chinorandom

彷徨する自由帖

MENU

巡礼者の街カンタベリーにある12世紀の宿泊施設 - イーストブリッジ・ホスピタル|英国南東部ケント州

 

f:id:chinohirose:20210621015020j:plain

チャペル

公式サイト:

Visit the Eastbridge Canterbury, A Place of Hospitality Since 1190

 

 

 ロンドン中心部から東へ90kmほど進んだ場所、ケント州の北東に位置するカンタベリー。

 

f:id:chinohirose:20210621014227j:plain

 

 ジェフリー・チョーサーの手による「カンタベリー物語」で世界中に名を馳せるこの街には、壮麗な大聖堂がある。その源流は6世紀頃にまでさかのぼることができるが、現在のように巡礼地の代表格として知られるようになったきっかけは、間違いなくトマス・ベケットの暗殺事件と後の列聖だ。

 教会と土地をめぐる権利に関して、時の王ヘンリー二世(1133~1189)の怒りを買った大主教トマス・ベケットは、王の部下である四人の騎士の手にかけられた。一説には、実はヘンリー二世がベケットに対して発した言葉は殺害をほのめかすものではなく、部下によって曲解されていただけだと言われることもあり、真相は闇の中だ。

 ともあれ、カンタベリーはトマス・ベケットが聖人として認められてからというもの、実に多くの巡礼者を集めるようになった。

 

 そして噂の大聖堂の入口が、以下の写真。

 

f:id:chinohirose:20210621014308j:plain

 

 通常は参拝者や見学者がここから敷地内に足を踏み入れるのだが、私はそうしなかった。また、ブログ記事のタイトルからも分かるように、これから述べようとしているのは同じ土地にあっても全く別の場所に関する思い出である。

 大聖堂が有名な街にわざわざ行ったのにもかかわらず、どうして大聖堂に入らなかったのだとよく呆れられるし訝しがられもするが、その時は単純に精神的な発作(のようなもの)が出て具合が悪くなってしまっていたわけだから仕方ない。

 周囲をふらふら歩きながらどうしても気分が塞いでしまって、予定よりもだいぶ早いが次の電車でロンドンに帰ろうかと思っていた矢先、その建物に出会った。

 

 有名なユグノーの家が見られる小さな石橋のそば。

 

f:id:chinohirose:20210621014342j:plain

 

 位置としては、ちょうど上の写真から反対側の場所になる。

 開いたままになっているペールグリーンの扉をくぐると、右手には受付らしきもの、そして正面の奥には下へと伸びる細い階段が見えた。受付の人間がどうやら取り込み中のようだったので、ひとまず適当にその辺りを覗かせてもらうことに。

 

 地下の部屋は石積みで、複数の柱が天上のアーチを支えている。入口の扉と同じく全体的にゴシック風の趣がある。後で調べて分かったのだが、小部屋のように区切られている部分は、カンタベリーを訪れた巡礼者たちが眠るためのスペースだったようだ。

 そう、ここは12世紀初頭、ある商人によって作られた宿泊施設。かのトマス・ベケットの墳墓を詣でようと、はるばるやって来た人々のために提供された家だった。

 表のハイ・ストリートにはあれだけの喧騒があったのに、ここはとても静かだ。俗世から遠い。距離、という意味ではなく。

 

 

f:id:chinohirose:20210621015205j:plain

 

 受付の方に戻れば、ようやく受話器を置いた係の人が待っていた。ところで、その隣の椅子に座っているおじいさんは一体どういう役職の方だったのだろうか。謎が多い。

 当時は8月。まだ大学入学の手続きを終わらせる前で、実際に学生証を受け取っていない頃だったから通常の入場料を払おうとしたのだが、細かいことは気にするなと学生料金で通してくれた。確かそれで£2だったと記憶している。

 施設のことも簡単に説明してくれて、おかげで最悪だった精神状態が幾分かマシになった。

 

 ひとつ上の階に登ると、そこはかつてリフェクタリと呼ばれていた空間。すなわち、食堂である。ささやかなステンドグラスと角ばった天井のアーチ、貴重な壁画に囲まれ、カンタベリー大聖堂に関係する説明の掲示を読むことができた。

 脳裏をよぎるのは「カンタベリー物語」に登場する一団。彼らはまさにこの土地へ向かう道すがら、各々の持つ話を同行する巡礼者たちへ順番に披露していったのだ。

 

f:id:chinohirose:20210621015358j:plainf:id:chinohirose:20210621015518j:plain

 

 そして、最上階のチャペルに満ちている空気はあまりに清澄だった。

 真っ先に私の注意を引いたのは天井の構造である。そこにはベル・ケージと呼ばれる部分があって、名前の示すとおり、鐘を吊り下げるために機能したそうだ。木の組まれ方が本当の生き物の骨のようで、ずっと眺めていると首がだんだんと痛くなるが、けっして見飽きることはない。

 本来の用途のほか、学校としても使われていたこのイーストブリッジ・ホスピタルのチャペル。エリザベス朝に活躍した劇作家のクリストファー・マーロウも、ケンブリッジへ向かう前にはここで教育を受けていたとされている。

 

 まるで行き交う人々をガラス越しに見守っているかのような配置の聖母子像に、鳴らないオルガン、出入り口を通った際にのみ揺れるカーテン。想像していた以上にすばらしい雰囲気をもった空間だった。

 わりと長い時間ここに滞在していたのだが、他には訪れる者もない。私もこうしておすすめの見学場所だと紹介したいところ、別段、あまり人間が来なくてもよい場所なのだとも感じる。付近に立ち寄る機会がもしあれば覗いてみるといい。

 

f:id:chinohirose:20210621015848j:plainf:id:chinohirose:20210621020006j:plain

 

 帰り道、川のほとりに咲く花の彩りを楽しみつつ歩いていたらすっかり迷ってしまった。しかしその流れに沿ってきたのだから、今度は逆に辿れば、いずれもと来た場所に戻れるだろうと目星を付けられるのは本当にありがたい。

 

 まったく違う場所にいる今でも、そんな風にして一人、知らない土地をずっと歩き続けているような気がする。永劫に終わらない散歩。

 アンデルセンの童話みたいに、靴が勝手に動き出すわけではないので困りはしないものの、いかんせん足は痛むのである。いつか、木型から自分に合った靴というものを作ってもらいたいような気もするのだが、それこそ何年後になることやらさっぱり見当もつかない。

 

f:id:chinohirose:20210621020059j:plain

f:id:chinohirose:20181124003022j:plain

ヴィクトリア駅

 

 ロンドンからカンタベリーまでは、ヴィクトリア駅から電車に乗るとだいたい1時間~1時間半で到着する。