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彷徨する自由帖

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黒い獣・魔法の系譜・姿を変える者たちの変奏 - パトリシア・A・マキリップの小説から

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 先日読み終わった3部作「イルスの竪琴 (The Riddle-Master trilogy)」の余韻に浸りながら、さらにこれまで読んだ作品との関連も含めて、パトリシア・マキリップの描く物語に繰り返し登場するいくつかの要素を考えていた。

 特に「妖女サイベルの呼び声」と「オドの魔法学校」を並べてみながら……。

 

 

 なかでも「妖女サイベル~」に登場した魔術師ミスランが、自分は過去に多くの異なる名前をその都度名乗り、色々な世界で強力な支配者たちに仕えてきた、と述べる場面がある。

 原著の "in many worlds" という表現は単なる比喩かもしれないし、もしかしたら本当に境界線を越えて、文字通りに数々の並行世界(パラレルワールド)を渡り歩いてきたのかもしれない。それから他に、竪琴弾きのように叙事詩を歌うことのできる白い猪・サイリンが言及する "The Riddle-Master(謎解き博士)" という言葉も、「イルスの竪琴」3部作で重要な肩書きとしてよく登場する。これはどちらも同じ性質の存在を指してそう呼んでいるのかどうか。

 エルドウォルドの外に出て先へ進み続けたら、もしかしたらケイスナルドのある大陸に行き当たるかもしれないし、あるいは両者は同じ世界に存在せず、決して交わることはない関係にあるのかもしれない。

 私はマキリップの作品を読んでいて(もちろん、彼女の作品に限った話ではないのだけれど)複数の共通点を持つモチーフや登場人物、出来事などに出会うたび、それは「とあるひとつの物語が枝分かれした結果として生まれたもの」であるように感じる瞬間がよくあった。もしくは、同じ世界を舞台にした異なる時代の話が語られているのであったり、特定の場所で起こったはずのことや起らなかったはずのことが、別の作品として描かれていたりするのではないか……というような。

 なかでも印象的だったところや、同じテーマの変奏として対比できそうな要素について。

 

※以下では物語の内容や結末にも言及しています。重大なネタバレの数々に注意してね。

 

 

  • 黒い獣

 

「昔、ヘルンの山の中に、ひとりの女が住んでいた。名前をアルヤといい、さまざまな獣たちを集めていっしょに暮らしていた。ある日彼女は、名前のわからない小さくて黒い獣を見つけた。彼女はそれを家へ連れて帰り、餌をやり、よく世話をした。獣は大きくなった。どんどん大きくなった。」

 

(創元推理文庫『風の竪琴弾き』(2011) P・A・マキリップ 脇明子訳 p.86)

 

 なんだかどこかで聞いたことのある話。

 エルド山に住んで獣たちと暮らしていたサイベルと、あるとき忽然とやって来たロマルブ(ブラモア)の関係を思い出す。それは初め、光る眼を持つ黒い影だった。召喚していないと戸惑うサイベルに対し、ブラモアは確かに呼ばれて姿を現したのだと言い、さらには「ただおまえの恐れを知らぬ心、勇敢さ(your fearlessness)のみ必要とする」……と告げた。

 サイベルは最後に己を知ることでブラモアの真の名をも掌握し、美しきライラレンの背に乗って飛翔することができたけれど、この「イルス」の物語世界におけるアルヤはそうではなかったようだ。

 

「あの結末は、聞かせてもらってないわ」

(中略)

「アルヤは恐怖のあまり死んでしまったんだ」

 

(創元推理文庫『風の竪琴弾き』(2011) P・A・マキリップ 脇明子訳 p.234)

 

 こちらの逸話だと、ヘルンのアルヤが四六時中つきまとわれて自由を失い、恐怖に飲み込まれて死んだ後、その名を持たぬ黒い獣は非常に嘆き悲しんだとされる。獣の泣き叫ぶ声は7日7晩のあいだ途切れることなく、最後には獣も、亡くなった彼女の跡を追うようにして死んでしまったという。意味深長なこと。

 これをモルゴンがレーデルルに対して語った場面がまた示唆的というか、己の身に流れる変身術者の血と能力を恐れ、向き合うことを拒絶していた者に対してこの謎がかけられたのだとすれば、そのひとつの答えは自分の内にある何かを見据え、対峙することになるだろう。

 けれどやはり尻込みさせられるのは、同じくサイベルの物語の中で語られた別の逸話が存在するから。「巨人グロフは礫を片眼に喰らったが、その眼は裏返り、彼の心の中を見た。グロフはそこに見たものが原因で絶命したのだ」……きっと過去、ブラモアにより命を落とした者たちも。

 外敵はともかく、己が身の内にあるものからは逃げることができない。

 

 

 

 

  • 魔法の系譜

 

「イルスの竪琴」のレーデルルと「オドの魔法学校」のスーリズは共通点を多く持つキャラクター。

 2人とも一国の姫で、兄がおり、過去に母を亡くしている。そして王である父は妻に先立たれた悲しみが長く尾を引き、また生来の気難しさもあってかあまり子供たちの話を聞いてくれない。境遇はこんなに似ているのに、彼女たちが経験するものは随分と異なる。加えて重要になってくるのは、どちらも魔法の素養を持っているということ……。

 レーデルルは王家の血に混じった魔女マディルの力と、変身術者イロンの能力。スーリズの場合は曾祖母のディッタニーが故郷で習得した魔法と、物語後半でミストラルから教えられたもの、など。

 彼女たちは2人とも自分の力をどう扱うべきか考えあぐねていて、師を求めたり、図らずも結果的に誰かを(ある意味での)師として持つことになるなどしながら行動を起こしていた。そして、魔法は受け継がれていく。

 

‘No, I don’t,’ Sulys said hollowly. ‘I need a friend. But you can’t make friends with someone who doesn’t even see you when you’re under his nose talking to him. You’d think a wizard would be more observant.’

 

(McKillip, Patricia A.《Od Magic (English Edition)》p.143 Orion Kindle版)

 

 スーリズは、ヌミス王国では警戒される類の魔法の力について分かってくれる者(間違ってもヴァローレンではない)を求め、本物の魔法を使うと噂の旅の大道芸人・ティラミンの噂に惹かれた。そうして歓楽街〈黄昏区〉までわざわざ出ていくことになったのだった。

 一方レーデルルは母と友人だったアン国の豚飼い、自分と同じく魔女マディルの血を引くとされるナンに度々会いに行っては会話をしたり、草の編み方を教えてもらったりしていたが、実のところ「能力」の面ではとある変身術者とのやり取りがあまりに印象的だったので忘れられない。

 エリエル・イムリスを殺してその立場を乗っ取った者。ダナン・アイシグの館の一室で、レーデルルの前に姿を現した。

 

「どうしてあなたは私にこんなことを教えたがるの? どうして私のことを気にかけるの?」

(中略)

「理由はありませぬ。興味を持っただけのことです」

 

(創元推理文庫『海と炎の娘』(2011) P・A・マキリップ 脇明子訳 p.175)

 

 偽エリエルは、彼女の能力を「相当な力」だと告げて講釈をし、実際にその扱い方の一端を示してみせもする。炎から白い蜘蛛の糸を引き出し、象牙に、星々に、また貝殻に変え……意のままに操って見せた。

 それを眺めていたレーデルルの胸に湧く、その火についての知識を自分もまた得たいという、明確な欲求。力を志向する意識。私は何者なのか、に近付きたい気持ちと、世界に対する純粋な好奇心。

 彼女の姿を見ていると、その在り方の変奏が、別作品に登場するスーリズ姫として描かれているように感じてならない。別の過程を辿って婚約者の元に辿り着いた者。「イルスの竪琴」の世界はどちらかというと神話寄りの趣だが、「オドの魔法学校」ではより近現代の文化や人間の生活に則した形の領域で、似た境遇のキャラクターが動き回る。

 果たしてこの条件下ではどんなことが起こるのか、と作者が実験するように。

 

  • 姿を変える者たち

 

 モルゴンによって北の山に封じ込められた大地のあるじたち……すなわち、かつて偉大なる者に反旗を翻した変身術者たち。

 彼らは滅ぼされはしないまでも、北方荒野の手前にあるエーレンスター山に縛り付けられ、すっかり死に絶えるまでそのままの状態にとどまると示唆されている。おそらくは数千年先であっても。「イルスの竪琴」における作中の大陸は、変身術者たちにおびやかされず人間たちの暮らす場所になった。

 ここで「オドの魔法学校」の終盤を思い返す。

 北のスクリガルド山で静かに生息することを望んでいる、はるか昔からヌミスが建国される前の土地にいた、古き存在。好奇心旺盛で言葉を介した理解を必要とせず、興味を抱いたものにならどんな風にも「姿を変えることができた」という……。

 

Long ago, when they lived freely in the land before it became Numis, they took any shape that caught their curiosity, that kindled their wonder. They never knew the words for what they shaped; their magic is that old.

 

(McKillip, Patricia A.《Od Magic (English Edition)》p.304 Orion Kindle版)

 

 北の山に封じ込められた変身術者たちと、迫害を避けるためにこれまた北の山に隠れていた古い存在。いずれも人間がこの土地に居住する前から息づいていた……相似な図形のように重なり合う造形。

 では最も大きな違いは何か、と考えたところで、最終的に勃発した戦の有無に意識を向けることになった。「イルスの竪琴」では第3部でいわば『2度目の戦争』が起こってしまったが、「オドの魔法学校」ではそれが事前に阻止された。ケリオールの王宮で対話と相互理解の場が設けられ、おおむね成功した。

 かつてモルゴンが人間たちのために、危害を加えてこないよう力で縛り、封じるしかなかった「姿を変える者たち」が、後年に発表された物語の中では北方の山から出てきて被迫害の時代に終止符を打った。ここはとても興味深い対比だと思う。

 世界の成り立ちや基盤は異なるけれど、その点では、イルスの世界・時代で出来なかったことがオドの世界に至ってようやく実現できた、と捉えることもできるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

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