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彷徨する自由帖

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必要以上に残酷な気持ちになるとき

 

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 やさしいひとの笑顔について

 

 

 

 机に頬杖をついて瞼を閉じ、足先から床へと沈み込んでいきそうな感覚に溺れながら心中で呟く。

 私は別に、あなた個人のことが嫌いなのではなく、どうしてもこの世界を好きになれないだけなのだと。

 

 だから時折、ひどく残酷な気持ちになる。傷つけたいとも思う。目の前の柔らかな笑顔が世界の側から危害を加えられてしまう前に、自分自身の手で気の済むまで打ち据えてやりたい、そうして心の底から理解をさせたい、と渇望してしまう。

 

 この世界は、あなたが思っているほど良い場所じゃないんだよって。

 

 

 底抜けに明るかったり能天気だったりするひとは、鬱陶しくて嫌い。それから空虚な慰めの言葉も、嫌い。存在からしてこの上なく嫌いなはずだと、頑なに信じていた。

 単純に疑問だったのだ。だって、そうだろう。

 あなたのその楽観をもって、いったい誰を、また何を救えるというの? どうして個人的な実感を他人に押し付けてくるの?

 

 そんな風に尋ねてみたかったのかもしれない。

 

 

 私はどんな問題に対しても真剣に悩み、頭を抱える性質の人間で、近しい人間の発する無責任な励ましに対してはいつだって「根拠」を求めた。

 誰かが大丈夫だと言う。

 では、具体的に何が大丈夫なのか。それからどのような理由や要因で、この最悪な状況が好転すると判断しているのか。知りたいのはそこだ。でも大抵の場合はきちんとした答えが返ってくることもなく、ぬるく暢気な笑いと、困ったような眼差しが遠慮がちに差し出されるだけ。

 

 確かに、あなたは他のひととはまったく違ったけれど、やっぱり納得がいかなかった。

 

 そんなに考え込まなくてもいつかは何とかなる。大丈夫。

 狭くて薄暗い部屋で、ひたすらに髪を乱して転げまわっていた私へ、受話器を通して頻繁に告げたひと。それは対面でも変わらなかった。

 抱えていた問題の数々はその後もぜんぜん解決しなかったから、やはり楽観的な精神論だけでは現実に敵わなかったでしょう、と力のかぎり罵りたい気持ちで一杯なのだけれど。もう目の前にはいないから何もできない。

 

 こちらがぐっと細めた視線の先で、人がよさそうな顔の眉を下げて八の字にするのがひたすらに腹立たしくて。私が涙を流すはずの場面で相手まで泣いているのが不可解で。

 それなのに一挙一動から圧倒的な優しさと温かさが伝わってくると、心身がいつもおかしくなってしまうし、相手を「どうにか」したくもなってしまう。

 

 もちろん万人にというわけにはいかないのだろうが、周囲を取り巻く縁のある人間に対してほとんど無償で捧げられる親切心、気遣い、同情の数々。

 そんな人柄の一端に触れるたび思う。

 この世界は、あなたのような人間が生きていくのには向かない。絶対に損をする。邪悪な人間に騙され、いいように使われる。

 にもかかわらず今後もそのままでいるつもりなのかと、いつも気を抜けば詰問しそうになっていた。

 

 

 やさしい笑顔を前にして、必要以上に残酷な気持ちになる。

 

 にわかに呼吸が乱れ、重たくなる頭に反して身体が妙に軽くなり、そっと握られた手を思い切り振り払いたくなる。暇さえあれば研いでいる言葉の刃を鞘から抜いて、そのひとが最も嫌がりそうな、悲しみそうな表現だけを厳選し、切りつけたくなるのだ。武装している私に対して防御をしようともしないから。

 どうして?

 なぜ、避けられるはずの痛みを避けようとしないのだろう?

 それが、わからない。

 無抵抗の相手を打ちのめして、私はあなたが思うような評価に値する人間じゃない、そして、この世界はあなたみたいな人間が生きるのに向いた場所じゃない、ぜんぜん、素晴らしいところなんかじゃない!  って刻みつけるように切り傷を増やす。

 

 最後は地面の穴に動かなくなった身体を放り込んで、埋めるのだ。

 

 でも……でも、そうしたところで私の溜飲は一切下がらないし、生とともに長く続く苦しみも消えないのはわかっている。だから実行に移すことはないけれど、相手の胸に不可視の刃を深々と突き立てる幻想だけは、心から去ってくれそうもない。

 そのひとはたぶん、何があっても変わらず「大丈夫だからね」と微笑んでいるのだろう。

 

 いたたまれなくなるほど清らかな眼差しで。