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彷徨する自由帖

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お姫様ごっこ

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はてなブログ 今週のお題「何して遊んだ?」

 

 

 振り返る。

 回想の中の、うす暗い円形の空間には少女がふたり。

 

 片方の子がしている、見えない大鍋をかき混ぜるような腕の動作は淡々と機械的で、脳裏に何か特定の目的を描いている風には見えない。もう片方はそこから少し離れたところで、軽く膝を抱えるような格好で座り、手のひらで足元の感触を確かめている。

 だからかすかにざりざりと音がする。

 どちらも所在なさげな顔をしていた。役柄を演じてはいるが、台詞はなく、規定の動作もない。それらしく振る舞いさえすればよいものの、当のそれらしさがどんな状態を意味しているのかも判然としないから。

 頭上から聞こえる者たちの話し声と足音、ときどき覗き穴や窓のところを遮る影が、まだこの遊戯は続いているのだと両者の耳に伝えてくる。

 

 彼女らのいる場所、濃緑の人工芝の上に設置された太い円筒は上下の2層に分かれ、外から眺めると、てっぺんは赤いとんがり帽子をかぶっているように作られていた。空間の内側には階段がなく、上と下を移動する際には外に出て壁にかかっている梯子を使った。

 これは多くの絵本にたびたび登場するお城の、塔の部分を模して作られた子供の遊具。私が入園した時からその幼稚園の園庭に設置されていたもので、比較的人気があり、遊びの時間になると陣取る際の競争が激しかった。

 私達はそこでよく「お姫様ごっこ」をしていた。

 

 登場人物はお姫様、王子様、城の兵隊(複数人いてよい)、そしておばあさん。

 それぞれに割り当てられる役はじゃんけんで決められる。だいたい勝った人間から順にお姫様、王子様、兵隊……と決まっていき、最後に残った者がおばあさん、を担当することになっていた。

 一応、簡易的なシナリオのようなものがある。遊具の上層、塔の2階で暮らしていたお姫様を、おばあさんが下の層(厳密には地上なのだが、私達は地下と呼んでいた)に無理やり連れて行って閉じ込める。すると王子様が助けに来ようとするので、兵隊がその邪魔をする。

 兵隊ならば一介のおばあさんなんかよりも王族の命令に従いそうなものだが、まあ、城は残念ながら乗っ取られてしまったのだろう。謀反か簒奪か、はたまた別の種類の陰謀か。

 もとよりこのごっこ遊びにそこまで細かな設定があったとは思えない。暇つぶしとして、けれど飽きもせず、みな結構頻繁にやっていた。

 

 お姫様をさらう役がどうして魔女や妖精ではなく、おばあさんという呼称なのか。何が原因で彼女はさらわれなければならなかったのか。王子様が、兵隊に阻まれながらも彼女を奪還したがる本当の理由は何なのか。

 そういうあれこれを記憶の中の子供達に尋ねても、明確な答えは返ってこない。

 先祖代々どこかの一族に伝えられてきた伝承の唄とは異なる、他愛のない、意味深長な感じがするだけのごっこ遊びだから。

 

 ——なんでお姫様を地下に連れて行くの?

 ——おばあさんの役だから。さっき、じゃんけんで決まったから。おばあさんはそうすることになっているから。

 

 ——なんで王子様の行く手を阻んでいるの?

 ——兵隊の役だから。さっき、じゃんけんで決まったから。兵隊はそうすることになっているから。

 

 聞けばきょとんとした顔で、みんな、そう言うだろう。

 

 私はたまに、およそ人間の生活に属するものすべて、あるいは社会と呼び表される仕組みのあらゆる要素が、壮大なごっこ遊びの延長にあるものなのだと感じられて仕方がなくなる。

 ——それは何をなさっているんですか?

 ——私も詳しくないのですがね、決まりになっているみたいなんですよ。ええ。こういう立ち位置にいる場合、こういう風に動きましょう、という規定がね、あるみたいで。

 え、一体いつから? 誰が決めたのか?

 うーん、困りましたね。正確なところは存じ上げませんが、なんでも随分、それはもう昔からそういうことになっているようで、私に分かることといっても……