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彷徨する自由帖

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日帰り滋賀県・近江八幡散策(1) 旧八幡郵便局 - W・M・ヴォーリズの設計した大正時代の建築

 

 

 

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 個人的に、首都圏から日帰り旅行をしようと考えた時に検討できる範囲は、だいたい片道3時間程度の距離にある場所まで。

 電車やバス、飛行機、船など移動手段は限定せず、夜は日付をまたぐ前に余裕を持って帰宅できれば良いと思っている。

 

 最近はそんな条件を設定して、仮に休日が1日しかなくても、旅行(主な目的は街歩き・近代の洋館めぐり)を楽しめるところをかなり熱心にリストアップしていた。行程が弾丸なので人は誘わず、ひとりで行くのを前提にして。

 そうして白羽の矢が立ったのが、滋賀県の近江八幡だった。ここには興味深い建物がたくさんある。著名なものも、あまり知られていないものも。

 

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 近江八幡を訪れるには、まず東海道・山陽新幹線に乗って米原駅か京都駅のどちらかで降りる。そうしたらJR東海道本線(通称・琵琶湖線と呼ばれている区間)に乗車し、近江八幡駅に着くまで、数駅分電車に揺られる……それだけなので非常に簡単だ。

 駅北口を出て20分ほど歩くと、やがて町並み保存地区や洋館群、堀が見えてきて、これから夕方までどんな風に過ごそうかとわくわくさせられた。

 何ということのない路地や家にも、関東地方や他の県では確認できない特徴があって面白い。これも後に記載しようと思う。

 

 ブログでの散策の振り返りは、近江八幡に縁を持つ建築家であり実業家でもあった人物、ウィリアム・メレル・ヴォーリズの辿った軌跡や彼の手がけた建築に関するものから始める。

 それから他の洋風建築、かかわりの深い近江商人の存在にも順に言及してみたい。

 

参考サイト:

(一社)近江八幡観光物産協会

 

旧八幡郵便局

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 この建物のある「仲屋町通り」は「すわいちょうどおり」と読む。

 歩いていると出会うのは、決して派手ではないが堂々とした堅実な印象のファサード。郵便局の機能にふさわしい外観だと思うし、設計者の気質のようなものも反映されているみたいで、好感が持てた。

 大正10年竣工の旧八幡郵便局。

 玄関部分は一度取り壊されてしまったが、平成16年に当時の外観を再現する形で復元が行われ、現在に至っている。1階部分ではその再生保存活動を行う「一粒の会」により、小さなカフェも設けられていた。内装にはどこかの銀行か、駅舎の待合室も連想させる穏やかな雰囲気が漂っている。

 宙に浮いたような照明の球に、こちらの気分まで熱に浮かされた。近代建築の魅力に触れるとくらくらする。

 

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 館内には古い書類の棚に電話、椅子、それからピアノがあった。静けさの中にそれらの発する音なき音が聞こえてくる。音が振動として空気を震わせたあと、壁に染み込んでいって永劫にその場所に残るせいだろう。

 旧八幡郵便局を設計したのは、米国で生まれ、後に日本国籍を取得したウィリアム・メレル・ヴォーリズ。明治38年に英語教師として来日、生涯を通し建築家や伝道者として熱心に活動した人物だ。

 近江八幡の地をこよなく愛したことで知られ、あの「メンターム」で有名な近江兄弟社の創業に携わったのも彼である。次の記事では街の洋館群と一緒に彼の経歴にも言及したい。

 この郵便局の建物は、管理に手間と資金を要する難しさから一時期空き家となっていて、前述した「一粒の会」により平成9年から保存と一般公開を目指した活動が開始された。残存する資料が乏しい中、写真などを参考にして当時に近づけた外観が蘇ったのだった。

 

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 現在は誰でも自由に入り口に面した内部空間を見学できるようになっている。また、特定の公開日には2階を覗くことができたり、そこで展示を見たりすることもできるようす。

 仮に公開日ではなくとも、横の駐車場から建物の裏側に回り、階段までは上ることができる。壁のタイルや曇ったガラスの色、井戸などに強く惹きつけられた。きっと、秋雨の日がこの建物には似合う。

 壁に埋め込まれた階段の手すりは周囲の時間をも止める佇まいだ。

 殊更に印象深く、そして意外な喜びでもあったのは、東京都・成城学園駅付近に建つ旧山田家住宅で確認したものと似た形のドアノブに遭遇できたこと。握り玉の部分にそれは綺麗な石があしらわれた製品。まるで、美しいものの影が閉じ込められているみたいな。

 

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 山田邸の家具類は米国から取り寄せたものだし、もしかしたらヴォーリズが用いたこれらのドアノブも同じ店に依頼した製品かもしれない。透明なクリスタルのものとは一味違う、珍しい紫水晶は郵便局の局長室のドアに取り付けられていた。

 これを綺麗だと少しでも感じたら、たちまち心のひと欠片はその透明な身体の内に取り込まれて、輝きの一部になる。そうして魅力を増した石に視線を奪われて、誰もがその表面に指先で触れずにはいられない。

 皮膚越しの紫水晶は硬く冷たく、ゆえに熱さにも似た鋭さを感じた。寒い冬の空気にすっかり冷やされていたのだろう。おとなしく、手を引っ込める。

 壁に開けられたアーチの下をくぐって玄関から外に出ると、その外観にまた別のアーチを見つけて、曲線を目でなぞった。他の洋館、たとえば神奈川県・平塚にある旧横浜ゴム平塚製造所記念館でも類似の意匠を見かけたと思い出しながら。

 

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 窓にそっと差し掛けられた傘か、おしゃれな帽子のような。建物最上部の飾り(メダイオンかカルトゥーシュ風の)を支えているようにも思える。

 アーチ下の半円部分は近代建築でよく出会うファンライトの窓ではなく、ハーフティンバーの家のように、木枠を露出させた意匠にしてある。ごつごつとした壁に埋まり、木材はまどろんでいた。柔らかな陽に照らされて。

 ガラスの窓は時代を越えて幾人の顔を、また幾つの空の色を映してきただろうか。わずかな歪みが本物の水面のように揺らぐ。

 

 近江八幡に足を踏み入れてから、はじめて見学した近代建築がこのヴォーリズ作品であり、かつては手紙や小包を通して人々の想いを繋げる役割を持っていた施設の痕跡だった。

 

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 近江八幡の散策記録は次の記事に続きます。