初夏、平日の昼間は江ノ島電鉄に乗って。
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文学館訪問の際、由比ヶ浜駅で下車する前に知っておきたいことがいくつかある。
まず、東京都の駒場公園には、前田本家(旧加賀藩主)の第16代当主であった前田利為の邸宅が残っている。
そして鎌倉の長谷にある前田家の別邸は、もとは第15代当主の前田利嗣が土地を購入し建設した、日本家屋だった。
しかし、明治43年の頃に残念ながら焼失。その後も洋風建築に姿を変え、大正12年の関東大震災では倒壊するなど受難を経験してきたが、立て直された洋館が第16代当主の前田利為によって改築され、現在の姿になった。
昭和11年のことである。
現在の鎌倉文学館はその旧前田侯爵家別邸を利用して、昭和60年に開館した施設なのだ。
3階建てとなっているが、建築基準法によって最上階の一般公開はされていない。また館内の写真撮影は著作権の関係で禁止となっている。
内装や展示物は目で楽しみ、かわりに外から瀟洒な外観を撮って記録に残す。
同じ洋風の館といっても、駒場公園にあるレンガ積みの建物とはまったく趣が異なる。
こちらの鎌倉別邸は蒼瓦の切妻屋根で、その軒の出部分が強く和の雰囲気を醸し出し、落ち着いたクリーム色の外壁は茶室のよう。そこからハーフティンバー様式を踏襲して露出させた柱がヨーロッパの山荘を思わせる、和洋折衷の館。
六角形を半分にしたような細い塔からは誰かが顔を覗かせそうだし、上部が弧を描く縦長の窓はやはり良い。内側からしか見られない円形のステンドグラスは文学館の入館券やパンフレットにも使われている優美なものだ。
他にも館内を歩いていてカーテン越しの陽光をとても心地よく感じられたのは、ひとえにここが別邸として建てられ、前田家の人達が鎌倉の地でゆっくりと過ごすのを前提に設計されたものだからなのだろう。
玄関や暖炉に使用されているものは大理石で、素材が空間の格調高さを引き立てている。
ちなみに三島由紀夫の小説「春の雪」に登場する別荘はこの旧前田侯爵家別邸で、ほかにも今では鎌倉文士と呼ばれる作家のうち永井龍男や小林秀雄が訪れたり、付近には川端康成や吉屋信子が住んでいたことがあったりと、昔から文学に縁の深い建物であったことが伺える。
そもそも鎌倉という土地は近代の文豪にこよなく愛されてきた。
過去に当ブログで紹介したことのある大佛次郎(本名は野尻清彦)も、筆名の由来は鎌倉大仏だ。また敬愛する作家、夏目漱石は、鎌倉の円覚寺で修行に身を投じた経験を「門」に反映している。文学館の敷地には正岡子規の短歌を記した碑が設置されていた。
特別展《作家のきもち》では子規から漱石に送られた封書が展示されていて、それを観賞してからだと特に感慨深かった。彼は漱石がイギリスへと向かう際も、相手を案じる句を詠んで別れの言葉としている。
旧前田侯爵家別邸は、平成12年に国の登録有形文化財となっている。そっと振り向いた煙突から煙が流れていればいいのにと思った。
小規模な薔薇園では見ごろの花々を楽しんだ。
ちなみにこの鎌倉文学館、2023年年3月27日から2027年の3月まで、大規模改修のため4年間というかなり長期間の休館を予定している旨が発表されている。しばらくは建物も展示物も見られなくなってしまうので、足を運ぶのであればお早めに。
改修後に戻ってくる文学館の姿が楽しみ。
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文学館を出て海岸通りの交差点に出ると、そこでこれまた素晴らしい近代建築に出会った。柴崎牛乳本店とあり、柴崎商店さんの公式サイトを参照すると沿革が載っている。明治22年に創業したというから老舗だ。
現在は明治牛乳の販売代理店にもなっている。
創始者の柴咲梅吉さんは、かつて英国の船舶に乗船して数年間各地を見て回り、その先で酪農という産業を知ったとのこと。
この建物は昭和12年以降に完成してから今まで残っている。
正面入口を囲むさりげないレリーフが、心を躍らせた。