

 悪意の込められた村人の視線、言葉に行為、屋敷で暮らす彼女らに干渉しようと試みる他の人間。誰がどんな意図をもって一体なにをしているのか、実際のところはわからない。読者が窺い知れるのは、メアリから得られる情報のみなのだから。

 

Without looking I could see the grinning and the gesturing; I wished they were all dead and I was walking on their bodies.

 

(Jackson, Shirley. We Have Always Lived in the Castle (p.11). Kindle版)

 

 自分たちに迫る変化の兆候や、向けられる害意に対して敏感に反応するメアリ。

 彼女に過剰な共感を抱いてしまうのは、その奇妙な魅力を帯びた語り口ゆえなのか、あるいは私も心から「自宅の不変」を愛する引きこもりであるからなのか。気がつくと、ブラックウッドの屋敷に流れる時間がずっと止まっていて欲しい、と願ってしまっている。それが世間から見て、どれほど不健全なものであってもだ。

 

 何か怖いもの、恐ろしいものから常に遠ざかっていたい。

 己にとって好ましい秩序で支配された世界を、失いたくない。絶対に。

 

 部屋の窓から外を眺めてそう思う機会はことのほか多い。

 自分の穏やかな生活を守るために習慣としている事柄は、そのままメアリの振る舞いに重ねられる。私も、地面になにかを埋めるような気分で靴を履いたり、木になにかを打ち付けて護符にするように腕時計をつけたりする。たまに、特別な効果を持つ言葉を頭のなかで繰り返しもする。いくつかの点で同じなのだ。

 都市部から離れた場所に建つ大きなお屋敷と潤沢な財産、この二つがあれば、ずっとお城で暮らしているような気分で日々を過ごせるかもしれない。有害なものに触れる危険があるときは、出ていかずに家にこもっていればいいと。

 そんな均衡を欠いた「安全」な楽園は、やはり危険であるがゆえに、ひどく魅力的でもある。

 

“I had three magic words,” I said, holding the sweater. “Their names were MELODY GLOUCESTER PEGASUS, and we were safe until they were said out loud.”

 

(Jackson, Shirley. We Have Always Lived in the Castle (p.57). Kindle版)

 

 小説の筋の話に戻ろう。

 この物語の終盤、屋敷に火の手が上がってから一気に湧き出してくる「気味の悪さ」は特筆すべきものだと思う。前半の比ではない。炎の引き起こした混乱に乗じて村人が行った仕打ちも、その後の対応も、板や布で塞いだ建物の隙間から外を覗くメアリとコンスタンスの笑みも。

 私がいちばん面白いと感じたのは村人たちと屋敷の関係性の変化だ。これまで蔑視の対象だったブラックウッド家の生き残りが、まるで、触れたり邪険にしたりすると祟るかのような存在として扱われるようになる。陽が落ちてから玄関先に置かれるバスケット、失礼な子供の振る舞いを謝罪するメモ。

 すべてが、さながら祭壇へのお供え物かなにか。火事の前後で確実に変質した彼女らの存在は、村にとって一体なんなのだろう。荒くれる神か。

 

That night we found on the doorsill a basket of fresh eggs and a note reading, “He didn’t mean it, please.”
(中略)

“Poor strangers,” I said. “They have so much to be afraid of.”
“Well,” Constance said, “I am afraid of spiders.”

 

(Jackson, Shirley. We Have Always Lived in the Castle (p.140-141). Kindle版)

 

 勧善懲悪も問題解決もここにはない。

 中毒性のあるメアリの語りと、著者シャーリイ・ジャクスンの筆運び、そして世界観が、何度も読者をはじめの地点に戻して再びページをめくらせようとしてくる。

 

 砂糖壺に蜘蛛がいたの、と呟くコンスタンスが果たしてどんな表情を浮かべていたのか、私は、間近で実際に見てみたくてしょうがない。従兄弟チャールズの影響を受けて、いちどは外に出ようとした彼女。

 きっと、いまも変わらず可愛いメリキャットと一緒に食卓についている彼女……。