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東京都庭園美術館|TOKYO METROPOLITAN TEIEN ART MUSEUM
目黒にある東京都庭園美術館では、毎年「建物公開展」が開催されている。
美術館と名付けられ、通常は展示物を引き立てる空間として機能しているこの旧朝香宮邸の、建築様式や内装といった建物自体に着目するための企画。作品保護のために閉め切られていた窓も開かれており、新鮮な風の吹き込む館内を歩くことができるのが良い。
2019年に足を運んだ際の記録も以下に残していて、当時は今回公開されなかった3階のウインターガーデン(温室)にも入ることができたので、内部の様子を知らない方はぜひ見てみてほしい。
ここからは、2022年の再訪の記録と写真。
前回はあまり注目できなかったところに言及している。
実は、庭園美術館に来るたびなめるように見ているのがこのラジエーター。
なにもこれの意匠に限った話ではないのだが、アール・デコの趣は日本美術やそれに関係する造形感覚と非常に相性が良いというか、親和性が高いのだと実感させられる。単純に「装飾性」という共通点があるから、だけではないと思う。
あるいは遊び心のようなもの。ここをちょっとこうしたら面白いかも、というような感覚で細部に印象的なモチーフを採用する部分とか、どことなく近しいような気がした。
絶妙に簡略化された図柄がパターンとして連続する平面性と、それらの重なりでできる奥行き、配置の際にまた取捨選択される要素。簡単には真似のできない稀有なデザインであると毎度頷く。
そんなラジエーターの横、アンリ・ラパン作の香水塔がある次室(つぎのま)と大客室を隔てる引き戸は、前回よりも少し大きく開いていた。
特徴的なガラスの照明はルネ・ラリックの手によるもので、タイトルを《ブカレスト》という。その根本を支えている天井には石膏にジグザグの模様が施され、どこか土器の側面や神殿の壁に描かれている帯の文様を彷彿とさせる。
幾何学図形やそれを用いたパターンを単調にさせない造形感覚、それがアール・デコの意匠の妙だといつも思う。また、素材の性質を無視せず、必ず共にある部分。金属なら金属らしい特徴、ガラスならガラスらしい特徴を活かして、それを無理には捻じ曲げたり隠したりしない。
考え方も、表出する視覚的な要素もとても怜悧だ。まさに賢い人と向かい合って会話をしているときのような喜びが、観賞時に網膜から流れ込んでくる。
2階広間の内装は宮内庁匠寮による設計で、天井部分、円形に配置された電灯は氷川丸の一等児童室にあるものを連想させられた。階段のところの柱は待ち合わせ場所の目印か、何かのエネルギーで光る棒みたい。
未来の人が考えた古代遺跡感、あるいは昔の人が考えた宇宙船感、そう表現したくなるような印象を端々から受けるのが毎度楽しい。フランク・ロイド・ライトの建築を見ているときと似たような感想を抱くことがあるし、彼の作品とこれらも確実に造形的な系譜で結ばれていると実感する。
さながら顔の似た親戚、文化的に遺伝する趣味。俯瞰して見える繋がりは、鑑賞者の意識をここからどこか遠く離れた場所へも連れて行く。
この合の間に以前来たときはお魚のラジエーターに意識を持って行かれたけれど、改めて見回してみると、金属の円が連なる照明も非常に面白い。ヴォールト天井も相まって聖堂のようだった。どこか香炉を吊るす鎖にも似ている。
アンリ・ラパンが考案した書斎。その部屋の形状は正方形でありながら、四つ角に飾り棚を設け、その間を窓で埋めることによって円形をしている風に見せているのが特徴だった。天井の真ん中に照明を配置していないのにも注目したい。
分厚いガラスが用いられた木製の机も魅力的で、これはもう力さえあれば速やかに乗っ取りたい類の書斎。家にひとつ欲しいやつ……。前回の見学時は書斎ではなくて新館の方に展示してあったのを見たのだが、やはり設置されている場所が変わればその雰囲気も大きく変化するもの。書き物机は書斎が家。
個人的には飾り棚にも本を詰め込みたいところ、この部屋の横には梯子付きの細長い書庫が併設されているため、当時はそこから必要な書籍を手元に持ってきていたのだろう。
主に応接の場として利用されていた1階部分と生活を営む2階部分、基本的には同じ様式を踏襲しながらも、明確に違いが出ているところがこの邸宅の特色でもある。大正・昭和初期に建てられた一般の文化住宅だと洋館を迎賓に、和館を暮らしの場にしていることがあるが、ここでは階層によって役割が分けられているのだった。
通気口と、洋服のスカートみたいな照明の装飾……!
改めて細かい部分の観察ができて、2022年の建物公開展も面白かった。来年の開催時もまた訪れて、別の場所を記録するのが今から楽しみである。