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彷徨する自由帖

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滝の音が響く瀋秀園(しんしゅうえん):大師公園の片隅にある中国式自然山水庭園

 

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参考サイト:

川崎大師Webサイト

大師公園(公式サイト)

 先日、川崎大師の方へと足を伸ばした。

 外出自粛の影響で人気のない参道を歩いていると、両脇に並ぶ塩飴や煎餅の店から呼び込みの声をかけられるのが、非常に気まずい。なぜなら周囲に誰も居ないので視線をまけず、逃げられないからだ。仕方なく愛想笑いを浮かべてうつむきがちに通り過ぎる。そうして辿り着いた大山門の先には、静かな境内が広がっていたので、ほっとした。

 川崎大師は真言宗智山派に属し、ご本尊として厄除弘法大師をお祀りしている寺だ。今回ここに来たのは、敷地内にある五重塔を視界に収めたいと思ったから。そして、その後に大師公園の片隅を占める、瀋秀園という中国庭園を覗いてみたかったからだった。とりあえず前者を見てみよう。

 竣工昭和59年。川崎大師の五重塔は八角形で、赤い色をしている。普段は門戸が閉ざされているが日によっては拝観できるらしい。そもそも五重塔が何なのか、以前は全く興味を持っていなかったものだから、この構造が五大の思想を体現するものなのだとつい最近知った。

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五重塔

 地表部分から数えて地、水、火、風、そして空。もとは古代インドにおいて仏舎利を納める塔、ストゥーパから発展したとされ、主に祈りを捧げるための象徴としての役割を果たす。窓や欄干のようなものも設けられているが大抵は飾りで、その点ではフォリーにも似ているのかもしれなかった。きっと存在していることが重要なのだ。

 近くから眺めれば優美な八角の屋根の広がりが。そして遠くからなら、金色に輝く相輪の連なりが見える。しばらくの間、心地の良い造形を楽しんだ。

瀋秀園

 今度は寺の境内から10分ほど歩くと大師公園が見えてくる。その南東側、野球場やテニスコートから切り離された静かなエリアにあるのが、瀋秀園だった。周囲は小さな漏窓をそなえた隔壁に囲まれており、外からも僅かにその様子が伺える。

 入り口には白い綺麗な二体の獅子がいて、物も言わずに黙って前を見つめていた。

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 瀋秀園は、川崎の姉妹都市である中国の瀋陽市にちなみ、昭和62年に造られた。多くのものが現地から寄贈されており、上の獅子像も、釉薬の美しい瑠璃瓦や木組みなどもそのうちの一つ。本場の素材で構成された中国庭園は、小さいながらも尽きない魅力をたたえている。その昔、理想郷をこの世に顕現させようとした先人たちの想いに連なるものを感じた。

 早速、垂花門と呼ばれるところから内部へ足を踏み入れてみる。

 門をくぐるとき上を仰ぐと、美麗に彩色され、文様の描かれた木が複雑に入り組んでいるのが分かった。よく目を凝らせば鳥や花、人々の織りなす世界の子細が徐々に見えてきて、湯呑みや皿に施された柄を連想する。橙色の瑠璃瓦も近寄ってみると殊更に輝きを増しているようだ。

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 そもそも瑠璃瓦は皇帝など、位の高い人間のおわす住居にしか本来は使われていなかったというから、視界から受ける格調高い印象もきっとそれに起因するものなのだろう。瀋秀園全体で、その枚数は4万枚以上になる。

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 続いて門からすぐの空間、正方形に近い領域の中央に幾つかの奇岩が身を寄せ合っていた。太湖石と呼ばれる石灰岩で、中国にある同名の湖から切り出される。ところどころ穴が開いていて風情があった。表面が滑らかできめの細かい石は、思わず触りたくなるような良さがある。

 ここから左右に伸びる通路のどちらか、あるいは正面に位置する亭へと出てみるか少し迷って、後者の方を選んだ。

 庭園を一望できる屋根付きの空間は知春亭というそうだ。垂花門に類似した天井の柄は「春」の風景で、たとえ此処が冬に雪深く閉ざされたとしても変わらず、花のほころぶ季節を伝える意匠になっている。黄色い蝶もいた。

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 眼前の大きな池の名は秀湖、湖面に矩形を描く橋の種類は九曲橋。ジグザグに曲がる橋の描く軌跡を辿れば変化する景色を楽しめる。

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 赤い、たおやかな細さの柱が並ぶ廊下を進んでいった。

 先にあるのは藕香榭(ぐうこうしゃ)と名付けられた一角で、正面に蓮の集う小島を設けた爽やかな亭だ。ひとつ前の知春亭とも共通点が多いが、異なるのは「夏」を想起させる絵柄が天井に描かれている部分。白い石の欄干や片側の太鼓橋に心が躍る。

 夏を控えた庭園は緑に包まれていて、梅雨空の続く中で珍しく差し込んだ陽光を一杯に受け止めていた。

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 敷地内に足を踏み入れてから絶えず聴こえていた滝の音が、徐々に近づいてくる。

 緩やかな階段を上って、その先に大きな反りを持つ屋根が見えてきたら、そこが庭園内で一番高台にある場所だ。空中の浮島のような亭は攬翠亭という。

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 天井の画の詳細は不明だが、断崖の上の建物のようなものや、水面には花のようなものも見られる。細工の施された木の飾りが果実のようにぶら下がっていた。それぞれの訪問者は欄干の脇に立ち、この小さな理想郷を眺めて、一体どんなことを考えるのだろうか。

 ここから階段を下れば瀋秀園をぐるりと一周したことになる。

 再び隔壁を越えてもと居た場所へ戻るのが非常に億劫だが、そうしなければならない。私は庭園が好きだ。内部を永劫に歩き回りながら、今まで犯した過ちやこれから遭遇する艱難辛苦を葬り去って、別の世界へずっと意識を飛ばしていたかった。

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関連:

 なんとなく慶国の王宮、堯天の金波宮にも、瀋秀園に似た一角があるんじゃないか……と勝手に思っている筆者でした。陽子や景麒たちが、政務の合間にくつろげる時間をちゃんと持てていれば良いな。