旧赤線周辺のエリアをぐるぐる散策したあと北側に足を向け、ふたたび旧ロマンス座の建物(現在、その横が「ロマンス座カド」というゲストハウスになっているみたい)がある通りを抜けると、熱海銀座に戻ってくる。
朝の9時半頃でも既に人がおり、それなりに賑わっていた。お昼になったらその数はもっと増えるのだろう。
年季の入った感じの看板が頭上にかかっていて、ここは陽が落ちれば "Atami Ginza" の文字が赤く光り道路を照らすのだった。実のところ、雨の方が夜に見る電光の艶めかしさは増すから、傘を片手に散策するのも決して悪くないのかもしれない。
濡れたアスファルトの地面は、陸地なのに海面にも見える。
熱海銀座には、いつか友達に紹介してもらって以来大好きになったレトロな喫茶店「パインツリー」があり、また周辺にお土産を買える「常盤木羊羹店總本店」があったりと、熱海に赴けば必ずと言っていいほど徘徊するエリアだった。ちなみに羊羹店ではマカロンモナカという商品を買ってみて、最中と羊羹の組み合わせって良い、と思ったのを記憶している。
それで……当時はたしか雨宿りをするのにちょうどいい店を探していて、この「和栗菓子 kiito-生糸-(きいと)」というモンブランのお店に出会ったのだった。
テーブルにつくと、想像以上にきちんとしたこの感じに驚き、同時にわくわくする。全然何も知らずに入ったのでなおさら。
基本的にメインとなるモンブラン(や、モンブランパフェ等)と飲み物とのペアリングで提供される形になっており、私は名取園の抹茶を選んでみた。写真右上に写っているものがその器。他にもコーヒーやアルコール類があるようなので、単純にモンブランとの相性を試してみる目的でも、普段選ばないようなものに手を伸ばしてみたくなる。
加えて、ドリンクとは別に梅昆布茶が提供される。上の写真手前にあるのは、いわゆる「味変」を楽しむためのソースらしい。塩キャラメルとベリーの2種類。一つの和栗菓子を吟味するのに、色々な工夫が用意されているということか……。
ここは、熱海の老舗である「古屋旅館」と、京都におけるモンブランの有名店「和栗専門 紗織」のコラボレーションで営業している店舗だった。
2021年の3月にオープンしているから、同年秋にニューアカオのアートイベントを見学していた時にはもうあったのだ。どちらかというと歴史があったり、ちょっと寂れた感じがしたりするものや界隈に惹かれがちなので、新しい感じの飲食店には全然気がつかなかった。とはいえ、とても美味しそう!
通常サイズのものはかなり大きめと感じたので、ひとまわり小さい「生糸モンブラン・繭」を注文。
少しすると、特製の1mm絞り器で糸を絞り出すところをわざわざ見せてくれる。土台となっているのはサクサクのメレンゲだった。スポンジではなく。その上に、甘くない生クリームが載る。さらに上から和栗のペーストが糸となって折り重なり、ドーム状の菓子を形成していた。元となった栗の種類は「熊本県上益城産の丹沢種と筑波種」……とのこと。
ちなみに同じ熊本県上益城郡産のなかでも「利平栗」のみを用いたモンブランが別に取り扱われていて、そちらは2種類のソースだけでなく、伊豆大島産”海の精”が味変要素としてついてくるらしい。気になった。
ではいざ、完成した「生糸モンブラン・繭」をば。
和栗ペースト部分には生クリームが一切混入されておらず、栗そのものの渋みや風味、香りを楽しめるのが特徴とのこと。確かに濃厚で、外からナイフを差し込むと、その糸がふつりと切れる硬めの感触が伝わってくる。
小さめを注文したはずだけれどこれでも十分どっしりとしていて、各種の味変要素のおかげで飽きずに完食できた。小食の人は多分これでもお腹いっぱいになれる。
当時はただ「とても美味しいモンブランだったなぁ」と思うくらいだったのが、なかなかこの手の方向性、甘さとクリーミーさではなく「栗の感じ」を追求しているモンブランに出会える場所が少なくて(「銀座みゆき館」の和栗モンブランがわりと近いかも?)振り返ると無性に食べたくなってしまうものの一つになった。
日や時間帯によっては行列ができるそうなので、開店前に行ってまず整理券を受け取り、指定の時間になるまで周辺で遊ぶのが個人的におすすめかもしれない。
熱海は散策する場所や見るもの、休憩できる飲食店も沢山あるので、退屈する心配はない。