原題にある"Something Wicked"……何か邪悪なもの、というのはシェイクスピアの作品「マクベス」からの引用。では、作中で移動遊園地と共にやってきたそれらは、その邪悪さで一体何をおびやかし、害をなすのか?
善良な心、人の世の善なるもの、教会での真摯な祈り。
そういうものを冒涜し腐してしまうのが、邪悪なカーニヴァルだった。
ブラッドベリは幼少期から、遊園地や道化師がもたらすイメージを恐れつつ、心の一部を囚われてきた。
怪しげな存在に翻弄される2人の少年・ジムとウィルはある意味で著者の分身ともいえる。そして、高齢で結婚して息子をもうけたウィルの父、チャールズも……。
なんとなく「父の役割」「母の役割」が分割されているふしのある言い回しは古めかしいが、作品にはそれを補って余りある魅力があった(単純に、私が遊園地モチーフを好んでいるからというのも無論、ある)。
ぐっとくるのは、さりげなくだがしっかりと描かれている図書館や書物への信頼。そして、恐ろしい〈塵の魔女〉を前にしながら「きさまは滑稽だ!」と笑い飛ばす強さ。
「人生とはつまるところ途方もない大きさの悪戯」だと彼は思う。
それは決して投げやりな諦念ではなく、窮地から彼を救う。
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約500文字
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