作中に登場するいくつかの食べ物だけ、過去の記事で紹介していた小説。
原文「Od Magic」から、日本語版「オドの魔法学校」原島文世訳の方に切り替えて再読した。
両親を流行病で失い、弟や恋人にも去られてしまって、孤独を背負う青年ブレンダン。
故郷であるヌミス王国北方の辺境で、植物や動物などの声を聴き暮らしていた彼は、ある日〈オド〉と名乗る女巨人に魔法の才を見出され都のケリオールへと赴く。庭師の仕事がある、と言われて。なかなか都の暮らしに慣れない彼は、ある日、学校の庭で不思議なものを見つけた……。
ブレンダンはその見たことのない植物の正体を求めて、珍しいものが集まる歓楽街《黄昏区》へと赴くも、ある奇術師ティラミンを巡る疑念と事件に巻き込まれ追われてしまう。
そこから、かつて大志を抱いていたが擦り切れてしまっている教師、望まぬ婚約に揺れる姫君、旅の魔術師の娘、そして書類仕事よりも街を歩くのが好きな地区官吏監……と次々に視点が移りかわり、最後に未来を示唆して物語が収束する。
群像劇というのだろうか、こういう形式。好きな人にはとてもおすすめ。
未知の魔法や知識を恐れて徹底した王の管理下に置き、権力側が決めたことしかできないような教育を学校で生徒に施している、ヌミス王国の現状。新しい可能性にも古き力の根源にも近付けないよう、魔術師たちを支配する硬直した社会規範。
それがもたらした歪みや学校設立理念とのずれ、また皆の思惑が深刻になりすぎない筆致で軽やかに描かれている。学園にいる子供たち生徒がほとんど富裕層の出で、例えば教師のヤールなど、かつて西の辺鄙な村で貧しい暮らしを送っていた者に対して好奇の目を向けている様子も興味深い。
そして「妖女サイベルの呼び声」でも見られたような、著者マキリップが織りなす魔法、それ自体の描写が本当に魅力的。ティラミンの娘ミストラルの装いも。
「それは泡と炎と愚者の黄金と、夢の中を飛びゆく鳥から舞い落ちたかのような羽毛からなっていた。ティラミンの助手たちが仮装している混雑した部屋で、顔に白磁の色を、くちびるに血の色をのせる。髪をほどき、暗い雲のような広がりになるまでとかして、きらめく金の粒や宝石、紙製の薔薇のつぼみをいっぱいに散らした。」
(創元推理文庫「オドの魔法学校」(2008) パトリシア・A・マキリップ 原島文世訳 p.105)
あと私が特に好きだったのは、庭園でのブレンダンとヴァローレンの会話。この2人は交流を続ければそれなりに相性の良いタイプだと思うので本編の先の話が読みたくなる。何らかの絆を結んでほしい。
色々な人がいる王宮で過ごし、集団生活の上下関係だとか規則などに敏感に反応するのはヴァローレンだけど、ヒトよりも植物と話す方が得意な一方で、家族や恋人を失った孤独などを確かに知っているのはブレンダンなのよね、という部分も味わい深い。どちらも正反対のベクトルで世間知らずなキャラクター……。
ヴァローレンはあれほど融通の利かない分からず屋な人物造形でありながら、魔法を使って一方的に相手の頭を覗こうとするのは「許しがたいほど不作法」だと理解しているのが正直すごく面白い。そういう感覚はあるんだ、彼。
作中における「靴」というモチーフの使われ方も印象に残る。
靴屋の靴(看板)の下をくぐったヤール、ブレンダン。そして、歩きにくい宝石付きの靴から、それよりも合うブーツがあるとセタに言われて履き物を変えるスーリズ姫。特に後者は、自分の意思で新たな道へと踏み出す彼女にこそふさわしい描写で好きだった。足を守る靴。より、遠くまで行けるようにと願いが込められる。
これらの靴も巨大なティラミンの頭も、そこかしこにフランク・ボーム「オズの魔法使い」を彷彿とさせる要素が散らばっていて楽しいもの。本物の魔法か? あるいは、単なる手品か? という王たちの疑念とともに、読者もレンガの道を辿るがごとく読み進める。
最後にケリオールからスクリガルド山に向けて出立した彼が、どんどん言葉の枠を越えて多種多様なものに姿を変えていくのは圧巻で、あの疾走感が忘れられない。日本語訳が絶版になって久しいけれど、再評価されてまた広まってほしい1冊。