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彷徨する自由帖

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現時点で自分には価値がないことを認め、受け入れる|自己肯定感を捨てて

 

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諦念

 人間はただ生きているだけで、そこに存在しているだけで価値がある――なんてものは嘘も嘘、大嘘だ。それは、世の人間のうちほんの数%が享受できる特権であって、残りの大多数は適切な努力をしなければ、同じ土俵にすら上がれない。確かに生きているだけで、存在しているだけで、意味や価値を生み出せる人は少なからずいるけれど、それは自分じゃない。特筆すべきことが何もなければ、居ても居なくても同じなのだ。

 私は、本当に愚かだった。大きな勘違いをしていたんだろう。自分は自分らしく生きていても受け入れられる、人間としてそれだけの価値があると思い込んで、いろいろな選択をしてきた。頑張る自分のことが好きだと標榜しながら、必死に歩んできたつもりだった。

 その後には何も残らなかった。

 昨今、巷には「ありのまま教」とその信者が溢れかえっている。教祖たちは集まった人々に向かって、たとえ大きく欠落していても、できないことが多すぎても、無理に頑張らなくてもいい、と説く。そして最後には、等身大の自分を好きになろう、自信を持とう、自己肯定感を上げようと高らかに謳いあげるのだ。鬱陶しいと思う。目に見える実績がなく、中身もスカスカなのに、自信だけがご立派な状態ほど惨めなものはない。

 こういった言説が流行する背景には、現時点で何も生み出せず、誰にも選ばれない自分自身を肯定したいと強く願っている人間が、社会に数えきれないほどいる事実があるのだろう。もちろん、その中にはかつての私もしっかりと含まれている。

 「特別なことを何もせず自然体でいる」のが許されるのは、既に個人と社会双方のレベルで自分の価値を確立できている人だけ、という当然の事実から、頑なに目を背けていた。

 たとえ人として瑕疵があったとしても、このままの状態で、受け入れられたい。許されたい。認められたい。選ばれたい。生きていても良いのだと言われたい。

 唯一無二の存在として、愛されたい――。

 残念ながら、その願望が叶えられる時は来ない。努力をし続けない限りは。いつか、この世界に存在するだけの、正当な理由と価値を生み出すことができなければ。ただ自分が自分でいるというだけでは不十分なのだ。

 それに気付くきっかけをくれた人々、つまり私が自分らしく、ありのままの状態で生きることを否定してきた人々には、正直なところ感謝している。大切なことを教えてくれて、ありがとう。彼らに「今のお前に愛される価値などない」とはっきり示されたことで、これから何をすべきなのかがある程度明確になったから。でも、いつか自分が存在価値のある人間になれた暁には、全員をこの手で沈めると決めている。

 過去、何をやっても駄目だと判断され続けたこと。ここにいてもいなくても同じ、むしろいない方が良かったと、必死に頑張った結果に対して評価を下されたこと。それらがあるからこそ、私は今後も絶対に努力をやめない。自他ともに認められる価値を確立できるまでは......。

 私は、努力が足りず、結果を出せない自分自身を肯定しない。

 とは言うものの、宣言したことを実行するのには時間がかかるし、上手くいくことばかりではない。 

 調子の良い時に応援してくれる人、成功している時に声をかけてくれる人、好きだと言ってくれる人は沢山いる。それは数えるのが大変なくらいに。しかし、少し躓いた時、困っている時、事情があって動けない時に助けてくれる人は、その十分の一もいないのだ。戦闘力を上げなければ、淘汰されるだけ。そうするとだんだん疲れてきて、こう思う。

 ――唯一無二のものとして認められ、愛されている人はこんなことを考えなくても良いんだろうな、と。

 想いや努力だけではどうにもできないものがある。でも、自分がそれを言う資格はきっとまだない。

 今の私には、何にも顧みられず、満たされない辛さを吐露したり昇華したりすることができずに、犯罪に手を染める人間の気持ちがとてもよくわかる。それでもなんとか社会生活を送れているのは、単純に幸運だったからに過ぎない。たまたま、苦しみのはけ口が旅行や創作という行為だったから。もしこれがクスリや殺人などの犯罪行為だったら自分は今ここにはいない。けれど、いつ何がきっかけで向こう側に行ってしまうかは全く分からない。

 あなたが大切ですよ、愛していますよ、傍にいますよと言ってくれる存在がいないとは、そういうことだ。人の価値。報道される数々の犯罪者の顔を眺めながら、とても他人事のようには感じられなくて、怖かった。孤独な自分自身のことが。いつどこで限界を迎えて、終わりを始めるのかが予測できないから。

 正直ここ数年は、友人達と話していても劣等感自己嫌悪に苛まれることが以前よりずっと増えた。皆、きちんとした「人間」としての生活を送れているし、その上で他人と建設的な関係を築くことができている。その中で出来が悪いのは私だけで、それが本当に情けない。

 心身の荒廃に比例して、疎かになる生活。電気の端に付いた糸のようなものがあって、何かと目を凝らしたら、絡んだ蜘蛛の糸だった。

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