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彷徨する自由帖

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ネギ、葱、禰宜

 

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 昔は外で「ネギ坊主」を見かけるたび、単なる野菜ではなく何か特別な、魔法の植物だと思っていた。そもそも、彼らがネギだということすら知らなかった。

 

 畑のうねに沿って細長い緑の首が並び、先端にやわらかそうな白い花をつけている。近寄って吹けば、コロッと上から落ちてしまいそうなほど大きい。

 あの応援団のポンポンを連想させる部分は、きっと太陽が山の向こうに沈んだ後、ひそかに光りはじめる……祭りの提灯のように。いや、あるいは朝一番に根元から切り取られて、昼前にはどこぞの事件現場へと運ばれ、先端に付着している白い粉を指紋の検出に使うのかもしれない。

 そんな想像は尽きない。

 

 家の周囲には畑が多かったから、季節という概念を希薄にしか持っていなかった幼い頃の自分でも、ネギ坊主が顔を出し始めると毎年の時間の推移を感じたものだ。

 あれがいつも食べているネギの別の形態で、丸い部分は小さな花の集積なのだとはっきり認識してからも、光るネギ坊主を片手に狭い洞窟を探索する幻想は、いまだ心の内側にとどまり続ける。

 

 手元にある岩波国語辞典 第七版で「ねぎ」を引いた。

 てっきり、野菜の「ねぎ」と「ねぎぼうず」の項目は隣り合っているものとばかり考えていたが、そこにもう一つの「ねぎ(禰宜)」が挟まっている。

ねぎ【禰宜】
神職の位の一つ。神主の下の役。また広く、神職。
▷祈る意の古語「ねぐ」の連用形から。

『岩波 国語辞典(第七版)』(2010)岩波書店

 と、いうことらしい。

 いま私の頭の中では、神社の敷地内でネギとネギ坊主をそれぞれの手に持った人間が、音も立てずしめやかに舞っている。一体どんな祈りを捧げているのだろうか。その周囲にはほんのりと、食欲をそそるネギの香りが漂っているに違いない。

 また余談だが、建築物や装飾における擬宝珠のついた柱を葱台(そうだい)と呼ぶことがあるのは、形がネギの花に類似しているからなのだそうだ。

 

 

 私は、買い物袋やトートバッグからひょっこりと頭を出す、長ネギの外観が大好きだ。自転車のカゴに入れられているとなお良い。ほんとうに、異様なくらい好き。その様相が一種のアンテナのように見えるからかもしれない。

 白い根元からいくつかに分かれた緑の、空洞になった筒状の葉が何かを受信したり、発信したりする。スーパーマーケットから出てくる人々の脇に抱えられた袋、そこから飛び出た長ネギは、大気から養分を吸い上げて他の個体と通信をしている。

 彼らがどんな情報をやり取りしているのかは、人間の私たちには予想もつかない。

 当事者のネギたちにしか分からない。

 

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