《COFFEE モック》
立派に葉の茂った大樹が描かれた看板。その根の下にじっと目を凝らしてみると、モック、というカタカナの文字を構成しているパーツも、実は丸太なのだとすぐに気が付いた。まず、それだけでどきどきして楽しくなってしまう。
頭の中で呟く。文字が、丸太でできている。文字が丸太でできている……。
建物1階、縦に細長く並んだ窓はすべて角が取れ、玄関前を囲う壁の部分も丸くアーチ状にくり抜かれて、かまくらの入口に似た趣があった。ざらついたクリーム色の外壁。窓ガラスの仕様か、あるいはカーテンの効果なのか、内部の様子は外からではちょっと伺えない。
営業中、の札を信じて朝の店内におそるおそる踏み込めば、ドアに取り付けられた小さな鐘の音がカラカラと鳴った。
温かな雰囲気でこぢんまりとした、どういうわけか英語でcozyと表現したくなってしまうような空間が広がっている。チョコレートを思わせる色彩を基調とした、背の低いソファと机の席。名古屋の喫茶店はどこもそうだと思うけれど、平日の朝からお客さんでにぎわっていて、その「がやがや」に少し気圧されてしまうのだった。活気だ。
みんな、まさにこれから、この場所から1日を始めるのだと、肌で感じるこの空気。夜を本領としている私には本来向かない。けれど、不思議と居心地のよいところで。
クリームソーダをトーストと卵のついたモーニングセットにしたら、そこで、希望の色を聞かれた。ソーダの話で、あるのは3色のうちどれか……あか、あお、みどり、だという。なんとなく他ではあまり見ない赤を選んで、机に運ばれてくるまでの短い時間、しばしそのことについて考えてみた。
水の色を選べる贅沢。
もちろん選択できないのも楽しいし、こうして好きな色にできてしまうのも、当然ながらわくわくする。頭の中に何か期待が生まれる。一体どんなものが出てくるんだろう。赤といっても微妙に異なる、その色合いは? グラスの形は? 待っていると、先にゆで卵が運ばれてきた。こうしてできたものからサッと迅速に提供してくれるので、急いでいる人はどんなにか助かることだろう。
次に到着する、焼き立ての厚切りトースト。ふかふかの生地の上にバターがじんわり染み、千切って口に運ぶたびに、蒸気から芳醇な匂いがした。食パンの繊維が千切れるときのあの感じが好き。
そしていよいよ目の当たりにする、赤いクリームソーダの色合いは、べに色に近いものだった。
店内の雰囲気にも馴染む、深みのある赤色。なめらかな食感のアイスを載せて白く泡立った部分が、下に残る半透明の部分と層をなしていて、単純に綺麗。ゆったりと丸みを帯びたグラスによく映える。
おそらく、色付けに使われているのは苺シロップなのだろう。吸うと、かき氷のイチゴを連想させる風味がストローから舌に伝わり、わずかに酸味を帯びた甘さが口蓋を駆け抜けた。はじける炭酸がしばらく消えずに残る。夏は、これ。これがあれば何もかもが良くなる。薬とおんなじで……(果たしてその表現で良いのだろうか)。
退店してからもう一度外観を眺めると、やっぱり窓から内部の様子は伺えず、ひとときの夢みたいだったな、と思う。
あのがやがや。あのべに色。
看板の木を振り返る。世界のどこかで大樹の枝にハンモックを吊るし、うとうと微睡むとき飲むのにぴったりなのが、きっと例の赤いクリームソーダなのだった。