chinorandom

彷徨する自由帖

MENU

ぼんやり米粒の骨を思った - 末廣酒造と蔵喫茶「杏」|福島県・会津若松

※当ブログに投稿された一部の記事には、Amazonアソシエイトのリンクやアフィリエイト広告などのプロモーションが含まれています。

 

 

 

 

 福島は会津若松。JR只見線の七日町駅から徒歩7分程度のところに、末廣酒造がある。

 その「嘉永蔵」を見学した。

 1850(嘉永3)年に創業したことから当時の年号を蔵の名前に冠し、同社の生産拠点が会津美里町の「博士蔵」に移ってからも、日本酒の種類や製造過程を解説してくれる施設として一般に開かれている。ショップもある。

 見学の際はまず中に入って、あらかじめ名簿に名前を書いておくと、1時間ごとに無料で案内してもらえるのだった。一通り解説を受けた最後には試飲もあるので、興味がある人は電車やバスなど、乗用車の運転を避ける形で訪れるのが良い。

 

 

 土間で靴から見学用のスリッパに履き替えたとき、会津の夕方の、冷たい空気をくるぶしから感じて心が躍った。

 なぜなら日本酒の醸造はだいたい12月頃、早いところだと11月頃など、寒い時期に始まるものだから。原料となる米の収穫が、少し前の秋に集中するのが理由の一端である。

 足を運んだ頃の嘉永蔵では例年よりも遅れていたようで、まだ本格的な仕込みは行われていなかったが、この空気の中で日本酒が醸造されるのだと思うと色々な想像が膨らむ。仕事をする蔵人の法被の背中、杜氏の白装束、扉を開けるとわずかに揺らぐ空気。いま頬を撫でているような、氷じみた風。

 嘉永蔵には仕込み水を採取するための5つの井戸があるという。澄んだ、凍てつくような水が、米と並ぶ醸造の要となる。

 振り返れば、旅行中に味わった会津若松の水は、単なる水道水も含めてとても美味しかった。これは、自分が普段暮らしている地域の平均的な水温と、水道の要となる住居の貯水槽、いずれもなんともいえないものなので尚更そう感じたような気がする。

 

 

 実際の酒蔵で、本醸造酒と吟醸酒、大吟醸酒の違いについてなど、きちんと解説を聞いたのは初めてだった。

 これらは製法の他、精米歩合……という「磨き」の割合で呼称が定められている。特に大吟醸酒ともなると、場合により、それが40%以下になることもあるのだとか。40%以下だと要するに、元の形から6割以上が削られている状態を意味する。

 そんな風に磨かれて、表面がどこまでも平滑になった米粒を見せられたとき、なんとなく何かの骨を連想した。

 円形で蓋がついた、ガラスのシャーレの底を覆うくらいの精白米。示されたサンプルは精米歩合が50%以下で、すっかり5割以上が削られた粒は小さく、最初は米であるというよりも乳白色の乾燥剤みたいに見えた。ほら、例のシリカゲル。お菓子の袋などに時々入っている「たべられません」の袋に包まれた粒。その次に、骨みたいだと思ったのだった。動物ではなく植物の。

 シャーレを持ち上げると反射的に不安を感じるほど軽く、同時に中の米粒は半透明で、とても綺麗だったのを憶えている。

 お米の粒……と聞いて一般的に想像される、わずかに波打った表面や、ほんのり黄みのかった色、一部が欠けた楕円。それらの特徴的な形が全て削り取られた、カボションカットの宝石みたいな精米の遺骨。興味深いものだった。

 考えてみれば過去の工場見学で見学した、ワイン醸造の際に除梗される葡萄の茎も、発想を転換すれば房を構成していた骨みたいだ。そして、ウイスキーの原料になる麦類の穂だって、ときどき魚の骨に似ているとぼんやり考える。外観が。

 

 そのあと試飲させてもらったものだと、梅酒の他は「山廃純米吟醸 末廣」が美味しかった。濃緑の瓶、黒いラベルに金の文字が目印の。これは2019(令和元)年に、G20大阪サミットの会食で提供され話題になった、飲む人を選ばない銘柄だった。

 振り返ると秋田で飲んだ「雪の茅舎 奥伝山廃」もとても良いと思ったので、もしかしたら単純に、山廃仕込みの日本酒は自分の好みなのかもしれない。櫂で蒸し米をつぶす作業工程(山卸)を廃止した、明治以降に考案された手法による清酒。

 つぶさずに、麹で米を溶かす。お米の骨が溶けていく。まどろむように。糖化のために温度が下げられ、より深い眠りにつく。

 元を辿れば、そういう場所からもたらされた液体を飲んでいる。自分たちは。

 

 

 嘉永蔵は、玄関を入って左手が酒蔵カフェ「杏」となっており、そこには酒蔵らしいメニューが色々あった。

 写真に写っているのは大吟醸シフォンケーキと、吟醸酒アイスクリーム、ブレンドコーヒーのセット。あれもこれも少しずつ食べてみたい人におすすめ。

 林檎ひと欠片と2種のクリームが添えられたふわふわのシフォンケーキも、なめらかなのに不思議な舌触りの残るアイスも、第一の感想は「初めて食べる味!」だった。口内をしばらく漂うような風味は確かに日本酒に似ているが、なかなか掴みどころがなくて面白く、日本酒を用いるとスイーツはこういう風にもなるのだなと感心する。

 仮にこれらの味が苦手でも、別の甘味や仕込み水を使ったコーヒーなど、日本酒要素の強すぎない選択肢もあるので、幅広い層の人が楽しめるのではないだろうか。