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彷徨する自由帖

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吸血鬼の館 - 東京都・台東区

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 人ならざる者といってもその内実は多種多様で、例えば住む場所などの要素をひとつ挙げてみても、各々全然違う。

 遠洋に浮かぶ離島が好きなミイラの隠者、あるいは森を流れる細い川のそばに小屋を構えた魚の化身、そして人間の住居を間借りする妖精……未だ発見されていない者たちもきっと沢山いて、十把一絡げにすることは本来できない。けれど便宜上、人と人ならざる者、のふたつに属性を分けて、自分たちと生態が異なる生き物について語る機会が比較的多い気がした。

 ごく個人的な印象として、わざわざ人間の住んでいる都市に居を構えているタイプの彼らは、ちょっと変わった存在だと捉えている。人里離れた奥地に住む者たちは確かに偏屈かもしれないが、わりと(こちらからすると)普通の感覚を持っており、一方好んでヒトの街にやってくるのは酔狂かつ物好きな性格をしているのが少なくない。

 あるとき東京上野を適当に散策していて、それは面白い洋館の前を通りかかった。

 

 

 黒っぽい下見板張りの外壁、欄干がある古風な上げ下げ窓の白く塗られた窓枠、破風のところにあるもうひとつの気になる窓。屋根裏部屋でもあるのだろうか。そして入口上部、まるで林檎のように赤く魅惑的なランプ。夕方にこんなものがぼんやり点灯していたら蛾のごとく引き寄せられてしまう。

 現代的な四角い建物に両脇を挟まれ、ちょっと窮屈そうに、でもそれ以上に堂々と佇んでいるあやしい木造洋館は、明らかに「人間ではない存在が住んでいる館」だった。しかもこんなに目立つ都市のど真ん中、持ち主の人ならざる誰かは、相当な変わり者であることにまず間違いない。

 壁に掲げられた文字を読む。《比留間歯科醫院》……そう、ここは歯医者さんなのだ。昭和4(1929)年の建築だった。けれど人間ではなくて、多分、牙の鋭い獣や吸血鬼など、生活の手段として私達以上に歯を大切にしている者たちが列をなして訪れる歯科医院。大人気で、腕利きの。

 建物の周辺には何らかの魔力が漂っていて、それがこの建物を今ある土地からわずかに切り離し、時間の影響を受けずに存在させているようだった。敷居を跨いだらそこは異界。現代日本の座標から斜めにずれたところ。

 

 

 吸血鬼の歯医者さんは、果たしてどんな診察や治療をするのだろう。

 最近うまく人間の血が吸えなくなって……と相談したら、改めて牙を丁寧に研いでくれるだろうし、特殊な歯ブラシを使った磨き方を教えてくれたり、差し歯の案内をしてくれたりもするはずだった。

 深夜2時、赤いランプの下には明日も行列ができる。