chinorandom

彷徨する自由帖

MENU

清めたり呪ったり - 日本語と英語にある「地面に塩をまく」にまつわる慣用表現の違いについて

※当ブログに投稿された記事には一部、AmazonアソシエイトのリンクやGoogle AdSenseなどの広告・プロモーションが含まれている場合があります。

 

 

 

f:id:chinohirose:20211012023633p:plain

 

 

 葬儀業界の片隅で仕事をしていると、お清めの塩の存在について思いを巡らす機会がたびたびある。現在ではさまざまな理由で、会葬後の参列者に塩を配らない場合も増えているようだが、ひと昔前はより一般的な風習だっただろう。

 死にまつわるものを不浄、穢れとするのは、神道に端を発する考え方がその元。だから基本、神社の敷地内に墓は作らないし、葬儀から帰宅した際にも身を清めるため塩をまく。

 これに限らず、特に物語の中などでは招かれざる客が帰った後に「玄関に塩をまいておきなさい」などと誰かが口にするところが時折描かれる。

 つまり、塩をまくのにはそういう意味合いがあるのだ。

 

 

 加えて葬儀だけでなく、相撲の世界でも塩というものは使われている。

 土俵を清めるほか、神事として祈りを捧げる意味合いも持っていて、葬儀にせよ武道にせよ日本においては「塩」を神聖なものとして用いる場面が少なくない。盛り塩もまた然り。

 

 

 それに関連して、ごく個人的に面白いと感じたことがある。

 つい最近、読んでいる本の中に下の表現が出てきて、以前英語学習中にこの慣用句を学んだ時のことを思い出した。

 

 

"...... He began by assuring me that he had left Hill House because his family objected to living so far out in the country, and ended by saying that in his opinion the house ought to be burned down and the ground sowed with salt. ......"

(「The Haunting of Hill House(丘の屋敷)」シャーリイ・ジャクスン著 Kindle版 位置No.1021)

 

 

 この "sowing with salt" という慣用句。

 全く同じ意味で "salting the earth" の方も普通に使われる。

 そのまま訳すと文字通り「地面に塩をまくこと」になるのだが、これが具体的に何を示しているのか、また何を連想させるのかは、私が思い浮かべたものと大きく異なっていた。

 では具体的にどう違うのだろうか?

 

 

 特に上に例として挙げた文章の場合、ここでの地面に塩をまく理由は「お清め」というよりも、「もう二度とそこに人が住んだり、作物が育ったりしないようにする行為」を指している。

 場合によっては人間にとっての穢れを祓うのではなく、むしろ徹底的に汚染をして使えなくする方向の意味合いだとも解釈できるため、初めて遭遇したときは意外だった。

 検索すると、古代オリエントの地域やローマ帝国において、地面に塩をまく(塩土化する)のは古くから「呪いの儀式」であったという説も登場する。ただし、こうして慣用句になってはいるが、実際にそれが行われていたかどうか明白に証明されていない部分に注意したい。

 その場所から何かを遠ざけるように仕向けるという点においては、葬儀後に穢れを祓うのも、土地を呪詛で覆うのも、案外似ているのかもしれない。

 

 

 英語で書かれた何かを読んでいて sowing with salt / salting the earth の表現に出会ったら、これは「その場所を不毛の地にする」ような意味があるのだと覚えておくと、文章を理解するのに役立つ。 

 

 

 この「塩土化する」の語源がほんとうに呪いであったのか、あるいはまた別の意味を持つ象徴的な風習であったのかは定かではないが……もう少し調べてみると、日本のお清めの塩のように「穢れを祓う」という意識で地面にまかれていた、と判断できそうな例もあるらしい。

 とにかく、食料の保存料や調味料としての価値以外にも、塩が何か特別な効果を私達にもたらすと考えられていたのは、古今東西で共通していると言えそうだ。

 私がしばらく暮らしていたイギリスでは、食事中にテーブルの上で塩をこぼす(spill salt)と縁起が悪いといわれ、その後に悪運や邪気を払うため自分の左肩や風呂に塩をかける俗習もみられた。お清めの塩と被る印象があり、興味深い。

 

 

 最後に余談だが、地面と塩に関係する英語の慣用句には、他にも "be salt of the earth" というものがある。

 ここでの地の塩、とは一体なんだろうか。

 これは世の腐敗を防ぐ、人々の立派なお手本、すなわち鑑になるような人物を指す言葉。もとは新約聖書に登場する言い回しである。

 社会の中で、善良な心がどれほど価値を持つものなのかを、地から採れる貴重な塩にたとえて表現している。

 

 

 "You are the salt of the earth and the light of the world."
「あなたは世人のかがみであり、この世の光です」

 

マタイによる福音書 5章13節~16節

 

 

 やっぱり言葉の世界は面白く、楽しい。